Dunk Like Lightning


第二章;若葉の下で


 湘北バスケ部はいつも通り七時ごろまで練習だが、その帰り道に花道を晴子と藤井、そして松井の三人が待っていた。
「桜木君!」
「おお晴子さんに、松井さんに藤井さん?」
 藤井と松井をいまだに間違えているが、名前を覚えただけでもまだましである。
「何か?」
「もう遅いから、送ってって。」
「え?」
 花道の全身から桜の花びらが吹き上がる。最愛の晴子といっしょに登下校、これは花道の夢であった。はっきり言ってバスケ部に入ったのもそのためである。
「はい、喜んで!在日米軍全部より頼もしいボディーガードです!たとええ核爆弾を持ってきても髪の毛一筋傷つけさせません!」
 花道は緊張に震え、右手と左手が一緒に出ている。無論藤井と松井の事など全く視界に入っていない。
「桜木君」
「はははははっはい、なんでございましょう!!」
「そこに自販機があるから、ジュース買ってきてくれないかな」
「ハイただいま!」
 晴子の一言でさっと花道が駆け出した。藤井が必死で追う。
 晴子と松井はそのまま隠れ、のぞきモードに入ったのは言うまでもない。
「ねえ松井、本当にこれでいいの?」
「いいの、とにかく晴子はあたしの脚本通りに動けば。ちゃおなかよしりぼんを増刊も含め、十年間読んできてるあたしに任せなさいって。」
 ちゃんとくっつけてあげるから、藤井には可哀相だけどその藤井の頼みだし、松井はそう、小さな声でつぶやいた。
 花道は全速力で自販機に向かって駆けている。無論女子の藤井に追いつけるはずがない・・・彼の本気のダッシュは陸上でも国体クラスなのだ。
 藤井のほほに涙がにじむ。きっぱりふられるため、たった一言を聞くための告白なのに。
「桜木さん!」
 藤井の悲鳴に近い声が、ジュースを抱え駆け戻る花道に触れた。
「はい?」
 花道は立ち止まり、藤井を認めた。
「晴子さんは?」
「・・・・・」
 沈黙が続く。花道は晴子のためのグレープジュース、松井のコーラ、藤井のアイスコーヒーに自分用のスポーツドリンク1.5リットルペットボトルを抱えている。
 花道は手が冷えているが、藤井に渡す事ができない。
 まだ沈黙。不思議な迫力に花道が気おされ、動けない。
「桜木さん」
「え?」
「あの・・・、麻生学園の岡川りえこさんとつきあっているって、本当ですか?」
 思いつめた表情は暗闇に見えない。
 影で晴子と松井が固唾をのんでいる。
「なんだそりゃ?」
「つきあっていない、ということでいいんですね」
「あ、ああ、あのメシくれたちっちゃい娘か。」
 晴子の背中から力が抜け、松井が晴子の退路をふさいだ。
「つきあっていないんですね!」
「え、ああ、ああもちろんだ。」
 藤井に、一瞬の明るい、そしてすぐにさみしげな笑顔。
「じゃあ・・・、」
 目を伏せ、決意して
「好きです。わたしとつきあってください」
 花道が硬直した。
「他に好きな人が・・・」
 自嘲気味の苦笑、それがぞっとするような美しさでヘッドランプに照らし出された。告白されたの自体初めての花道は、圧倒されたように言葉もない。
「・・・・いるんですね、わかって」
 女子の悲鳴が聞こえたのはその時だった。
 晴子が飛び出してきて、
「桜木君!」
「もう、こんな事までパターン通りに起きなくていいのに!こんな新展開お呼びじゃないわよ、著者!」
「ごめん、でもそれどころじゃ・・・」
「そうね、急いで!」
「桜木君、助けてあげて!」
 晴子の声に花道が走り出す・・・飲み物を抱えたまま。
 悲鳴の元は近くの公園、そこで花道が男の影にペットボトルを投げつけた。
「What's!」
「黄金ザル!?」
 トムのそばで女子が二人、泣いていた。
「三千代ちゃん!」
「大丈夫!」
