Dunk Like Lightning


第12章 梅雨明け

「流川は?」
 インターハイ出場を決めてテスト期間の湘北バスケ部、だが何人かは集まっている。
「なんか、麻生学園を偵察に行ってくるとか」
「あのキツネ、全国に向けて」
「その前に、テストに向けて」
 と、彩子がツッコミを入れた。そして
「こんな時に…あの子もとうとう」
 と、わざとらしく泣いている。
「一体どうしたんでしょう」
 三千代は…分かっているのかいないのか、いつもの三千代スマイルを浮かべていた。
 流川の意図をファンクラブが知ったら、冗談抜きに三千代の命はないだろう。

 流川が向かったのは、県立麻生高校。
「流川!」
 もちろん、彼らにとって流川は、伝説のスターだ。
「きゃーっ、流川さあん!」
 流川ファンクラブのゆきが飛んできた。
「新井ってやつはいるか?」
「あ、おれ…だけど」
「勝負してえ」
 驚きが、体育館を走り抜ける。
「な…何故?」
 彼はスタメンでさえない。
 そして、麻生男子は今年…大和台に当たったのが不運で、緒戦敗退。
「…松岡とつきあってたんだろ?」
 それだから何故勝負しなければならないのか、流川自身も言葉では説明できない。
 が、直感で分かったのか、
「勝負する相手が間違ってる。彼女は、結局筒井を思い切ることが、できなかったんだ」
「筒井?」
「大和台にいるよ、『デリシャス・タイム』の筒井一臣」
 新井は複雑な目で
「おれはもう、あいつとは別れてる」
 言うと、流川に背を向けて練習を始めた。
「邪魔したな」
 流川は一言残し、立ち去ろうとした…そこを、ゆきが引き止める。
「一体、どういうことですか?」
「わからない」
 流川自身、自分の行動に戸惑っている。
「松岡って…湘北マネージャーの松岡三千代ですか!」
「ああ」
「そんな、そんな」
「ゆき」
 りえこがゆきの肩に手をやるが、ゆきは振り払って
「いやああああああっ!」
 号泣。他にも数人、泣き出す女子がいる。
 麻生学園にいる里緒が、
「ミッションインポッシブルもまだかたづいてないのに、もう次の作戦か…」
 慌てて携帯をとった。

「うす」
「流川!」
「何しに来たんだ!」
 春にぼろ負けを食った七緒たち大和台バスケ部の、悔しさをこめた声。
 一年は山王戦のヒーローが目の前に、と興奮していた。
 流川は所在無さげに、それでいて無神経に
「…名前忘れた、一年と勝負したいんだ」
「おれだろ、おれ!」
 竜也が飛び出す。
「おれとも!」
 哲太も、負けじとボールをつかんだ。
 一臣も、黙ってドリブルを始める。
「じゃ、みんなとやろうや。」
「監督、こんな時に」
 部外者を入れるなんて、という言葉は出なかった。七緒もまた、流川と勝負したかった。
「湘北もやったそうだな、安西は元気か?」
「安西…」
 本気で考えこみ、
「あ、監督すか?元気っす」
 ぼそっと。
「じゃあ、かわるがわる1on1にしようや。ほれ、やるんならさっさと着替えてきい」
 無言で、流川は更衣室に飛んでいった。

 初めに竜也がしゃしゃり出る。
 フリースローラインから、流川先攻。
 勝負は一瞬でついた。強引なドリブルで体ごと押し込み、鋭いターンでタイミングをずらして素早いジャンプショット!
 ボールがあっさりリングを抜ける。
 竜也が呆然とした。
 今度は竜也、素早く背中を通してドリブル、密着する流川を抜こうとする。
(隙がまるでねぇ)
 ぞっとする。
(リングが、小さい)
 仙道と戦ったときを思い出す。
「やってやる!」
 決意と共に、激しく左右に揺さぶる。ドリブルのリズムが複雑に変わる。ダン、ダァン、ダダダダダ、ダダンダン…ダムダダム!
 徐々に集中力が増す。ドライブ、抜けていない状態で、レイアップと見せてダブルクラッチ。ボールはリングにぶつかって落ちるが、ボールにしがみつき、外に逃げる。
 またフェイクから、スリーポイント。その瞬間、彼の目には流川がなかった。リングが近く、大きく感じる。完全な集中。
 が、流川の高いジャンプ。その指先が触れたボールはわずかに軌道を変え、リングに当たってはねた。
 竜也がボールを取って、そのままダンクに!が、流川が壁になっている。
 強引に横から放るボールが、回転しながらリングにはじけた。
 流川がボールを拾い、一歩ドリブルしてシュートに入ろうとするが、起き上がった竜也が素早くマークする。両腕を上げて、腰を低く落とす。
 隙のない構えに、流川が微笑った。
 鋭く後ろを通してドリブル、が右から左手にボールが吸い込まれる。そしてシュート体勢、だが、シュートコースはなかった。
「オラオラオラオラオラオラオラ」
 連続で高く跳ぶ竜也の手が、千手観音のように全てのシュートコースをふさぐ。
(どあほうのディフェンス)
 流川が無表情に驚いた。
「すげえ!」
 皆も驚く。
(どあほう以外にできるやつがいるとは)
 ボールが弾かれる。そのまま追い、竜也がフリースローラインで持ち直す。
 流川が追いついたが、強気のドリブル。左に抜け、レイアップを打つが流川がブロック。
 また竜也が拾い、首でフェイク、が読まれている。
 右に一歩ドリブルし、逆に素早いターン。また、凄まじい集中力のジャンプショット。ボールがリングをくぐった。
「やったぁ!」
 流川の目には、複雑な表情が宿っていた。汗が冷える。
 竜也が見せた集中は、流川でさえ重要なポイントでたまにできる程度だ。
 だが、竜也にとってはいつもだと、わかる。
(時間支配できるな、こいつ)
 しかも、フンフンフンディフェンスを見せるほどの身体能力。
 軽い身震いを感じて、交代をまつ。

