今回、例のナイフをより細かく見てみましたが・・・一瞬、やはりいいかげんなデザインかと思いました。
ナイフの常識をあまりにも外れていますから。でも、よく検討してみると・・・その、常識はずれの部分全てに、しっかりした設計思想による合理性があるのです。
このナイフのデザインは僕が想像もしていなかったものです。「人を刺す」それだけのために作られたナイフ・・・信じられないです。そして、恐怖と共に底知れない敗北感が体を包んでいます。僕には、こんな恐ろしいデザイン思想は持てないです。やはりがんじがらめに、従来のデザイン思想に縛られてしまっていた・・・。デザイナーのような存在は、本来創造性を全開にするために、タブーや常識をはね飛ばす力がなくてはならないのに、僕にはその力がなく、藤井先生にはあったようです。
細かく見てみますと、このナイフは先端に至るまでスパインの厚い部分が通って、結果的に先端がスパイクのように太くなっています。作業で一番大切な、先端の刃を消してまで先端の強度を高めている・・・普通のナイフなら確実に傷む、力任せに机に突き刺す事を本当にやってもびくともしないでしょう。現在考えなければならないボディーアーマーを貫通するのにもきっと有利です。
そして、何よりも驚いたのは刃の向きとグリップエンドの膨らみが逆である事。普通のナイフは、グリップエンドに突起状の膨らみをつける場合、それは小指を支えるためですから刃の側に向けます。逆を向いているナイフもジョンソンなどにありますが、あれは非常に細かい作業をするためで、このナイフとは異なります。なぜ?無知から、と一時は思ったのですが、ふと恐ろしい事に気付きました。このグリップを自然に握ると刃が上を向く・・・刃を上に向けて握ると、人を刺す時に有利です。刃を上に向けていると、例えば裁判でも殺意が強いとみなされて罪が重くなる、と聞いた事もあります。つまりこのナイフは、人を刺す事しか考えずに設計されている、ということです。
かつおの刺し身も作れないし、兎も解体できない、それどころか紙を切りぬく事すらできない、作業の大半を捨ててたった一つの目的のために、それも従来の対人刺突専用ナイフであるプッシュダガー(Tの字状で、横棒が握りになっていて、刃のついている縦棒を中指と薬指の間から出す。拳の延長で刺せるが、他の目的には使えない。昔のアメリカで、特にギャンブラーに流行)やサイクスファベルンダガー(普通にイメージされる西洋の両刃剣を小型化したもの)とも全く違う発想でデザインしてしまうなんて・・・
ガードも大型で滑る心配をなくし、シースは・・・ベルトループが見えませんが、このような小さ目で薄型(たぶんプラスチックのインナーをつけたコーヂュラ)のシースなら内ポケットでも目立たないでしょう。
こんなデザイン、僕には考える事もできません。ほとんど紙の上でだけですが、デザイナーとして完敗です。