枕元の計算用紙10月
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神話の無いアメリカでは「スターウオーズ」こそがその、神話の代用であると言う話を聞いた事があります。
でも、それで充分なのでしょうか?何千何万年の長い時間をかけ、口承で磨き上げた伝承と、どんなに高度な芸術センスがあってもたった数十年で、一人の人間と数えられる人数のスタッフ、そしていくらかの作品のモチーフから作られたものと・・・。よしんば心理学の精髄を尽くしたとしても、その心理学自体まともと言える、精神分析に支えられるものはせいぜいフロイド以来百年の歴史しかないのです。
また、「トム・ソーヤーの冒険」を始めとする児童小説、メイフラワー伝説から始まってディビー・クロケットやジム・ブーイ、リンカーンからケネディに至るまで虚実取り混ぜた様々な伝記もアメリカでは神話の代用を…一般の世界でも、神話と伝記は似た効果があるものでしょうか?だとしたら、もしそれが人間の精神形成に深く関わるものであれば、その伝記を、最近の風潮としてマイナス面を強調して容赦無く調べ上げ、その実像を暴いて人間の世界に引き降ろす形の伝記は、真実であり偉人の人間性を復活させる意味はあっても、むしろ精神的には有害と言う事になりかねません。そしてそうだとしたら、真実と精神的な害のどちらが重要なのでしょう。
アメリカで新しい加速器が稼動するそうです。その際、一つ間違うと時空が壊れて、ブラックホールができるとかなんとかで地球、最悪の場合宇宙が壊れるのではないか、との不安もあったそうです。
ふと思い出したのですが、アメリカが原爆を開発したマンハッタン計画でも、同じように空気の原子と連鎖反応が起きて地球が吹っ飛ぶのでは、という不安がありました。それをメンバーの一人が計算し、起きないと断定して核実験に踏み切ったのですが…一つの計算に人類全ての命を賭けるとは、すごい度胸ですね。
オウム真理教対策として新しく法を作って規制、の動きがありますが、それをまた(破壊活動防止法の時と同じく)市民団体などが自分達に跳ね返ってきかねない、と反対しています。
ではどうすればいいのでしょうか?このまま、明らかに憲法違反の住民票拒否を続けるのが正しいのでしょうか?それとも野放しにするしかないのでしょうか。
もうすぐ来る、と言われながら、どうみても可能性…否、必然性を否定する要素が無いのに何年も来ていない災害がいくつかあります。
第二次朝鮮戦争。これがまだ起きないのは、恐らく誰も得をしないからだと思います。まず北朝鮮にとって、まあよほどの事が無い限りは勝てない、金王朝の滅亡を意味しているのですから、やりたくはないでしょう。切り札は切ってしまえば死ぬのです。
アメリカは、ですが、どうみても…緒戦でソウルが壊滅してそこにいるアメリカ人が何万人も死ぬか人質、そして本格的に反撃を始めて航空戦力で圧倒しても…多分、北朝鮮を完全に叩くには地上軍が必要で、それをしたらもう何万人もの戦死者が出かねない、そうなったら政治的に致命的、更に加えてその後、統一朝鮮がアメリカの影響下に入る、と言う状態は想像不能な復興費、そして河一つを隔てて中国と直ににらみ合う事態になる、できればご遠慮したいのが本音でしょう。
中国も北朝鮮が崩壊した時、そのまま北朝鮮を影響下に置くのは戦略的に困難ですし(意外な経緯をたどる事もありえますが)、大量の難民が中国国内の朝鮮族を頼って侵入する、という厄介事にもなるので、嫌でしょう。
一番嫌なのは韓国…ドイツが統一された時、旧東ドイツと言うお荷物のせいであのドイツ経済がどれだけ疲弊したか、それをつぶさに見ています。まして当時の西ドイツと現在の韓国の財政、経済環境は比較にならない、韓国自体ももう崩壊寸前ですから、とてもとても北朝鮮併合など何としてもお断りしたいでしょう。それに加えて、まず避けられない先制攻撃による首都ソウル崩壊、そしてどんなシナリオでも韓国全土に及ぶ甚大な被害…そう、たとえて言うならおぼれている人間(北朝鮮)がおぼれかけている人間(韓国)に喧嘩を売り、刺して足をつかんで水中に引き込むようなものです。どう転んでも統一朝鮮の再建は難しいでしょう。
日本も困ります。とりあえずそれだけで社会問題になる難民と、膨大な在韓邦人の犠牲者、そして韓国併合が南北分断の原因だ、と言う論理で責任にと莫大な援助を…。