 七緒が進み出た。あの練習試合以来、リベンジしたいと練習してきた…自信はある。
 七緒の落ち着いたリズムのドリブル。
 フリースローサークルから、静かに右に移動する。
(何がずば抜けてるわけじゃないが、総合力がすごいやつだったな)
 流川が、そのドリブルでやっと思い出す。
 追いつめられて、中にドライブ!と見せ、早いセットからジャンプショット。
 が、流川にはお見通しだった。
 大きな手がバレーボールのスパイク、いやテニスのスマッシュのようにボールを捉える!
「なんて高さだ!」
 が、ボールは吹っ飛ばなかった。
 手を放していない、そのまま着地寸前、横から大きく放り上げる。ボールはバックボードに、七緒がダッシュ。ポジションを取るが、流川が押してくる。
「パワー勝負!」
 二人が一瞬、全力で押し合う。
(あん時とは別人だ)
 床がきしむほどの力の激突、ボールはもう落下を始めた。
 ポジションを守り切った七緒がジャンプ、ボールをつかむ。だが、もう流川が守りに入っている。
(隙がない!流川もあの時とは別人だ)
 七緒の全身から鳥肌が立つ。
 流川の威圧感が、じわりと体を浸す。
(絶対勝つ!あんなに練習したんだ)
 ドリブルに集中する。
 徐々に、流川の輪郭が見える。
 息を静める。集中が高まる。
 右に鋭いドライブ、と見せて優雅な印象さえ与える柔らかなターン。左に抜いてジャンプシュート。
 だが、流川の最高到達点と反射神経は、それすら弾いていた。
 激しく息をつき、こぼれたボールを拾った七緒が、外に逃げて振り返る。
 パスフェイクを入れると、一歩抜けてスリーポイント!舞踏でも見るかのような、美しいフォーム。
 流川は一瞬早く飛び、指先がボールをかすめて、二人がゴール下に走る。
 リングに弾けたボールを七緒がつかみ、シュートフェイク。
 流川が反応した瞬間、優雅な回転で抜け、ダンクを狙った。
「ぬ!」
「いけえキャプテン!」
 流川がつかむ。力と力、ボールは弾けた。
 二人は一度着地、激しくリバウンドを争う。
 手が何度も伸び、ボールが何度もリングに当たり、ボードにはずみ、宙を舞う。
「パワー負けしてない!」
「当たり前だ、あれからキャプテンがどれだけ鍛えこんだか」
 卓巳が息を呑む中、七緒が触れたボールがリングに転がりこんだ。
「やったあ!」
 七緒が飛び上がって喜んだ。
 流川の反撃、ドリブルから一瞬ペースを変えて右へ斬りこむ。
 七緒が体で止めるが、逆に後ろを通したドリブルで左に切り返し、一気に抜いてゴールの横からレイアップの体勢、だが七緒が追いついてブロック!
 が、手がすり抜けた。
 一度体にひきつけたボール。ゴールの下を通過して、放り上げたボールがリングを回り、転がり込んだ。
「うわあっ!」
 皆悲鳴を上げ、呆然と見た。
 七緒が悔しがるが、軽く流川の手を叩いて下がった。
「まだまだ練習しないとな」
 改めて決意を固める。

 哲太の番。
 流川が先攻、哲太はしっかりと腰を落としてかまえる。
 身長のわりに腕が長く、懐が深い。
 流川は清田のディフェンスを思い出す。
 ゆっくりとドリブル、突然斬りこむが哲太も対応している。だが、強引に力で押しこみ、ファウル覚悟のダンクを決めた。
 哲太が振り向くが、北野監督はVサインを上下に振った。ノーファウル、ゴール…
「くそ」
 哲太の攻撃、一度外に出てボールを受け取ると、ゆっくりとドリブルを始める。
(隙がない)
 と思った間にも、流川の手が伸びてくる。
 いつも通り、しっかりとリズムを作る。
 先を読もうとする…が、すべて詰んでいる。
 はっと、体の中から何かが叫んだ。
 衝動を抑えて右にフェイク、後ろに跳んでフェイダウエイショットを狙ったが、ボールはリングに弾けた。
 弾むボールに流川が走るのを見て、哲太は我を忘れた。
 頭からコートにダイビング、ボールを弾き上げ、横に受け身を取って起き上がる。
 ばねのように跳びあがり、ボールを取った瞬間、頭が真っ白になる。
「うおおっ!」
 哲太は叫ぶと、ラフな、恐ろしく疾いドリブルで突っ込む。
 流川は一瞬面食らったが、素早く回りこみ、ゴール下でシュートコースをふさいだ。
 が、跳んだ哲太は両手で投げ上げる構えから体を軟体動物のように大きくひねり、右肩と腕、ボールだけを流川の背中に持っていった。
 無茶苦茶な体勢から、ボールが上がってリングに、ふわりと舞い下りる。
 地面に叩きつけられた哲太は、ネットをくぐり、落ちるボールを呆然と見ていた。
「すげええっ!」
「初めて見たぜ、あんなプレイ」
「あのクールな松浦が」
 妹尾舞が、哲太にうなずいた。
「ナイッシュ!」
 哲太は起き上がり、痛みに顔をしかめた。
(何でこんなこと、試合前の大事なときに怪我でもしたらどうするんだ)
 流川は驚いたように見ている。
(これがこいつの本性か…手強いな)