 晴子と藤井が駆け寄り、抱きしめる。
「おい・・・てめえ、何をしてた?」
 花道から凄まじい殺気が吹き出す。晴子がこんな彼を見るのは三井達との一戦以来。改めて背筋が寒くなる。
「何があったの!?言いなさい!」
「ナンデモナイサ、タンナルジユウレンアイダヨ!ソレトモコノガッコウヤバスケブハレンアイキンシカネ!!」
 花道は無言。そして、鉄拳が一閃してトムを殴り倒した。
 三千代ともう一人の女子の着衣に乱れはない、でも震えているし頬には平手の跡。松井が花道が落としたグレープジュースの缶を取り、何度か開け損ねてから三千代達に飲ませた。
「ヤボナジャップドモダ!」
 立ち去ろうとするトムを追いかけようとした、その花道の袖を晴子がつかんで首を振った。

 大和台高校。八時を過ぎて個人練習も終える者が出る。
「お疲れさまです!」
「おつかれ。あ、それはやっとく。」
「そんな!先輩に」
「いいから、お前は早く帰れ。無理しすぎるな!彼女が待ってるだろ。あ、彼女に言っといてくれ、今日皆に差し入れしてくれたガーリックキャンディか?美味かったって。」
「あ・・・・・本当にすみません。伝えておきます!」
 そう一臣は答え、更衣室に向かった。
「そろそろ帰ろう。もう遅いし」
 七緒が女子にも声をかける。
「ならそろそろあがりましょうか」
 と女子が答えた。同時に、男子の何人かは女子を送ろうとする。暗黙のうちに送る役の割り当てができている感じだ。結果的に、男子の練習延長に女子がつきあって、両方帰りが遅くなっている事が問題になっているが、どちらも県大会準優勝の実績があるので黙認されている。
「いつも悪いわね、井上くん」
「いや、こう遅くなっては危険だし。」
「小沢!帰ろうぜ」
「黒田くん、お待ちかねのアメ!おすわり、お手!」
「筒井くん、あのニンニク味のキャンディみたいなの、どうやって作ったの?よかったらレシピ教えてよ!」
 女子は一臣の恋人、野々原りんごが差し入れに持ってくる料理の、その大半は一臣が協力、指導して作っていることを知っている。昔りんごが料理番組のキャスターをしていた時、実はそのレシピは一臣の指導で・・・本当は料理が下手、その告白を皆、見ている。
 今はかなり上達しているが。
「あ、ニンニク丸ごと四個と玉ねぎ四個を微塵切りにして、大麦とオート各250gをそれぞれ0.9リットルの水で水気がなくなるまで煮詰めて、細かく刻んでおろし生姜50g、シナモン粉末1g、乾燥タイムと乾燥セージ各5gを加えて蜂蜜1kgに入れて、クリーム状になるまで混ぜます。それを2.5cm厚に伸ばして一日おいて固めたんです。これはりんごが調べてアレンジしたものです。」
「そう、サンキュ!メモしといたから、今度やってみるわ。いつもあんたたちの差し入れには助かってるの。」
「いや、そう言われると・・・もっと精進させます。」
「本当だ、いつもの差し入れでみんな練習のエネルギーが続いてるよ。さ、帰ろう!ゆっくり休んで、明日また頑張ろうぜ!」
 卓巳は自分の片付けを済ませて恋人のまいに目配せをし、少しとろい彼女が支度をするのを待つ。
 竜次はいつも後片付けを買って出る。後輩思い、というわけではない・・・彼の自他共に容赦なく厳しい姿勢は部員に恐れられている・・・彼の恋人が昔の負傷でバスケができないので、女子を送る役をするのが彼女に疑われそうで嫌だからだ。たまに、女子どころか恋人にまで本当は卓巳と帰りたがっている、とからかわれたりするが。
「妹尾!みんなそろったか?」
 七緒が自分の家に近いメンバーを呼び集め、戸締まりをする。
「うん。」
「そろそろ帰るぞ、竜也!」
「ああ、はい!」
 竜也はまだ練習をしていた。ひたすらに、一日500本にも及ぶ。
「そうだ、竜也くんには彼女いないの?」
