パターン分類番外編 「意地悪役」の変遷史
こんにちは。これは講義ではなく、少し気がついたことを話してみるだけです。
一昔前の少女マンガでしばしば見かけた「意地悪役」について、すでに分析はしていますが少し補足したいことがあります。
意地悪役の性格から、もし「意地悪」を取り去ったらどうなるでしょうか?
男性に対しても積極的で美人、しかもお嬢様。そんな女子は、現実にはほぼ確実に恋を成就させるはずです。
でも、そんな現実を確認するだけのストーリーでは圧倒的に多い「そうではない」女の子の心をとらえることができないから「積極的で美人、しかもお嬢様」だけど「性格が悪くて意地悪」という欠点を加えて、逆に「内気でそれほど美人でもなくて(でも主人公ですから、絵としてはある程度整った顔の可愛らしい女の子です)お嬢様でもない」普通の少女である主人公が妨害を切り抜けて、しかもありのままの自分でヒーローの王子様に愛される展開が主流だったのでしょう。
ではなぜ、その「意地悪役」が現在の少女マンガにほとんど見られなくなったのでしょうか?
僕は「なかよし」のここ十年の歴史しか知らないのですが、かつて主人公は意地悪役の攻撃に耐え、昔は才能や血筋の支えはあるものの努力や性格の優しさ・・・そして「ありのままの自分」を肯定してもらう形で恋をつかんできました。
でも、もう一つ少女たちには願望がありました。それもまた一部の少女マンガでは実現されていましたし、少年アニメではよりはっきりと理解されていました。
「変身」です。今の自分とは違う、優れた自分にある朝目覚めたら変わっていたい。少年アニメではスーパーロボットに乗り組むことで圧倒的な戦闘能力を得るのが夢で、少女の場合には「積極的で美人」な自分になって、憧れの王子様とは「前世からの運命で結ばれた恋人」でいたい、という思いがありました。
そう、「意地悪役」の退場に、「美少女戦士セーラームーン」のヒットは関係ないのでしょうか?
「セーラームーン」では確かに戦闘が中心になっていますが、始まりはドジでグズなうさぎちゃんが美人で素敵なセーラーVに憧れるのが始まりでした。そして変身した後に素晴らしい恋人、衛を得て女王としての貫禄を身につけ、少女たちの新しい理想になっていきました。
そして、あの大ヒット作品に感情移入する中で少女たちは本来「意地悪役」である「美人」をもう一人の自分として取りこむことを覚えたのではないでしょうか?
特に「怪盗セイント・テール」ではその構造がはっきりしていて、「積極的」なSt.テールと「内気で好きな人に素直になれない」芽美が「同一人物でありながら三角関係」という状況を作っていました。
その中で自分の別の姿である「変身後」を乗り越え、成長した本来の自分として相手と結ばれる・・・それが本来の構造のはずです。
実はその通りに推移する作品は比較的少ないのですが。「セーラームーン」の展開はまったく違い、いつのまにか月野うさぎちゃんがクイーン・セレニティの気高さと勇気を持つようになり、それで衛をひきつけていましたし。
時期的に前後して、本来の意地悪役と主人公が親友になる現象が起きました。「疑似姉妹」です。
本来意地悪役であるはずの「男子に積極的(但し恋愛については消極的だが、一見そうは見えない)で美人」な姉側と、「内気で女の子らしい」妹側が親友として結びつき、三角関係になる。
この状態では互いに嫉妬、憎悪はありますがそれを表に出すことはできません。意地悪役のように、正面から意地悪をすることはできないのです・・・親友ですから。
そして、心の底では憎み合いながら恋を譲り合う葛藤の中、それまで理不尽な悪役だった「意地悪役」の心理が細かく掘り下げられ、姉側が主人公になる作品も多くありました。
また、「ガラスの仮面」などで本来「意地悪役」だったのが主人公をライバルとして認め、ともに成長する新しい「意地悪役」の像が出てきたこともあるのかもしれません。
これまでの「意地悪役」は、確かに主人公に苦境を与えて感情移入させ、カタルシスをもたらす効果はありました。でも反面、その動機が理解しにくく単なる悪人になってしまうという欠点もありました。
それを「変身」という形で自分の中に取り込むことでこれまであった「意地悪役」の要素に対する憧れを具現化し、「疑似姉妹」として心理を掘り下げることでより深く感情移入したとき、それまでの単なる悪役としての「意地悪役」は読者、作家、編集者にとっては現実感が薄くつまらない存在になってしまったのでしょう。
そして、意地悪役も理解できる自分の分身として取りこむことができた・・・多分、それまで少女たちは「意地悪役」にも別の意味で感情移入をしていたのでしょう。でもそれもまた、もっとわかりやすい形で表現されるようになったのです。
「キャンディ・キャンディ」のイライザを始め、幾多の名作で名バイプレイヤーを演じてきた「意地悪役」はこうして役目を終えたのでしょうか。