 今度は竜次が挑戦。
 春の練習試合で、流川に一番こっぴどくやられたのは彼だ。
 ボールを受けた瞬間、竜次は一気にドライブした。速い。
 流川が凄まじいスピードで追う、竜次はまっすぐゴールに向かい、突然ストップしてボールを左手から、後ろを通して右手にまわす。
 次の瞬間鋭いジャンプシュート!だが、流川は高く跳ぶと叩き落とした。
 竜次が歯ぎしりし、追う。何とか取ると、またスピードにまかせて斬りこむ。
 流川が追いついているが、お構いなしに勢いをつけて跳ぶ。額にボールを寄せ、跳んだ流川と激突した。
 衝撃をものともせずシュート、ボールはすべるようにリングの上に当たり、ボードに当たって帰ってリングを抜けた!
 流川が目をむく。
 北野監督は、ディフェンスファウルのサインをした。
 竜次は笑顔でフリースローを決めた。
 無表情に悔しがる流川は、かなり遠くから攻撃を始める。
 ややゆっくりと、二度ほどレッグスルーをごく自然に交えたドリブル。
 一気に斬りこむ、と見せて前後に大きく足を開いたまま停止。その足の間をボールが通り、即座にスリーポイント!ボールは高い放物線から、リングを抜けた。
「なんて負けず嫌いなやつだ」
「竜次さんもだけどな」
 二人ともすごく悔しがっている。

 次に出てきたのは、長身でやせ細った北田。大和台で、流川より高いのは彼だけだ。
(見たことねえな、新入生か)
 流川は思ったが、ボールを持った彼のオーラに反応し、集中した。トムのレベルだ。
「沢北がお前の話してたよ」
 アメリカから一時帰国している北田が、流川の構えを見る。
(沢北に聞いてた以上だ)
 北田はものすごくドリブルが柔らかい。
 突然左に大きく抜け、エンドラインに向けてドリブル。流川も鋭いダッシュで追う。
 止まると素早いシュートフェイク、そのまま低い低いドリブルで、流川を左、エンドライン側からターンし、抜こうとした。
 流川はフェイクを読んでおり、一歩引いて両手を高くあげる。北田は背中を向けて流川に当たる形に。
 次の瞬間、細い体が鋼のばねのように伸びた。柔らかく回転しながら、腕が横…流川の反対側から伸び上がる。
 かなり遠いフックシュート。ボールは低い弾道でバックボードに当たり、ふわりとリングをくぐった。
「カモン!」
 カタカナ表記が不適切なほどきれいな発音。
 流川は汗だくになってボールを保持し、構えた。フェイクしようとする瞬間、長い腕がヘビのように伸び、ボールが弾かれる!
 大和台のみな、驚いていない。アメリカ帰りの彼の実力は、ここ数日、毎日のように思い知らされている。
 北田のダッシュ。流川も走る。
 速さは互角か、だが北田が先にボールをとらえ、スムーズにドリブル。
 流川が素早く、反対側ゴールとの間に回り込む。周辺で練習していた者が、慌てて場所を空けた。
 北田が跳ぶ、流川が追って跳ぶ。
 レイアップをブロック、とみえた瞬間、ボールは北田の脇に戻されていた。バックボードを過ぎて落下に入る、空中で体をひねった北田の長い腕がボードの裏から伸びる。
 ふわりとボールが上がり、リングに当たる。
 二周、リングの周りを迷う。
 落ちるボールを、北田が流川を押しのけ、つかむとリングに叩き込んだ。
 流川の表情に、あの微笑が浮かぶ。
(ありがてえ、本物ばかりだ)