「・・・この学校じゃないです」
「そうなの、大変ね」
 妹尾舞の一言は、さりげない七緒への嫌味である。
「そう言えばチビ、いや岡川さん、どうなんですか?」
「どうって?」
「こら、まいちゃん!」
「一体何の事?」
 七緒はややきょとんとした感じである。
「まさか・・・知らないの、チビちゃんが湘北の桜木花道と浮気してるって噂!」
 びっくりして立ち止まった彼に、女子達は面食らっている。

「ルカワ、てめーにはぬかせん!」
 花道が流川と1on1。湘北の練習はまだ始まったばかりだが、興奮は激しくなっている。
 花道がシュートコースを読んでふさごうとしたが、そのジャンプを読んだ流川は鋭いターンで抜こうとした。そこを着地してすぐの、一瞬かき消えたかと思わせるほどの敏捷性でドリブルコースをふさぐ。
 が、もう一つのフェイクに引っ掛かってバランスを崩していた花道は、後ろに跳んでのフェイダウエイジャンプショットを止められなかった。
「ふぬーっ!」
「さっすが流川君」
「でも桜木先輩もすごいわよ、もう三本に一本は取ってるもの」
「確かにそうね。流川とあれだけ競り合えるのは県内には仙道くらいかな?」
 女子マネのおしゃべり、その横で初心者二人組がドリブルの基礎練習をしている。
 体格の大きい元木のほうが、昔少しは経験があったからか特にパスは上手い。
 地道に練習している風馬もパス、ドリブル、レイアップシュート全て成長著しく、マネージャーの彩子達も厳しいが期待感をもって指導している。
 ただ悩みなのは、元木のせいでやたらと部室に色々な香りがし、ちょうど弱まってきた頃に汗臭さと混じって壮絶な匂いになることと、いつの間にか体育館の周りが花壇になっていることと、繕いものなどが元木のほうが圧倒的に上手いことと、救急箱に押し込まれたエッセンシャルオイルの使い方が分からないので結局元木に頼り、どっちがマネージャーか分からなくなってきていることである。
 現に元木は今の時点で、繕いものや応急処置や健康管理、精神面も含めたケア等では彩子や晴子、若葉マークの三千代やイチローより有能なのだ。彼に頼らないよう、かなり自制してはいるが。
 風馬も問題がないわけではない。陸上トレーニングの度に陸上部に、バスケ部全員がにらまれるのだ。花道が喧嘩を買おうとしてトラブルになるのは日常茶飯事というものである。まあ、二人合わせてもその問題は去年の花道とは比較にならない。問題はむしろトムのほうが大きい。
 今度は中田が流川に突っ込んでいった。
 彼はなぜか流川に対抗意識を燃やしている。もちろん抜いたことがないが。
「ほっほっほっ、みんなやってるかね」
 ケンタッキーフライドチキンの創設者でありマスコット、カーネル.ハロルド.D.サンダース(1890〜1980)にそっくりな初老の男が顔を出した。
「チーッス!」
「ようオヤジ!」
 花道が声をかけ、たるんだあごを引っ張る。
「主将、あの人は?」
「あんまり出てこないけどな、ここの監督、安西先生。見かけに騙されるな!元全日本選手の名将だ。」
「チーッス!」
「ほっほっほっ、練習熱心で結構。さて、そろそろ新入生の諸君もバスケ部には慣れたかね?」
「はい!」
「初心者の皆さんには今が一番辛いと思いますが、基本が一番大切です。それを身につけたらバスケの楽しいところも分ってきますよ、がんばって下さいね。」
「ウッス!」
「さて、それでは紅白戦をしてみましょう。赤が宮城君、角田君、安田君、桜木君、流川君。白が潮崎君、トム君、中田君、下村君、桑田君。」
「はい!」
「何?実質スタメンじゃねえか」
「それだけあのトムって留学生がすごい、ていうことでしょうね」
「中田もすごいわよ!今は流川にやられてばかりだけど、中学ではベスト三に入るルーキーなんだから」
