Dunk Like Lightning2
第四章 梅雨明けを前に
大和台高校は今日も今日とて、打倒湘北を合言葉に、激しい練習に励んでいる。
そんな、決勝を前にしたある日、
「転校生やで。アメリカから出戻りだそうや。」
北野監督の紹介で、一人のやせた、それでいて2m近い長身の男が大和台高校の体育館に入ってきた。その体躯はやせてはいるが、まるで鍛え上げた鋼線をよりあげたような強靭さである。
「ら、自己紹介せい」
「北田。いつまでこっちいられっかわかんねーけど、とりあえず日本一の高校生になる!」
「おい、まさか北田って・・・確か中学二年のとき全国二位になった、「1996年なかぞう」に掲載された・・・」
「思い出させんな!」
何を思い出したのか、鋭い目がかげる。
「懐かしいな、「なかぞう」か・・・」
「「なかぞう」って?」
一臣に哲太がぼそっと問いかけた、と空気が凍る。鬼の形相で七緒が彼の胸倉をつかみ、
「なかよし本誌連載だと思ってケンカ売ってんのか、てめえ!脇役のくせしやがって・・・俺も「なかぞう」、なかよし増刊の世代なんだよ!悪かったな、なつかしの「るんるん」で」
青山が背中から小突き、
「俺は「なかよしデラックス」通称「なかデラ」だ、なんか文句あるか」
「あんたらこそヒーローだと思っていい気になってませんか?脇役の悲しさがあんたらに分りますか?」
「そうだそうだ!」
「おれなんか単行本にもなってないんだぞ!単行本表題作だと思っていい気になってんじゃねえ!」
「あたしだって!」
「おれたちの載ってるKCはカタログから抹消されてるんだ!」
しばらく騒いで、
「もうやめよう。不毛だ。どのみち少女マンガに、俺ら男子キャラは単なる相手役でしか・・・」
ちょっと沈みつつ自己紹介の続き、
「三年のときゃ大会直前にオヤジの転勤でアメリカ行き、それ以来ずっとアメリカで修行してきた。性能は信じていいぜ。」
「ちょっと試させてもらうぜ」
竜次が一言、ボールを手に突っかけた。
がけっぷちに追い込まれた湘北は、ほとんど息をつく暇もなく翔陽戦を迎えることになる。ほんの一週間で、どうやってチームを立て直すか、安西監督は苦慮していた。・・・らしい。
「トムくん、流川君」
「うす」
「Yes,Sir」
安西はにっこり笑うと、
「土日の試合まで、コンビプレイを練習しなさい。ただし、流川君には怪我もありますから、無理をしないように。」
と、告げた。
口調はいつも通りだったが、その奥にはあの影・・・流川もトムも、思わずうなずいた。
花道にまだ、高度な理論に基づいた複数プレイは難しい。
となると、流川とトムのコンビを機能させることが、最も短期間で湘北を戦力アップさせる方法である。
そして、二人が外のバスケコートに出た後、
「さて、これから試合形式の練習に入ります。ただし、桜木君はポイントガードとしてプレイして下さい。」
一種の悲鳴が二、三年の間で上がった。
「いいから、試してみましょう。」
「ポイントガード?」
花道が怪訝に。わかっていない。
「いつもおれがやってる事だ。ボールを運んで、いけそうな奴にパスするか、隙があったら自分で突っ込むか。」
「ほう」
「ッス、オレにもポイントガードやらせてくださいッス!」
出てきたのは風馬。
安西監督はしばらく熟考、
「いいですよ。そのかわり、その分の基礎連を居残りです。」
「オッス!」
「では赤、桜木君、塩崎君、佐々岡君、石井君、元木君。白が角田君、安田君、桑田君、風馬君、中田君で。」
「よし、絶対勝つ!」
経過は・・・読者の想像に任せる。
花道に、ポイントガードを教えるのがどれほど大変か、想像だけでも頭が痛いだろう。
もちろん、覚えは早いのだが。
「あ、流川先輩!」
と、練習終了後に元木と風馬が。