 一休みして、卓巳が出てくる。
 まだすべて決着していない、インターハイに出られるかどうか不安があるが…リベンジへの気持ちは、七緒や竜次と変わらない。
「久しぶりだな。会いたかったぜ」
 親しみと、闘志をこめた笑い。
「絶対勝つ!」
 卓巳は叫ぶと、低くドリブル。
 電光のように流川のカットが飛ぶが、かわして抜いた!
(キツネパワーのまいちゃんより遅い!)
 人間以上の相手との練習が、限界を超えて動体視力と反射神経を高めている。そして、相手の動きが予測できる。
 追ってくる流川の動きが、わかる。春の練習試合の時には、目にもとまらなかったのに。
「行くぞ!」
 卓巳が叫んでジャンプショット、だが流川の素早いブロック。
「高い!」 
 悲鳴が上がるが、ボールを放らない。
 一度引き、着地寸前にもう一度投げる。
 リングの正面に当たったボールに飛びつき、もう一度シュートを狙う。
 流川がまたブロック。
 だが、地面にダイビングして拾う。
 起き上がって、ボールをしっかり保持する。
 いつも(キツネパワーを使っている)まいに、体から離した瞬間ボールを弾かれているからだ。
 視線を右に、ドリブルに入る、瞬間伸びてくる手。だが、またしても手が空を切る。
 鋭いターンでかわし、一気にダンクを狙う!
追う流川が、鋭く飛んだ。
「危ない!」
「うしろ来てるぞ!」
 伸ばした手の、ボールに後ろから手が迫る。
 が、卓巳はボールを引っ込め、体をひねってボールを放り上げる。
 ボールはリングに当たり、落ちた。
「くそうっ、入ると思ったのに!」
 卓巳が叫び、何とか拾う。
「今度こそ決めてやる!」
 叫び、深く踏み込んでドライブ、と見せてその場からジャンプショット。
「はやい!」
 悲鳴、ボールはそのままリングをくぐった。
「ちっ」
 悔しがる流川の反撃、小細工なしの鋭いドライブ。卓巳はその速さに、目と頭と足はついていっている。
(おれより速いのと練習してんのか)
 流川は驚くが、そのまま飛んだ。
 フリースローレーンの外から、空中で数歩歩くようなジャンプ。
 卓巳が追ったが、流川は力ずくで押しのけ、ダンクを叩き込んだ!
「ちくしょうっ!」
 卓巳が悔しがり、まいに目をむけた…まいはしっかりうなずき、受け止めてくれた。

 最後に一臣。
 腰を落として一度床に指で触れ、構えた。
 が、一臣はもう、震え上がっていた。
 なぜだかわからない。流川が巨大に見える。押し流されるような恐怖。
 流川は、鋭いレッグスルーからジャンプシュート!
「やられた!」
「いや、」
 一臣も、体が跳んでいた。
「手が流川の視界をふさいでる!ゴールは見えてない」
 だが、あっさりボールはリングをくぐった。
「まさか!」
「いや、豊玉戦では片目をやられてもゴールしたんだ。これくらい当たり前だよ」
 一臣が反撃にかかる。
 安定した、低いドリブル。やっと、流川を冷静に見ることができる。
「一臣、がんばって!」
 りんごの声に、振り向く。
「バカ!」
 チームメイトの悲鳴。
 ボールに流川の手が伸びるが、一臣はV字にボールを右手にまわし、左に抜けてゴールに突進した。
「うおおっ!」
 もう、ボールを左手にまわし、防御を固めている。そのまま、横からゴールを狙う。
 流川が鋭く回りこみ、ディフェンス。
「くっ!速い」
 ボールが左側にあるので、流川の手は届かなかった。
 なぜか流川は、一臣が『そいつ』だと直感した。しかも、さらに腹が立つことに、感じが仙道に似ている。
 一対一なのに、『気』がいないチームメイトを見ているのだ。
 一瞬、一臣が後ろを、目ではなく観た。
 つい、流川もそこを見てしまう。フリーの竜也がスリーを打つイメージが見える。
 それがフェイク。一臣が抜けて、ダンクを狙った。
「いけぇっ!」
 が、おいついた流川が、後ろからボールに手をかける。
 ぐりっと、外れたボールがリングに当たる。
 弾むボールを二人で追い、流川が取ってジャンプシュート、と見せて斬りこもうとしたが、一臣は読んでいた。
 一臣の手がボールを弾き、そのまままたおいかけっこ、一臣がボールをとらえ、一瞬で向き直ってドリブル。
「よしっ!」
 一臣、また鋭くドライブ。が、距離をとった流川は、余裕でとらえた。
 瞬間、一臣はその場でジャンプショット。
 ボールがリングに弾む。
「くそっ!」
 一臣と流川が、走りこんでリバウンド争い。
 流川の闘志に一臣が圧倒されそうになるが、りんごの視線に応えようと押し返した。
 空中で手がからみ、ボールが弾かれる。
 流川が追い、ボールを奪った!
 がっちり一臣が固める。
 流川が右を見て、一回ドリブル。
 チェックする一臣とは逆、左に凄まじい速さのターン、そしてジャンプショット。
 あっさり決まる。
「もう一本!」
 叫ぶ一臣。
「ずりーぞ一臣!」
 竜也や卓巳の声に、
「1on1じゃこいつの力わかんね。二対二でやってみてえ」
 と流川がリクエスト。
 早速七緒と竜也が飛び出し、七緒と一臣、竜也と流川が組むことに。
「頼むぜ、絶対勝つ!」
 竜也が流川の背中を叩いた。
 七緒と一臣が、無言でうなずきあった。
 先攻が流川&竜也、流川が丁寧にドリブル。
「スクリーン!」
 竜也が叫び、マークする七緒を流川に押しつけてダッシュ、同時に流川はゴールに向けて、ふわりとボールを放った。
「きつい注文だぜ!」
 竜也は文句をたれながらジャンプしてボールをつかみ、一気にアリウープダンクを決めようとしたが、一臣が素早くブロック。
 飛んだボールがリングに弾ける。
 七緒がリバウンド、そのまま反対側ゴールに速攻を仕掛ける。
 一臣が後から追う、七緒は竜也に追いつかれた瞬間バックパス!
 一臣は取ると、流川と慎重に向かい合う。
(やっぱこれだ)
 一臣の雰囲気が、一対一とは全く違う。
 背後の七緒としっかり息を通わせている。
 それだけ、プレイの幅が広い。
 足を広く腰を落とし、レッグスルー。ドライブと見せて止め、一瞬上を見る。
 次の瞬間またレッグスルー、と見せて後ろから走ってくる七緒に、足の間を通ったボールが飛ぶ。
「うおっ!」
 竜也が面食らった。
 次の瞬間、一臣は後ろに跳ぶ。七緒がごく小さなシュートフェイクを入れてダッシュ、竜也が一臣にぶつかる。
 七緒のジャンプシュート、一臣がダッシュ。リングに当たったボールをつかみ、そのまま突っ込む!
「させるか!」
 竜也と流川の高い壁、だが一臣はいったん上げたボールを下げ、手の隙間からボールをひょいっと放った。
 ボールはリングを回り、転がりこむ。
「やった!」
「ナイッシュ!」
 七緒と手を打ちあわせた一臣が、りんごにVサインした。