それこそ、関係国は皆、北朝鮮などと言う地域はある日、忽然とこの世から消えて欲しいと言うのが本音でしょう。そして、何としてでもその日を一日でも延ばそうとしているのでしょう。でも北朝鮮の崩壊は、どう見ても歴史の流れの中…。
東海大地震、これも来ると何十年も前から言われていて、まだ来ません。単純に考えて弓は引けば引くほど威力が増すので、遅くなると遅くなるほどエネルギーが増しそうで怖いのです。
それに、東海大地震だけではなく、もう東京直下型地震、南房総沖、前に関東大地震が起きたところ、そして富士山といくつもの接近した地震、火山脈が充電完了のようで…下手をすると未曾有の複合大地殻変動になりかねない、と思っています。それこそ物心つく前から準備を続けているのです。
ウオール街株価暴落、これも現在の異常な高さから見て、いつかは崩れる、崩れないバブルはないともう3年以上警戒しているのに、全然崩れる気配が無いです。大恐慌なしでソフトランディングしてくれるといいのですが。
現在、そして未来において、社会及びその個人は何を目標にして動いているのでしょうか。
少なくとも現段階では、個人の利益に重点を置いている気がします。ただ、アメリカでは何兆円もかせいで、その大半をぽんと寄付してしまう人が多いようですので、一概に言えるかどうか疑問がありますが。
社会そのものの目的は?これには「社会」と言うの自体どう定義するかが細かく関わりますのでややこしいのですね。人類全体の、合意された目標が存在する、と言ったら…国連憲章は措いて、嘘になると思います。少なくとも「国際社会」などと言う名前で呼ばれている限りは…。ただ、はっきりとした合意を持って「地球人類種社会」と言いきれるほど、宇宙船地球号意識が浸透している様子はないです。
とりあえず一般的な国の目的は国益でしょう。そして、その国益のために国の経済を成長させ、産業を発展させるというのも大概の国が取っている道のようです。
そして各個人は、何とかしてその経済活動に入り込み、更には(ごく僅かな者は)自ら動かしてより多くの利益を得る、それが目標…といいますか、人生の全てに近い、そんな印象があります。
でも、それにあえて「でも」をいう必要はないのでしょうか?無論、イスラム原理主義勢力などはそういった、西洋的価値観における経済発展を否定する姿勢がありますが、特に先進国の人間に、精神的充足を求める気持ちはないのでしょうか?
ただ生きていくだけ、そのために過労死するほど働かなければならない、それは…僕には修羅道(仏教の六道の一つ。六道とは生きるものが輪廻を繰り返しながらさまよっていく六つの世界で地獄(悪人がその罪の報いを拷問の形で受ける)、餓鬼(飢え渇きに苦しむ)、畜生(動物)、阿修羅(ただひたすら互いに戦い続ける、永久に続く殺し合いの世界)、天(一見天国に見えるが、極めて長いものの寿命があり、死する運命に変わりはない)、そして人間)に思えます。
まして今後は、多分…貧富の差が大きく開き、それこそ定職と富などと言う言葉は(莫大な学費のかかる)世界最高(日本の大学では通用しない時代になる可能性が高い)の大学院を出た者だけのもので、他はすべてパートに近い不安定で不利な労働形式になる可能性もあるのです。圧倒的に多くの失業者が苦しい生活をし、幸運にも職にありつけた者も地獄の競争にさらされ続ける、それこそ…なんと形容してよいやら。
幼児虐待日記をホームページ上で公開した、と言う事件があったそうです。
その虐待が事実かどうかは分らないので、両方の場合について考えてみましょう。
この四通りのどれかだと思われます。
麻薬の恐怖について、実感を込めて理解している人はどれくらいいるのでしょうか。そして今、どれくらい蔓延しているのでしょうか。現在のストレスと社会を覆う閉塞感と言う名の絶望感、刹那的な風潮と社会に置けるかなりの部分での倫理観の崩壊・・・とくに子供たちの倫理は今ほとんど見えません。
本当に子供たちに、否、全ての人にこれだけは知っていて欲しい事の中に麻薬の種類、簡単な薬理、そして恐怖はあると思います。学習困難児も含め、全ての人に人間がどれだけ依存性に弱いか、それに勝つ事は絶対にできないと言う事をきちんと教えておくべきでしょう。煙草やアルコールの害についても教えて欲しいものです。
他に絶対に知っていて欲しい事・・・
前から考えている事ですが、国が完全に犯罪組織に支配される、と言うのはどんな事でしょうか?