「レイアップの特訓をしたいのですが、見ていただけますか」
「いーけど」
「あんなのを見ては入らなくなるぞ、この天才を手本にしたまえ!ハルコさん直伝奥義、置いてくるだ置いてくる!はっはっはっ」
「なにをこのヘタクソ」
「んだぁ?」
「ケンカはやめなさい!桜木花道、あんたは元木くんに、流川は風馬に教えてやりなさい!流川、無理しちゃ駄目よ!」
彩子の仲裁で、やっとまとまった。二人とも、少しでもオフェンスに参加したいとの申し出、彩子にはありがたかった。
そんなこんなで一週間、翔陽戦当日。
「いいか、ここで負けたら、まず全国はなくなる。」
「ああ!」
「海南に破れ、追いつめられているのは翔陽も同じだ。強豪中の強豪だからな、侮っていい相手じゃない。死ぬ気でぶつかってけ!」
「おう!」
「流川、足は大丈夫か?」
三千代が確認し、
「大丈夫です。」
「前回、しっかり休んだのがよかったそうよ。それに、」
と、彩子が意味ありげに。
「よかった。サンキュな」
と、宮城が三千代の肩を叩いた。
「一年坊主、翔陽はつええぞ。が、おれたちはもっと強い!」
「はい!」
「よし、行くぞ!」
すさまじい闘志を背に、湘北のメンバーが飛び出した。
惜しくも海南に破れた翔陽も、追いつめられている事は同じ。
ポイントガードの伊藤とフォワードの大友を中心に、新しく招いた監督の下で、打倒湘北、海南を目指して厳しい練習を積んできた。去年の選抜では準優勝、新人戦優勝・・・弱いチームではない。
去年の翔陽、そして今年の湘北ほどの圧倒的な高さはないが、高いチームスキルと速さで評価されるチームである。
「伊藤、宮城を頼む。去年の屈辱は返せよ、おまえがNo.1だ!」
「オウ、任せろ!」
「絶対勝つ!インターハイに行くぞ!」
「おおっ!」
翔陽センターの上泉と、花道が向き合う。2mを超える花道にとって、192cmの上泉はかなり小さく見えた。
「行けますよ!」
「取れ!」
「おう、このジャンプボールの王者に任せろ!」
花道のジャンプ一番、ボールが宮城に弾きこまれる。
そのまま突っ込む宮城、だが翔陽のディフェンスが固い。先手を取ってアリウープを決めようとした花道へのパスコースをふさがれ、トムに回す。
警戒感。慎重に距離を取る翔陽の宮本に対し、トムは鋭いドライブで抜きにかかる。
「ヘイ」
と、駆け抜けながら声をかける流川。ボールは一瞬流川に渡ったが、次の瞬間流川がスクリーンになり、トムがコーナーに向かって走っている。
「流川だ!」
伊藤の声、後遺症もなくゴールに駆け込んだ流川を、翔陽の大友と佐々木が止めようとした。
その瞬間、素早くジャンプした流川がシュート、佐々木のブロックが止めた・・・と見えてボールは下に飛んでいる。ワンバウンドして受け取ったトムがしっかりセット、軽く、そして非常に高い弾道でシュートを決めた。
「よっしゃ、先取点!」
宮城が言うや、素早く伊藤をマークする。
「やられるかよ!」
去年、宮城に翻弄された伊藤は決して無理をせず、慎重にボールを運んだ。
「大友!」
インサイドの大友にパス、素早いシュートが飛ぼうとしたが、雲の上のような高さで花道がつかみ取った。
「天才!」
「何?」
驚く翔陽を尻目に、花道のロングパスが前線の中田に飛び、そのままフリーでレイアップが決まる。
翔陽の反撃、今度は井上が花道の読みを外し、左手から流れるようなシュートが決まった。
「よし、とりあえずワンゴール」
ほっとする翔陽ベンチ。
湘北が攻撃に移り、今回は花道にまずボールが飛ぶ。そして、花道はゆっくりと、おもむろにフィールドを見回して、その隙に伊藤にボールを取られた。
「あーっ!」
「何やってんだ花道、ちゃんとプレイしながらほか考えろって言ったろ!」
宮城の罵声。