「で、一体今日は…何しに来たんだお前?」
「ああ、松岡がまだ好き、って奴がどんなのか見たくて」
 汗をふきながら、流川がぼそぼそと。
「松岡?」
「うちのマネージャー」
 一臣が、怪訝な表情で
「松岡…三千代、ですね?あいつがどうかしたんですか?」
「お〜いりんご!聞いたか!」
「今の会話は、全て録音されております」
 竜也と哲太がからかう。
「うるさいな、りんごは全部知ってるよ!」
 それどころか、中学時代のりんごは、三千代と一臣を取り持とうとした事があるのだ。
「そういえば松岡、なんか新井先輩と別れたとか言ってたな…」
 一臣が、心配そうに流川を見つめる。
 流川は構わず、ふと思い出したように
「それに、どあほうのダチから。連中は任せろって」
 竜也と竜次が目を輝かせた。
「ありがとう、助かる!」
「なんのことだかわかんねー」
 言葉を伝えられただけか、首をひねる流川。
 卓巳が固く流川の手を握り、
「絶対インターハイに行く!決勝で会おう。その時は絶対勝つ!まってろ」
 熱くかきくどいた。
 そのまま、流川は去った。一臣と、言葉で話すことはなかったらしい。

 数日後、週刊サーズデイのパソコンで、大規模なコンピューターウイルス騒ぎが起きた。その影で、かなりの規模の侵入が起き、記事すら書きかえられた。
 DTPにジョニー堀田のでっちあげ告発記事を、ページ割りを狂わせないよう挿入する。関北高校新聞部、一世一代のレイアウトだった。
 破壊されたデータを修復し、発売日に間に合わせる戦いのどさくさで、編集部のだれも気づかないまま発売してしまった。
 そのころ、大和台を張り込んでいたジョニ田は、背後から肩を叩かれた。
「なんだ!」
 その表情が、硬直する。
 ターゲットの如月まい!
 ジョニ田の手振りと同時に、数人の人相の悪い男が出てきた。
「こいつをさらえ!」
 ジョニ田の声につかみかかる男を、まいは二メートル以上跳んであっさり飛び越えた。
「写真や記事のデータ、どこにあるのか教えなさい」
 まいの表情は、強い決意にあふれている。
 同時に飛び出してきた卓巳が、まいを背中から抱きしめた。温もりと力が、まいに伝わる。
「だれが…スクープだ、正体を見せろ!」
 ジョニ田は軽蔑の笑みを浮かべ、携帯電話をかける。
「おっと、暴力事件を起こしたら出場停止、廃部だからな」
「抵抗してくれたほうが楽しいけどな」
 人相の悪い革ジャン男が、金属バットを取り出す。
「殴るなら好きなだけ殴れ。抵抗はしない。まいちゃんは必ず守る!」
 卓巳が、両手を後ろに回した。
「なら死ね!」
 頭に振り下ろされるバット。確実に殺す軌道と力だ。
 その腕に手がかかり、革ジャン男は投げ飛ばされた。
「てめ!」
「きみは」
 リーゼントに、湘北の学生服。
 卓巳は水戸洋平の顔を思い出した。練習試合の時、湘北の応援席。無遠慮な野次だったが、桜木のプレイをよく引き立てていた。
「色男、無抵抗主義は今時のワルには通じないぜ。こういうことは、おれたちに任せな」
 野間が、大楠が、高宮が出てくる。
 ジョニ田の背後から、十人近い…鋲の打たれた革が目立つ、荒れた感じの若いのやヤクザ風の男が集まる。
 数人はナイフや鉄パイプで武装している。
「武器でしか戦えない、弱い証拠だな」
 微笑んだ洋平は、金髪を逆立てた男の拳をかわしたが、頬から血が吹く。その拳から刃が突き出ている。
「プッシュダガーか」
 Tの字型で横棒を握ると、刃になっている縦棒が中指と薬指の間から、拳の方向に突き出る。単純なコルク抜きが刃になっていると思えばわかりやすいか。
「そんなのな」
 洋平は一撃をかわして踏み込むと、強烈なカウンターを下腹部に叩き込んだ。男が白目をむき、長い舌を出す…膀胱破裂か。
「当たらなきゃ怖くねえよ」
 悶絶する後頭部に肘。男は崩れ落ちたが、洋平の背後からドスが迫る!
「死ね」
 が、洋平は見切っていた。
 体をひねる。ドスを持つ手首をつかみ、手の関節を固めながら体を反転させて引っ張り、また体を返して小手返しで倒し、頭を蹴りつけ腕をへし折る。
「ぎゃああああっ!」
 悲鳴が響く。
「うお」
 高宮の太った腹が斬られ、白い脂肪を見せて制服から出ている。
 ジャージ姿の男の手に、白鞘の日本刀。
「ふざけやがって」
 高宮は二の太刀を懐に飛び込んで防ぎ、頭突きを入れて投げ飛ばした。
「大丈夫か?」
「へーきへーき、脂肪だけだよ」