 彩子が話に割りこんだ。
 コートの外でドリブルの基礎練習をしている初心者二人組、
「ちぇ、初心者には出番なしかよ」
「しかたがないよ、まだ何も身につけていないんだから。むしろほっとしてるんだ」
「何言ってんだ、だったらちゃんと見て盗めるだけ盗んどけ!おめえはそれだけの高さと運動能力がある、鍛えりゃいいとこ行けるんだ!」
「でも僕、風馬くんみたいに足、早くないから」
「遅くねえよ。おめーも確か1500m5分、100m12秒切ってんだろ?弱気になんな、ドリブルの基礎でもしながらみてようぜ」
 そこへ桜木がやってきて、
「君達、キソばかりでくさってるね?気にするな、この天才桜木も昔、キソには苦しめられたものだ。しかもいまだに練習後、キソをしているんだぜ!天才なればこそ地道な練習を欠かさんのだよ。」
「ッス」
「花道、行くぞ!おめえだってまだ、完全にゃ素人臭さが抜けてねえよ。基礎練もまだ絶対量が足りないからだろうが」
「負けるつもりはねえ。足引っぱんなよ」
 流川の一言に花道が興奮する。
 ピーッ!開始の笛。ジャンプボールは桜木とトム。
 高さを活かして桜木が勝ち、そのままボールを宮城に。
「速攻!」
 宮城がかなり強いパスを安田と交換、走っていた桜木に。
 桜木は一気にフロントコートに出て、パスを受ける、と思ったらトムが飛び込み鋭くスティール。
「あーっ!」
 桜木が叫んだ、と同時に流川がカバーし、押さえようとした。
 トムはボールを手にし、一瞬時計を見て、そして一瞬止まった。フェイクして右、と読んで左に重心が移ってしまった流川を抜き去り、桜木がカバーする前に3Pシュート。それが見事に決まる。
「すご・・・」
「ほう・・・」
 その、余りにもきれいなフォームとストップからシュートまでの異常なまでの速さに嘆息が漏れる。
「イヤッハー!」
 流川の背中に迦楼羅焔が立ち上った。
「待て、ルカワ」
 花道が流川の肩をつかんだ。
「あいつはオレが倒す」
「今のてめーじゃ無理だ」
「ヘイジャップ!」
 二人の感情が爆発する。だが、素直にダブルチームをするには二人ともプライドが高すぎた。
「流川!花道!」
 宮城の、悲鳴に近い声が上がる。
 トムが恐ろしいスピードと的確な読み、ファウルぎりぎりのパワープレイで宮城からボールを奪おうとする。
「ヘイ!」
 左からターンしてパスをもらおうとした流川を中田が押さえた。無言で牽制し、流川が抜いたがその間にもうトムがボールを奪っていた。
 そしてドリブルに入る、その一瞬に花道がボールを奪った!
「桜木君!」
「桜木先輩!」
「DAMN!」
「おるあ!」
 一気にドリブル、角田にファウルすらさせずダンク!
 そして桜木は、リングに片手でぶら下がったまま、トムに向けて中指を立て、そのままこぶしを握って親指を下に向けた。飛び降りてすぐにマネージャーたちに親指を上に向ける。
 歓声はむしろ嬌声に変わった。
「見たか?これが天才ってもんだ!」
 トムの表情が変わった。そして、中田も目の色を変えて流川をにらむ。
 スローインからオールコートで宮城がパスを封じた。流川がトムを厳しくマークしている。桜木もしゃしゃり出てきたため、結果的にほとんどダブルチームになっている。
「ヘイ!」
 中田が声をかけ、トムが彼をにらみつけた瞬間、宮城がスティールを決めた。そしてその場からフェイクで角田をかわし、レイアップ、と見えたがそれをトムが弾いた。
「リバン!」
 宮城が叫び、駆け込んでいた花道がスクリーンアウト。トムと激しい押し合いになり、花道が左にフェイクをかけた。
 トムがひっかかって花道がボールを取って着地、とその瞬間にトムがそれを強引に奪い取っていた。
「あーっ!」
 トムがそこから一気にドリブル!