「やはり湘北は、高さでは他を圧しているわね。オフェンスも強いわ。でも、前回の陵南戦で露呈したチームプレイの甘さが今回、どこまで」
つぶやいていた記者の相田弥生が目を疑った。
一瞬、トムが伊藤を止めた、次の瞬間に影から流川がスティール、そのままボールを運ぶと見せて、弧を描くように走り込んだトムにノールックパス。
そのまま、大きく跳んだトムのダンクがゴールを打ち抜く。
「うおおっ!」
「信じられない、陵南戦ではあれほどパスを拒んでいたのに」
弥生がほうけた。
そのまま、流川とトムの華麗なコンビプレイが中心になる。
また、アウトレンジからのシュートでは、やはり花道のリバウンドが支えになる。
翔陽も持ち前のパスワークで反撃する。
その際、確実ではないが、花道が何度か先を読んだスティールで翔陽の流れを分断した。
前半十分、湘北23=翔陽17で、トムが外したシュートを花道がゴールに叩き込み、翔陽がタイムアウトを取る。
「さすがに強いな」
「トムと流川のコンビプレイはデータになかった」
「泣き言を言うな、絶対勝つ!」
「おう!」
大友が立ち上がった。
「あわてずに、ミスの無い確実なプレイを。ロングシュートは桜木がいるからリスクが大きい、控えたほうがいいだろう。とにかくボールを回してペースを取り戻そう!」
「はいっ!」
湘北ベンチはリードしているが、緊張感は切れていない。
「バジルとミントのブレンド、桜木先輩は興奮気味だからラベンダーとクラリセージを!」
元木が香りを通じて選手の精神状態をコントロールする。
「まだ試合は始まったばかり、ペースを保っていきましょう!」
「はいっ!」
「トム君、もっと桜木くんにもパスを。シューティングガードの役割を意識して。」
「Yes, sir」
「遠慮無く回してきたまえ、どんどん決めてやる!」
「桜木君も、少しは見えてきているようですね。返すべき時には返して、リズムを重視して下さい。」
「おうよ、絶対負けねえ!」
試合再開。速攻でトムが切り込み、流川のスクリーンを借りてシュート。
恐ろしくペースが速く、むしろ無造作に決まる。
湘北の、ハイペースの速攻に対して翔陽の攻撃はゆっくりパスを回して、互いにリズムを取ろうとしている。
「伊藤、パス!」
大友がボールを要求、外を大きく回ってパス。
そのまま花道が立ちふさがる。
「くらえ!」
花道のハエタタキ、それをかわしてドリブル、そのままジャンプシュート。ボールは、恐ろしく高い放物線で飛ぶとゴールに。
「歩いた!」
「いや、歩いてない」
トラベリング、との中田の抗議に審判が首を振る。
「いいセンスですね。あれだけのシュートセンスの持ち主、桜木くん一人ではきついかな?」
安西監督が首を、少しかしげた。
翔陽が大友を中心にペースを取ろうとするが、素早い流川のヘルプで抑え、得点を止める。
「てめーなんぞに助けられなくても」
「るせえ、もう負けらんね」
「たりめーだ!」
花道と流川が火花を散らし、走り出す。
「花道!」
花道が宮城のパスを受け、小さくドリブルしながら周囲を見回す。本能が、ゲームの流れを軽く見る。素早いフェイクで翔陽の辻を抜き去り、半ば直感で
(今二人来てっから無理すっとまずいな、それより今、後ろで金毛ザルがフリーなはず)
と、考えるとも無く決めて、シュート体勢から後ろに向けてボールを放った。
「なあにぃっ!」
ギャラリーの驚きの声。そのまま、フリーでボールを取ったトムのスリーポイントが決まる。
「ナイッシュ!」
「ナイスアシスト、桜木花道!」
「信じられない、この世の光景か?花道がノールックパス?」
宮城が呆然とする。
流川が無言で、頬をつねった。
「あれが本当に、去年対戦相手の頭にダンクかました男か?」
「夢じゃないか」
「晴子先輩、」
元木がそっと、