 聞いた大楠の頭に、鉄パイプの雨が降る。
 三人がかりでめった撃ち。
「きかねーな」
 大楠は、流血ながら平気な表情で脇腹に食い込んだ鉄パイプをつかんだ。
 そのまま手繰り寄せ、鼻に肘打ち。
 ひるむ男を首相撲でつかまえ、腹にひざを何発もぶち込む。
 背中に降る鉄パイプにも、おかまいなしだ。
 野間は巨体の筋肉男に立ち向かい、激しい打撃戦。
 相手は手にメリケンサックをはめており、野間の顔はあっという間に真っ赤。
「死ね!」
 ふらつく野間の顔面に、鉄がめり込む。
 勝利を確信した男の股間に、強烈な蹴りが食い込んだ。
 悶絶する男の鎖骨を手刀で叩き折り、野間はスーツの男と向き合った。
 その横に、洋平が立つ。
「おめーがボスだな」
 その瞬間、二人の目が点になる。
 洋平が、殺気を感じて腰を落とした。
 スーツ姿の男が、拳銃を抜いた。何のためらいもなく、引き金を引く。強烈な、そして軽い音が響く。
 洋平の頭から、血がたれる。
「洋平!」
 みな驚くが、洋平は立っている。
「頭をかすっただけだ」
「おっと、全員動くんじゃねえ」
「形勢逆転だな。ここじゃまじい、どっか山奥でなぶり殺しにして、埋めようぜ」
「こないだバカ埋めたとき、楽しかったよな」
「だな、自分の墓掘らせて、土かぶせるときの表情忘れらんねえよ。最高だぜ」
「なかなかつええが、素手のケンカなんて銃の前じゃクソよ」
 男たちが笑っている。
 もう一人、ダブルのスーツ男がソ連製軍用ライフルAKMを取り出し、鉄製の折り畳みストックを伸ばしてボルトを引いた。
「くそ…」
 うめく洋平を、刺青をした男が鉄パイプで殴り倒す。
「乗れ」
 車へ、うながされる。
 ジョニ田の笑み、が凍り付いた。
 まいの目を見た瞬間、体が一瞬で硬直し、目から光が抜けた。
「なにしやがるこのアマ!」
「許せない」
 まいの目が強く輝いている。
「化け物、ぶっ殺せ!」
 と、正体不明の恐怖に革ジャンの男が鉄パイプを振りかぶった。
 跳びかかろうとする卓巳を、AKMの銃口が狙う。
 次の瞬間、疾風のように何かが駆け抜け、銃と鉄パイプが宙を舞った。
 同時に、キツネの遠吠え。
 男たちが全員、凍りついた。大楠が拳銃のスーツ男を殴り倒したが、立っていた形のまま倒れて指一本動かさない。
 まいが、声のしたほうを振り向き、
「乱ちゃん!」
 長身で長く白い髪、超絶美形の青年。切れ長の目、ラフなシャツを着てダッフルバッグをかついでいる。
 卓巳の目も輝く。
「このばか、役立たず」
 乱と呼ばれた男が、厳しく卓巳を罵倒する。
 卓巳が、なさけなく頭を下げた。
 まいが乱の腕に飛び込み、泣きじゃくった。
「でもどうして」
「仲間の危機は、本能で感じる。どうした?」
「こいつがたちの悪い芸能レポーターで」
 と、卓巳が事情を説明する。
「油断するからだ。秘密を明かすようなことは、絶対してはいけない。それに、命がけだけじゃ守りきれないこともある。無抵抗で命を捨てても、まいを守れなければ意味がないんだ。かっこつけるな!」
 叱られて小さくなる卓巳。
「ま、まいはおまえのそんなところも」
「好きなんだけど」
 と、まいが卓巳の頬にキスした。
「ありがと」
「なにをやってる」
 乱が、まいをぽかりと殴り
「こいつらは記憶を消して、金縛りにしてけば銃刀法違反で逮捕だ。それより、彼が記憶しているデータのありかを全部聞き出してくれ」
 細かく指示した。
 物陰で見ていた竜也が、ほっと息をついた。
 その後、ジョニー堀田のでっちあげなど、芸能界やマスコミ界、武器の横流しにからんで公安警察から在日米軍まで巻き込む騒ぎが始まることになる。
 もちろん、大和台の関係者や桜木軍団は記憶と情報の操作で渦中から外れた。
 ジョニ田はかろうじて暴力団とのつながりももみ消し、芸能マスコミから追放されることなく生き延びてしまったが、服部のドーピング疑惑が晴れたことをつけ加えておく。
 服部はそのまま、海南バスケ部に残った。
 相手の重武装を予期しそこねて、まいや卓巳のみならず洋平たちも危険にさらしてしまった玲たちは、深く反省したという。不十分な情報と罠で作戦を仕掛けてしまった。演技ができるメンバーがいる…るかには時間が全くない。
 ただ、竜次と乱がメンバーに加わり、Rsの行動力は大幅に上がった。
 桜木軍団は平謝りの竜也と里緒に、めったに体験できるスリルじゃない、面白かったと笑っていた。