 宮城が立ちふさがった、右に抜くと見えて、ボールが魔法でもかかったように宮城の足元を抜けてトムの左手に。
 流川が止めようとしたが、わずかな視線のフェイクで抜き去り、守ろうとした花道を肩で吹き飛ばしてダンクを決めた。
「HAHAHAHAHA!」
 長い舌を最大限に伸ばし、両手の中指を立てて腕をX字に。
「くそっ、バカルカワ!!」
「るせえ!」
 ギャラリーは見ほれている。
 悔しいけど本物・・・、そう彩子は心中つぶやいた。
「くぞ!」
 花道が吠え、宮城とパスをやり取りする。
「ルカワ!」
 花道は叫ぶのをフェイクとし、宮城にパス、とさらにそう見せかけて3P!それも思いきり高い曲線で。
「嘘!」
 悲鳴に近い声が上がる。が、花道がゴールに向かってダッシュした事で彼の意図がはっきりした。
 ボールはボードにも当たらず、見事に花道がキャッチ!
「おおおおお!」
 ピーッ!
 無情に笛。
「ルールモシラナイノカコノドシロウトハ!!」
「全くだ、このどあほう」
「あのね、桜木君、今のは・・・」
「桜木君にはまだ早いですよ、秋には教えるつもりですけど。今はインサイドの得点感覚を徹底的に強化する段階です。」
 赤面した花道に、さらにギャラリーからからかいの声が上がる。
 試合再開、中田が一気にドリブルに出た。
「速いっ!」
 晴子が叫んだ。
 一気に突っ込み、流川と花道がトムを意識してアウトサイドにいるのを尻目に鋭いレイアップ。
 トムを除いたチームメイト、そして流川楓ファンクラブを除いたギャラリーから称賛の声が上がる。
「大したスピードとプレイの正確さだ・・・」
 宮城がつぶやき、流川がごくわずかにうなずいたかに見えた。
「生意気な・・・」
 花道が笑顔を浮かべた。
「行くぞ!あいつら連携ができてねえ、切り崩す!」
 宮城が号令し、そのまま速攻。流川がパスを、受けたと見えて弾くように花道に回した。トムは流川に反応しており、ブロックが一瞬遅れる、中田がゴールから少し離れ、かなり最高到達点の高いブロックで止めようとした・・・そこをフェイク。そのままターンし、せりあがってきたトムのブロックをかわして打点の高い、腕を放り上げるようなフックショット!!
 リング上で三回転してそのままリングをくぐってネットを揺らし、ギャラリーから驚きの声が上がる。
 桜木はバスケ部復帰以来、シュートを一日に何百本も練習している。最低でも庶民(レイアップ)シュートを百本、ゴール下&合宿(ミドルレンジまでのワンハンドジャンプ)シュート、リハビリ(フックショット)シュートを左右各百、それに加えてヘナチョコ(アンダーハンド、山王の沢北が見せ付けた)シュートやフリースロー、ダンクまで適宜追加する。
 初心者を卒業するにつれ、流川に追いつくにはそれくらいは必要、と自覚し、自発的にである。
 そして流川もその間、何もしていなかったわけではない。夏のIHが終わった後、あの眠たがりの彼が、わざわざ睡眠時間を稼ぐために近くの湘北に入った彼が自転車通学をやめ、砂浜や山道などの不整地を含む10km以上の遠回りをランニングし始めた。弱点のスタミナを克服するためである。
 だがどうしても寝ながら走ることになるのは仕方がない。
 ちなみに彼の荷物を運ぶのは流川楓ファンクラブの当番制業務となった。無論荷物を開けないよう厳しい相互監視の上、差し入れつきで・・・。その件にだけは流川も感謝しているようだが、それ以上の関心はない。
 トムがドリブルし、中田がパスを要求したのを無視した。そこを流川が、パスを防ごうとする動きをフェイクにしてトムを止めた。
「パス!」
 また中田が叫ぶ。
 答えは唾!そして後ろ向きのドリブルからターンしてかなり強引に、外まで左から抜き、振り返ってシュート。花道が手をはたいてファウル。が・・・ボールはそのままリングに吸い込まれた。
「ディフェンス!バスケットカウントワンスロー!」
 スリーポイントに加えてファウル、合計4点である。
「ふぬーっ!」