いくつかに分けて考えてみましょう。南アメリカや中央アジアのように、犯罪組織が何らかの宗教、信条などを奉じる反政府組織と結びついて活発なテロ活動を行い、ある程度の正規軍に似た武装組織とある地域における事実上の支配力を持っている、と言う場合、単純に力で政府を転覆すると言う事態が原理的には考えられます。
現在、その可能性のある国はどれくらいあるでしょうか。ただ、犯罪組織は資金は潤沢ですが、不思議と正面からの戦闘で政府を倒せるだけの力は無いように見え、現実には正規軍そのものを内部から崩して、と内外両面からの攻撃になるでしょう。
犯罪組織が活発な国では政府そのものの腐敗も激しい事が普通です。軍部はもちろん、警察や裁判所に至るまで鼻薬が行き届き、組織に逆らう者は誰だろうと消える事になる、ロシアを始めかなり多くの国がこれに当てはまると思います。
でも、ここから、完全に政府が支配されるとどうなるのでしょうか?ある日突然放送があって、と無血クーデターに近い形になるのでしょうか。それとも犯罪組織にとっては表の国があったほうがいいのでしょうか?まあロシアを例に取れば、表の国としてエリツィンがいる限り西洋から援助と言う美味しい利権が降ってくるのですから、いくら意のままでも政府を解体して自分達が政権獲得宣言をする、と言う事は利益にならないのでしょうか。もしかして、上の軍事的勝利のシナリオがあまり見られないのもそのためでしょうか?
また、民衆の感覚としては?犯罪組織の浸潤(病理学用語で癌が組織を侵すこと)が進行するにつれてマスコミも警察も当てにならない状態になり、絶望感が広がるかもしれません。またはベルギーで起きたように、政府を疑わせるような大規模な犯罪が摘発され(これ自体矛盾しているのですが・・・本当に政府を支配している犯罪組織は絶対に逮捕されないはずです)、それによって政府不信が拡大することもありえます。その、絶望感が極限に達して民主政治が機能しなくなる・・・その後どうなるのかは分りません。
犯罪組織が高度な装備を持つ部隊を養成し、一気にクーデターに似た形で首都を制圧、と言う事態は考えられないでしょうか?
特にロシアから大量の武器を輸入した組織、もしくはオウム真理教のような武装カルトが先進国で、大量破壊兵器を有効に使えば可能性があるかもしれないです。特に日本では警戒が必要でしょう。アメリカでも可能性がありますが、アメリカは州の独立性が強く、いざと言う時には市民の武装を活かした民兵の発想がありますので、組織の立場に立てば危険が大きいでしょう。
犯罪組織が秘密裏に警察組織を侵食、盗聴などの技術と情報網を合わせて密かに秘密警察を作り上げてから突如牙をむき出す、と言う事は考えられるでしょうか?
例えば、ある日突然、暴力団追放運動などの市民運動家らが皆、家族友人は愚か名前も知らないような遠い親戚に至るまで組織的に拉致され、残虐に処刑された死体が朝、駅前などの公共の場に放置されて、同時に噂とマスコミの両方から何らかのメッセージが入り、埋葬禁止と無条件の服従を強制する(引き続き逆らった者とその親族、友人の見せしめ公開処刑を続ける)・・・このシナリオはありうるでしょうか?