 なんとか事件を解決し、大和台は決勝戦に臨もうとしている。
 ここ数年優勝、そしてインターハイ出場を手放さない強豪、潮見大付属。
 去年はインターハイでもベスト8。そのメンバーも残っている…去年ルーキーだったエース小泉は流川、沢北と並び称され、現キャプテンのセンター、幹本も去年、優勝校名朋の森重を9点に封じたほどの実力者だ。
 だが、大和台は勝つ気でいる。特に卓巳や竜次、竜也は、自分たちのために命までかけてくれた桜木軍団や、全面協力してくれた関北高校新聞部のためにも勝つ決意を固めていた。
 女子の決勝も迫る。去年惜敗した麻生学園を相手に、妹尾舞キャプテンはしっかり戦術を練っている。如月まいも、バスケを続けられる喜びを噛み締め、気合を入れていた。

 湘北は、インターハイに向けて動き出した。
 流川は全日本ジュニアの強化合宿や海外遠征に加わる予定だし、トムはアメリカに一時帰国する予定だ。
 花道たちは、陵南、海南と合同合宿。
 だが、すべては期末テストの後だ。
「どうだった花道!」
 傷だらけの桜木軍団が聞いた、答えはわかりきっている。
 花道は赤点六つ、インターハイが危ない。
 傷について、彼らの教師や親はまいが催眠術でごまかしたらしいが、花道はごまかしきれず竜也が全てを語った。
 ほか、主力で赤点四つ以上は宮城と中田、風馬もだ。流川は、ファンクラブ有志…名門女子校や一流女子大の優等生による、集団特別直前指導で乗り切ったらしい。
 が、恒例の勉強合宿は決定。
「こんなものを恒例にするな!」
 と、一発づつ赤木のゲンコツをもらって、赤木家に集合。
 みな驚いたことに、トムは現国、政経も含めてぶっちぎりのトップだった。
「アメリカのエリート、学びもスポーツもできるあたりまえだ。兄みんなアイビーリーグ」
 胸をそらして笑うトムに、反論できる者はなかった。
 梅雨明け宣言の出た追試前日、勝手知ったる他人の家、と赤木家に来た花道は、玄関先で石化した。
 今の今まで考えていなかったが、晴子の家に泊まるのだ。
 とんでもないことのような気がする。
 突然ドアが、ボタンに指を伸ばしたまま固まる天才を直撃した。
「桜木くん!だいじょうぶ?いらっしゃい、もうみんな来てるわよ」
 と、いつも通り晴子は花道の手を引っ張る。
 二秒後、二人とも沸騰した。
 放っておけばずっとそのままだが、赤木が出てきて
「おう桜木か」
 とりあえず一発ゲンコツ。
「ウチの妹にさわるな。勝ったのはいいが、勉強もちゃんとやれ!」
「ふぬ…」
 トムや元木も優等生軍団として来ている。
 そして、
「メガネくん!ミッチー!」
 木暮の姿もあった。なぜか三井も来ている。
「桜木!」
 もう、花道はうるみかかっている。
「よくやった!よくやったよ」
「やりやがったな、このやろ!」
「いやあ、この天才の力だ!」
「ビデオ見たけど、本当に天才だな!NBAでも通用するんじゃないか?」
「いやはっはっはっ、当然!」
 木暮のおだてに、まいあがっている。
「バカモノ」
 もう一発、赤木は食堂に花道を座らせた。
「スリーのフォーム、まだ手首が硬いぞ。今度手本見せてやるよ!」
 三井が、教科書を離して笑いかけた。
「それよりミッチー、何しに来たんだ?」
「おれもやべえんだよ」
 と、教科書に戻る三井。
「イングリッシュわからなかったら」
 とトムが威張ったが、英語を落とした者はいなかった。
 皆腐るほどNBAのビデオを見ている。興味を持ったもの以上の教材はない。
 本場の英語を教えて威張ろうとしたトムは、少し残念のようだ。が、
「みな数学にフィジクできない?メイドインジャパンも終わりネ!」
 と、とりあえず哄笑した。
 赤木はむかついたが、事実なのでどうにもできなかったという。
 とりあえずマンツーマン。花道はハルコを期待したが、やはり赤木。宮城は彩子、中田はトム、風馬には元木がついた。
 三井には木暮が、学科は違うが線形代数と微分積分は理系共通なのでついた。
「桜木、集中せんか!」
 赤木が叩く。
 が、花道としては…同じ屋根の下に晴子がいる。とても勉強どころではない。
「なにそわそわしとるんだ」