「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!」
 笑いながら、しっかりフリースローは決める。
 そしてディフェンスに移ろうとする、そのトムの腕を中田がつかんだ。
「何故パスを出さない!?」
 無視。
「待てよ!何故パスを出さないんだ?バスケはチームプレイだろうが!」
 中田の形相が変わる。
「ウルサイ、ジャップニパスガダセルカ!ボールガヨゴレル!オマエラハスワッテミテロ!」
「ふざけるな!独りでバスケができるとでも思うか!」
「ショウガクセイアイテニハカンタンダ」
「てめえ・・・」
 ピピッ、・・・テクニカルファウルがコールされる。
 そして流川がボールを受け、一気に突っ込む振りをして下がり、鮮やかなジャンプシュートを決めた。
 ギャラリーの流川楓ファンクラブから嬌声があがる。
 花道の機嫌がまた悪くなった。
「いいか、きちんとチームプレーをしろ!あの先輩たちをなめるなよ、山王を倒したチームなんだ!」
 中田が叫び、流川に突っかかっていく。
 トムが素早く突っ込み、宮城を抜き去った。
「くそう!」
 花道が立ちふさがる。
「ホラヨ!」
 叫んだトムはダンクをフェイク、ノールックで強烈なパスを放った。中田が流川を抜いて取ろうとしたが、手が弾かれた。
「ちっ」
「ダカライッタダロウガ!ショウガクセイニアメリカノパスガトレルカ!」
「てめえ!」
「アメリカノコウコウセイナラトレル」
 両手を広げ、倣岸に笑っている。
 中田はもちろん、花道と宮城も切れる直前である。
「ワカッテナイナ、オマエラモサンノーモニホンジャチョウコウコウキュウトカイッテルガ、アメリカジャチュガクセイシュウタイカイニモデラレナイ!バッケッバァヲナメンジャネエ!」
「くっちゃべってんな、」
 流川の鋭い気合い。
「ミセテヤルサ、アメリカヲ!」
 その言葉と同時に、一瞬で流川から、あっさりとボールを奪った。そして一瞬で飛び出すと柔らかく左に抜けて宮城をかわし、花道のディフェンスを押し切ってダンク。
「バスケットカウントワンスロー!」
「うお〜っ!」
 思わず、怒号に近い声が上がる。
「コレガアメリカダ!」
 叫ぶと中指を立て、腕を交差し、舌を出した。
 流川と花道は屈辱に震え、唇を噛み締めていた。
 宮城が鋭く流川にパス、流川は一気にドリブル、と見せて宮城に返した。
 一瞬止まって引っ掛かった振りをしたトムがリターンパスを弾き飛ばし、宙に浮いたボールをキャッチしてすぐさま3P!鮮やかに決まった。流川も宮城も、ブロックさえできなかった。
「ばかルカワ、なにやってんだ!」
 花道の怒号にも無言・・・
 それからは一方的な、文字通りのワンマンショーだった。
 宮城、流川、花道の三人がかりでも対抗できないスーパープレイ。無論流川も目覚しいプレイを見せているが、どうしても抜けない。山王の沢北、陵南の仙道もここまで流川を圧倒することはできなかった。
 流川と花道、二人の激しいディフェンスをかわして3Pを決め、前半終了のホイッスル。

「コレガアメリカダ!ジャップトハチガウンダ!ジャップハアメリカニゼッタイニカテナイ!ザマアミロ!ヒロシマナガサキバンザイ!」
 そう言い放ち、トムはそのまま体育館を出ようとした。
「どこに行くんだ、練習中だぞ!」
「コンナテイレベルデヤッテラレルカ、コウシテルマニモアメリカジャオレトオナジカソレイジョウノヤツラガナンゼンニンモガンバッテルンダ!」

 トムが抜けたことで安西先生がメンバーチェンジを決める。
「初心者の皆さんも入って見ますか?」
「いや、あいつらにはまだ早いですよ」
「何事も経験ですしね。チームを全面的に変えて後半戦をやり直します。白が角田君、安田君、桜木君、中田君、下村君。紅が宮城君、潮崎君、流川君、そして風馬君に元木君。」
「ええっ、試合・・・ですか?」
「よっしゃ、やっと試合だ!基礎練の成果、見せてやる!」
「ほっほっ、流川君、宮城君、頼みましたよ。」