「今みたいに、桜木先輩が、ゲームを読んでパスやリバウンドでうまく味方を助けたら、自分で得点した以上の声援をかけてやって下さい。」
晴子に忠告し、彩子がその頭をはたいた。
「まあ、うちには確かにそうしたら有利だけど、元木・・・あんたそれでいいの?」
元木は苦笑するだけ。
「桜木くん、ナイスパス!」
その声を聞きつけた、花道が巨大化して高笑いする。
(この天才のスーパープレイにハルコさんが声援を・・・)
である。
もちろん、その声援は効いた。その後も、花道がパスを積極的に回し、流川とトムに得点させて自分はリバウンドに集中し始めた。
それが試合の流れを、湘北に引き戻した。リバウンドは花道が支配しているので、トムと流川は安心して急造のコンビプレイに集中できる。
まだ高等なチームプレイに慣れていない花道を、宮城と中田がしっかりと支える。高さの差もあり、湘北がそのまま一気に差をつけた。
前半最後は花道のアシストで流川がダンク、湘北54=翔陽30と差がついた。
「強いな、湘北は。チームとしてまとまってきたみたいだ。だが諦めるな!湘北だって山王戦で、24点差から逆転したじゃないか。翔陽の強さを見せてやろうぜ!」
「おう!」
「油断ができる点差じゃねえ、攻め気を忘れんな!5点差を追ってるつもりで、そしてミス少なくして攻めよう!」
「おう!」
「流川、トム、だいぶコンビプレイができてきたじゃねえか。」
流川は無言。
「とうぜんだ、ほんらいチームプレイだってできるんだ。ただ、レベルがひくいから信じられなかっただけだ!」
トムがうそぶき、宮城にみぞおちを叩かれて一瞬固まった。
「桜木くんも、いいアシストしてるじゃない!」
「天才ですから!」
「そうよぅ、たった一年ちょっとでこんなプレイができるなんて。正真正銘の天才よぉ!やっぱりあたしの目に、間違いはなかったわっ!」
晴子の言葉に、花道が燃え上がった。
「しかし、さっきのノールックパスには驚いたぜ。そこまでできるとは」
「天才に不可能はない!」
「アメリカじゃできてあたりまえだ」
トムが花道を叩いた。
もちろん怒ってつかみかかる花道を、晴子が止めた。
試合再開、翔陽が強豪の意地を見せて猛反撃を始める。
大友が巧みな左シュートを決め、大友のマークをきつくしたら外から伊藤のスリーポイント。
湘北は中田に疲労が見られ、元木に代えた。流川も大事をとって、風馬に交代。
「仕方がないですよ、中学とは試合時間が違うのですから。流川君も、去年は40分フルに動く事はできませんでした。終盤の勝負どころで、また出てもらうかもしれません。コートから気持ちを離さないで。」
と、安西が慰めた。
「今でももうヘロヘロ」
「誰がヘロヘロだ」
と、また花道と流川が喧嘩を始める。
「花道、流川、なにやってんだ、また負けてえのか!」
宮城が怒鳴りつけた。
「負けたかねえ、絶対勝つ!」
叫んで飛び出した花道をトムが追う。
そして伊藤からボールをスティール、即座に鋭くドリブルしてシュート。ストップからシュートまでが異常に早く、距離も長い。
「リバウンド!」
と叫ぶ声、が、高い放物線を描いたボールはネットも揺らさずにリングを抜けた。
「おいおいおい、あのタイミングで入れたのかよ!」
「化物だな」
会場に衝撃が走る。
「リバウンドは頼ム」
と、珍しくトムが花道と元木に話しかけた。
「お、おう、」
一瞬気おされたように返事をした花道が慌て、
「どうせこの天才のリバウンドなしにはシュートもできないんだからな!」
と胸を反らした。
トムが無言で走り出し、風馬のパスを受けて斬りこむ。
抜群のスピードで大友を抜き、宮城のスクリーンを利用して、一瞬パスを受けて花道に返し、花道がその場でジャンプシュート。それが外れたのを元木が拾い、思い切ってダンク!