「ちょ、ちょっとトイレ」
「さっさといってこい!」
 赤木に怒鳴られ、飛んでいった花道が廊下のつきあたり、左のドアを開けた。
 お約束通りそこにトイレはなく、右側に洗濯機、左側が洗面所。
 湯上がりのハルコが、全裸で立っていた。
 そろえた黒髪が、肩の白さを際立たせる。
 驚いた表情も魅力的だ。
 水滴が、白い肌を滑っている。
 一緒に走ったりしているからか、よく見ると顔や腕、足は結構日焼けしている。
 でも、胸は雪のような純白。
 つきたての鏡餅のような膨らみがふたつ、ふわっと張り出している。青く透ける静脈とさくらんぼのように赤く、可愛い乳首が目を奪う。
 柔らかい脇腹の線に、下のほうの肋骨が何対か浮きでている。いかにもはかなげだ。
 腰はほっそりと引き締まり、それでいてやさしい曲線を描いている。
 脚がすらりと長く、細く健康な筋肉が入っているが、太股の内側はとても柔らかそう。
 そして…
 どれだけ硬直していたのか。
「き…」
「あ…」
「キャアアアアアアアアア!」
 それでどうなるかは想像がつくと思うので、省略する。
「このバカタレ…まあわざとじゃないし、切腹はいいから勉強だ!」
「あ、あうあがうあ、わ、あうがあ」
 赤い髪と顔が判別できないほど殴られ、混乱している花道は筆者もぜひ絵で見てみたい。
「彩子、桜木は元々変だが晴子もどうかしたのか?反応が過剰だったぞ。それに、今日一日妙にそわそわしてた」
 彩子は笑ってごまかした。いえない。
 赤木が寝て、花道はプリントを暗記し、出てきた。もう、宮城と三井は寝ている。
 木暮が、風馬を別の角度から教えている。
「ささささささ、桜木くん」
 花道を見た瞬間、晴子がお盆を落とした。
「だいじょうぶですか!」
 飛んでいった花道が破片を拾うが、気がつくとかがんだ晴子と大接近。もちろん、手が触れている。
 二人とも飛びのいて真っ赤。
「見てて面白いわね」
 と、彩子。
「ジャップ、フリーセックスになったんでは?マイ周り軽い。こいつたちまるでフィフス」
 トムが不思議がる。
「性の開放は進んでるわ。でも、乱れてるのと乱れてないのに分かれてる。この子達は、生きた化石なみに乱れてないのよね」
 彩子が苦笑し、宮城と三井に毛布をかけた。
「や、夜食作ってくるね」
 晴子が台所に。
「手伝ってきたら?」
 彩子の言葉に、
「と、とんでもない!」
 花道が震え上がった。
 今夜の夜食はハンバーグカレー。かなり力を入れている。
「うまいっす!」
 花道は泣きながらかきこみ、晴子は嬉しそうに見ている。
 元木が起きてきて、ごちそうになる。
「おいしいですね。でも、カレーにはターメリックとローリエは入れるべきです。他にも色々なスパイスを入れて、好みで調整するといいですよ。それに、ハンバーグにはナツメグを入れないと」
「ありがと」
 晴子がメモしているのを見て、花道はなんだか腹が立ち、元木を軽く叩いた。
 元木が、軽く叩き返す。
 息抜きに外を見たトム。薄い雲の間から満月が輝いていた。
「ツキは、雲マなしはいやにてソウロウ」
「村田珠光ですか」
 トムのつぶやきに、元木が。
「ジャップのビューティ、ヘン。雲ない、ピュアフルムーンモアキレイ I feel」
 元木は黙って、カレーを味わう。
「絶対全国制覇してみせますよ!決勝は、大和台だったら面白いな」
「あの子達も今、頑張ってるよね」
「洋平たちがあいつら助けて、危ない目にあったらしいんす。勝ってもらわなきゃぶっ殺す」
 花道が怒っているのは、玲たちが水戸たちを危機にさらしたことか、それとも戦いに参加できなかったことか。
「そのためにも、テスト頑張らなきゃ」
 話していて、ふと目が合う。顔が火照る。
(好き)
 晴子は始めて、その言葉を意識した。
(どうしよう、好きなんて)
「よーしやってやるぞ!」
 花道が吠える。
 元木は苦笑して、食器を片づけた。
「優勝してくれよ。」
 木暮が、期待をこめて天才を見つめた。
 寝ている赤木は、また落書きされている。 

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