「ウス」
「そういうこと、ですか・・・・・・分った。」
 初心者だが、並外れた身体能力を持つ初心者二人に技術的に優れた二人がバスケットを感覚的に教えろ、ということらしい。
「よっしゃ!ルカワ、てめーはオレが倒すぅ!」
「どあほう」
「風馬、パスとドリブルは覚えたな?」
「ウス。」
「なら見せてもらおう、400m中学記録のスピードってやつを。」
「ッス!」
「元木、花道にどんどん突っかかってけ。ルールは気にするな!」
「・・・・・・・」
「返事は!」
 元木はかなりおどおどした感じ。
「は、はぃ、でも」
「でもなんだ?」
「新ルールは覚えたのですが、ぶつかったりしたらファウル」
「ルールはな、頭で覚えるもんじゃない。体で覚えろ。花道も昔、神奈川の退場王と言われるほど恥かいて、それで覚えたんだ。リラックス!」
「はい。」
「がんばってね!」
 晴子の励ましに、元木がいつもの、少し寂しそうな微笑で応えた。
「よし、行くぞ!」
 ホイッスル、花道と元木がジャンプボール。最高到達点は花道のほうが上、そのまま中田にボールが渡った。
「ナイス!」
 声と同時に一気にドリブル、流川に後ろ向きにつっかける。
 宮城が風馬の背中を軽く叩き、
「位置について、ヨーイ・・・・・・」
 流川が中田の花道に向けたパスを弾き、
「ドン!」
 宮城が叫びつつダッシュした。
 花道は慌てて駆けもどり、流川と1on1に。
「もらいっ!」
 花道がボールを奪おうとしたが、流川は花道のブロックをすり抜け、すさまじい高速で追いついていた風馬に片手パス。
「おっと!」
 風馬はなんとかそれをとらえ、ドリブルに入った。
 それを中田が簡単に奪い、ドリブル・・・・・・風馬は追いついたが、ボールには触れない。そして中田がディフェンスを切り裂き、ふわりと飛びながら元木の頭越しに、額からきれいに放って決めた。
「よし!」
 花道が中田の背中を叩き、彼は半ば吹っ飛んだ。
「いてーな、」
 言いつつも妙に嬉しそうにしている。
「リーダーシップもできてきた、赤木先輩を思い出させるわ。」
「いいぞ風馬、そのタイミングだ。今日は結果じゃない、バスケってやつを体で覚えろ。」
「ウス!」
 今度は流川が花道と勝負。一度ドリブルのペースを落とし、宮城が中田を抜いた時にパスフェイク!花道が飛びついた瞬間に半歩右に出、鋭いジャンプシュート。
 スクリーンアウト勝負は花道が勝ったが、ボールはリングを通り抜けた。
 歓声が上がり、花道は目をむいて流川をにらむ。
「くそう!」
 流川はふんとばかりに無視、だがどこか悔しそう。
「返します。インサイドにボールを集めて下さい!」
「おうよ」
「ああ、入れてくれ!」
 パスワークを前線に進め、花道がボールを受けてローポストに斬りこむ。
「元木、花道と勝負しろ!」
 流川は無表情で少し外に出、角田を押さえる。
「いくぞ、ゼロ!」
「うわああああっ!」
 悲鳴と同時に、元木の巨体を吹き飛ばして花道のダンクが決まっていた。
 そして一瞬懸垂のように体を引き上げ、足を振って飛び降りガッツポーズ!だが、少し不満気である。流川と戦りたいのだ。
「焦んなくていいが、いつかはあれができるようにしろよ。なあに、目に焼き付けとけばいい。花道の奴、もうダンナに追いついてるかもな、ああいったのは」
 宮城が元木を励まし、風馬にボールをパス。
「行ってこい!」
 声を受けて素早く走り出した。無論まだリズムが不安定だが、トップスピードは流石である。
 その後を宮城と流川が追い、元木も必死で追いつこうとする。
 ドリブルを安田がはばみ、簡単に取ってしまったが、それをすぐに宮城が奪い返して元木にロブ気味のロングパス。
「うわっ!」
 なんとか取ったが、頭の上にボールを抱えてしまい、花道に叩き落とされる。
「ああっ!」
 一気に速攻。
「止めろ!」
「はい、ええと」
 と思ったら花道はフェイクを入れ、ドリブルに入ると元木を抜けながらスピンしてゴールに近づく。その相手は流川!