一瞬沈黙。そして、体育館が揺れそうな歓声が沸き起こる。
「うおおおおおっ!」
「すげえ・・・」
「あいつ、今までレイアップとパスしかしなかったから、ダンクはないってそれがフェイントに・・・」
そのワンプレイが、そのまま湘北の勢いになる。
「変わったな、おまえ」
翔陽が反撃した直後、三年の辻が元木に、なつかしげに話しかけた。
元木はうつむき、すぐに顔を上げてパスを要求する。
「信じらんねー、中学時代、体のぶつかり合いが怖いからってバスケをやめたおまえが、あんなプレイをするなんてな」
「始めは一人の女性のため不本意ながら、でもすぐ」
そのままボールを受け、素早く花道に回す。花道がその場でジャンプシュート、外れたのを元木が取ってトムにバックパス。受けたトムのスリーポイントが決まる。
「ナイスパス、ゼロ!」
「バスケを心底楽しんでいるみんなの影響でしょうか。少しずつ、野蛮だと思っていたバスケが楽しくなってきたんです。あれからも見るのは好きでしたしね、先輩」
「そうか」
言いつつ辻が反撃、素早いターンで元木を抜くと、シュートを放りこんだ。
「まだまだ差があるな」
「恐れていたんです。全てを。でも、桜木先輩の何も恐れないプレイを見て、聞いて、引きずられてプレイしているうちに」
言い終わる間もなく、花道に2m同士の、誰にも止められないパスを投げこんだ。
「ナイスアシスト!」
花道は素早くターンしてシュート体勢、だがディフェンスが厳しい、と見て素早く後退。この距離は、と大友がパスをふさごうとした瞬間、花道が
(ヒザグッ、セーノ!)
跳んだ。
「スリーポイント!」
会場が衝撃に、一瞬揺れた。
意外ときれいなフォーム。ボールは高い放物線を描き、ゴールネットを微かに揺らした。
会場は観衆も、ベンチも、そして選手達も余りのショックで放心状態。
それが決め手になり、粘る翔陽から逃げ切った湘北が93対74で、一勝一敗と五分に戻した。
陵南戦の敗北の反省から、流川とトム、そして花道がチームプレイを本格的に始めたのが大きい。
「ルカワ、みんな帰った後で体育館に来い。動けるようにしてな」
その帰り、花道が強引に告げると晴子のほうを向き、しばらくためらって
「ハルコさんも、来て下さい」
と、消え入るような声で告げた。
「うん。」
晴子は何も知らずに、軽くうなずく。
三千代が、花道に優しく笑いかけた。
「がんばって下さい、桜木先輩」
無人の体育館に流川と花道、そして晴子だけ。
「何だ?」
ぶっきらぼうに問い掛ける流川に、花道は真っ赤になって、何度も言おうと、
「眠いんだ、用がないなら帰るぞ」
とつつかれて、ついに叫んだ。
「ルカワ、ハルコさんをかけて勝負だ!」
「はあ?」
晴子が一瞬わけわからない、そして、沈黙の中、頭より体がわかったのか、真っ赤になってうつむく。
「ハルコさん、初めて会ったときから好きでした。だから、ルカワを倒してハルコさんをもらいます!」
流川は首をかしげ、そしてばかばかしいと肩をすくめた。だが、花道の殺気を感じ、ボールを強くつかみしめた。
恋愛沙汰などはばかばかしく感じるが、気迫は本物だ。
ボールを手に、じっと花道とにらみ合う。
去年勝負したときとは、比較にならないサイズやパワー。スピードも高まっている。そして、仙道との対決も含めて積んできた経験と一年以上の基本練習、リハビリ中にずっと見て、体に叩き込んできたビデオが全て身になっている。
花道が飛び出した、そこに向かって流川が半歩踏み出した。
「動きの無駄ももうねーな」
が、それもフェイク。裏の裏のそのまた裏、フェイダウエイ・・・わずかに花道の指がかすり、ボールはリングに弾ける。
「取る!」
花道が飛び出したが、流川は一瞬止まって・・・花道がボールを取った瞬間、奪い取ってジャンプシュート。
そのボールは鮮やかにゴールを貫いた。
「くそう!」
花道はボールを取り、そのまま一気に外にドリブル。流川が追いついた瞬間、またインに切り込むと見せて、その場からシュート!