 花道は後ろ向きに、左手でドリブルを続けながら右手を広げて牽制、流川がしっかりと止めている。
「ヘイ!」
 中田がパスを要求、その瞬間に花道が動いた。小さくフェイクを入れ、素早く逆に回転しながら、パスの左側に反応した流川の手が届かない所から手を大きく放り上げ、必殺のフック!
 ホイッスル。防ごうとした元木が花道の手を叩いていた。
 が、ボールはそのままリングに滑り込んだ。
「桜木くん!すごいすごいすごい!」
「桜木先輩!」
 マネージャーたちの声が花道の耳には妙に心地よかった。激しいガッツポーズで応える。
 そして、元木の目に複雑な光がともる。
「バスケットカウントワンスロー!」
「ごめんなさい先輩、ファウルを・・・」
「気にするな!どんどん突っかけてけ。どの道あいつは撃たれようが刺されようが死ぬタマじゃない。何をやったら笛が鳴るか、体で覚えろよ。」
「・・・はい!」
「いい声だ。少しはバスケが面白くなってきたか?」
「はい。」
「よし、行くぞ。」
 宮城から流川に、そのまま流川がダッシュして中田を抜き、花道と半ばぶつかる。流川シュートフェイク、反応して防いだが、すぐさまバックパスを風馬に。
 中田がそれをスティールしたが、宮城が取り返して流川に返す。そして流川はボールを弾くようにゴール下にいた元木にパスを飛ばした。
 慌てて受け取った元木は一瞬戸惑う。
「そのままリングにたたっこめ!」
「はい!」
 とジャンプした、それを流川のスクリーンを吹き飛ばした花道が後ろからブロックした。手は余裕でリングに届いているが。
 ホイッスル、
「ディフェンス!」
「くそうっ!」
 花道と元木の声が唱和した。
「いい顔になってきましたね」
「ええ。」

 麻生学園高校女子バスケ部も新入部員が入り、騒がしくなった。
 りえこも少し先輩らしくなっている・・・外見はともかく。
「りえこ、先輩ってよばれるのは慣れた?」
「ううん、責任ばっかり増えちゃって、大変。こうなってみて初めて分かるもんね、先輩達の大変さは。」
「何いってんの、らしくないなあ。で、最近、大和台の七緒さんとはどう?」
 ゆきにつつかれたりえこは少し寂しそうに、
「最近お互い練習が忙しくて、全然会えてないに近いの。ふえーん、たいへんだよう!あ、ゆきも愛しの流川様が遠くて大変ね。」
「そなの、でも愛は距離なんかに負けないわ!」
 何人かが小声で
「重症」
「え?」
「なんでもない。それにしても湘北かあ、大和台の男バスは打倒湘北って頑張ってるらしいけど。そのせいかな、最近七緒さん、電話でもつかまんないなあ。湘北って言えばあの桜木花道、あんな上背があればあたしももっと、リバウンドにしてもシュートにしても楽なんだろうけど」

第三章

ホームへ