「それじゃはいらねえ」
流川の言葉通り、ボールはリングに弾けて飛ぶ。
「くそう!」
「こないだの試合じゃたまたま決まったが、今のおめーじゃせいぜい20%だ。奇襲にゃなっても実戦じゃつかえねー」
そのまま、弾け飛んだボールを追う。
流川が拾ったボールを花道が弾こうとする、それをかわして、鮮やかなスリーポイントシュート。こっちは決まった。
花道は声を爆発させ、なおも挑みかかる。
小さなフェイクを繰り返し、体格差を活かして少しでもゴールに接近しようとする。
そして、
「天才必殺技、変異抜刀霞ドリブル!」
鋭く股間にボールを通してドリブル、左と見せて右へ切りこみ、レイアップを決めようとする・・・が、流川の手がボールをはじく。
「どあほう、ただのレッグスルーじゃねえか。クロスオーバーにゃほど遠いぜ」
「ふんぬーっ!」
「クロスオーバーってのはな、」
流川がボールを股間を通して・・・激しく、複雑なリズムで。
右か左か、花道を振りまわしてドライブ、
「こーゆーのだ」
と抜き去って素早くシュート。が足の痛みか、ボールがリングからこぼれる。
それを拾った花道がじっと、重心を落して低いドリブル、突然フックシュート。これは流川には止めようがなく、リングをくぐりぬけた。
お返し、とばかりに流川が花道のブロックを一度かわし、落下中に横からダンクを決める。
花道はジャンプシュート、と見せて強引に切り込み、ボールをつかんだ流川の手を押しのけてダンク!だが、それは明白なファウル。
「ファウルだ」
「わーってらい、来い!」
今度は流川が、背中を通すドリブルで牽制して切りこみ、防ごうとしたのをかわしてシュートした。
花道はお返しに、強引に踏み込むとヘナチョコシュート・・・沢北が見せた、大きくふわっと放り上げるシュート。決まった!
いつしか、晴子の目に涙があふれていた。
二人の男が眩しいくらい、全身全霊でぶつかり合っている。
そして、最後に花道が、流川をふっ飛ばして豪快なダンクを叩き込んだ。
が、まだ差があることは、戦った二人が一番よくわかっている。
無言。
晴子も、何度かなにか言おうとして、言えなかった。
無言のまま、流川が倒れ込むように座った。さすがに疲れきっているのか。
「大丈夫?」
晴子の一言が、花道の体を貫き、そのままうつむいて、立ち去ろうとした。
「じゃあ」
「待って桜木くん!」
「でも、それが答えじゃ」
「違うわよ!」
晴子の目から、とめどなく涙がしたたっている。
「気付いてあげられなくて、ごめんね。あたし、ひどい・・・桜木くん、桜木くん・・・考えた事もなかった、いっぱい辛い想いさせた」
晴子の胸に、それまで花道が惜しみなく与えた、全ての情熱がよみがえってきた。それが涙に変わり、ただただあふれだす。
「あたし、勝ったとか負けたとかで、好きになったり嫌いになったりする、そんな人じゃない。でも、まだ、気持ちがまとまらないの。流川くんの事も好き、でも、でも桜木くんも、どんどん大きくなってる。桜木くんの事を考えても、最近すごくドキドキする。これが恋なのか、まだわからないの。おねがい、もう少し、もう少し時間をちょうだい。っ桜木くん、桜木くん・・・」
流川は無言で、汗をぬぐった。そして立ち上がり、
「わるいが、おれはあんたには、女としては興味がない。今はバスケが全てだし、別に気になっている子がいる」
去り際に投げつけた、流川のはっきりした言葉が晴子を貫く。でも、不思議と・・・ショックは思っていたほどではなかった。悲しみより、今花道が見せたダンクが、目の奥で輝き始めているのだ。
長い沈黙の末、花道が息を整え、
「おれは・・・おれが、湘北がバスケで勝って、ハルコさんが笑ってくれると嬉しい。ハルコさん・・・全国制覇ができたら、いっしょに登下校してください!」
「はい!」
「よおおおおぉし、やるぞお!全国制覇だ!」
空の汚れは昨日の豪雨が洗い流し、星は鮮やかに夏の予感を映して輝いていた。