現代の先進国ではあまりにも野蛮な手法ですが、有効なはずです。警察の腐敗が大きい時にそれがエスカレートしたら、と心配する向きも多いのですが、実際に民衆の支持を一切持たない、絶対の恐怖政治は可能でしょうか?歴史上、どんな恐怖政治もある程度の民衆の支持があってのものです。
否、これは必ず独裁になるのでしょうか。独裁はある個人による支配を意味していますが、組織犯罪は個人的なカリスマの独裁かどうかにも疑問が大きいです。犯罪組織の組織構造は実際には、どんな支配体系なのでしょうか。
そして、マフィオクラシーとは一体何なのでしょうか。誰の、誰による、誰のための政治なのでしょうか?「誰」に「犯罪組織」を入れて考えてみますと、「犯罪組織の」に実感が感じられません。「犯罪組織による」の意味しているのは、その組織が組織内部、そして権力を得たら外部である民衆を管理、監視して恐怖と暴力で服従させ、収奪する手法を指している、でいいのでしょうか。「犯罪組織のための」はその利益を享受する者が犯罪組織の有力者もしくは単独の支配者、ということで、一種の貴族及び帝政をイメージすればいいのでしょうか。
ただ、その権威が単純に恐怖である、というのが歴史的なものと異なります・・・むしろ、それらの原始的な形に近くなるのでしょうか?そして、恐怖が短時間で権威になり、そのまま安定した支配層を形成する事はありうるのでしょうか?それともカルトと結びつき、形式的には神権政治の形態を取って現実には洗脳と薬物、相互監視で服従させるのでしょうか?
今後、大量破壊兵器の拡散や情報化社会の出現によって組織犯罪の影響力が国際政治・・・もしかしたら歴史にとっても大きな要素になってくる可能性が高いです。考えておくべき事でしょう。
現在、不況でだれもが苦しいようです。サラリーマンを含む労働者は過労とリストラ、そして収入が安定していた時代にそれが続く事を前提に作ったローンの恐怖、経営者は倒産と借金の恐怖、そして学生には将来予測される失業と年金の崩壊の恐怖、老人には介護保険の不安・・・。社会全体がなんだか、不安を通り越した絶望と恐怖にすくみ上がっているようです。
ここで何か、希望的な要因はないのでしょうか?ひところ言われた起業による新規雇用も、結局浅い支援による起業が次々に信用収縮のあおりで倒産、かえって悲惨になっているため、多くのアイデアを持つ人や若者が二の足を踏んでいます。結果的に、ますます刹那的とも言えるアルバイトやパートなどの不安定な労働が増えていく結果になります。規制さえ緩和すれば新しい業種が生まれ、新規雇用が出るというのも怪しいものになってきています。
環境分野も将来、成長分野とみなされていますが、環境はそれ自体ではまず採算が取れず、政府の補助が重要になるのですが、やはり業界は循環型持続可能社会への転換を拒んでいるようですし、それを押し通せる政治の力もありません。
言葉において、日本語を「守る」と言っていながらむしろ、現代語そのものを否定している勢力があり、僕もそれに内心、同調しています。
現在の標準語も新字体の正当性を始め、様々な批判があります。
なにより、「ら抜き言葉」を否定する人や心は、内心では口語よりも岩波文庫の昔の訳文のような格調高い古文調、それよりもきちんとした古文、そしてそれよりも漢文のほうが高いとみなしているはずです。
その漢文が読み書きできる人間は何人いるでしょうか?僕にも残念ながら、白文では簡単なものを読む事しかできません。
英語でも同じ事を言う事ができると思います。英語も壊れてきている、という保守的な声も多いのですが、新しい言葉を否定して・・・その正当性にこだわれば英語そのものを否定し、ラテン語を使わなければならなくなります。
ですが、言葉は意味が通じれば、分かりやすければそれでいいのでしょうか?それでしたら讃美歌をいくつか、現代の分かりやすい言葉に直してみて下さい。
一番有名な539・・・「あめつちこぞりて かしこみたたえよ みめぐみあふるる 父み子みたまを アーメン」をそのまま日常会話の言葉に直せば「お空も大地も ほめたたえようよ とってもやさしい 父と子聖霊 アーメン」になる・・・(英語版を踏まえて口語にきちんと直そうとすると「たたえよ全てを 作って豊かに 恵んでくださる 父と子聖霊」でしょうか)これを実際に歌ったら(言葉の調子は曲に合っているはずです)、クリスチャンは必ず怒りを感じるはずです。意味は現行の文語体そのままですが、この「自然で分かりやすい話し言葉」に霊はあるでしょうか?
そう、口語体、まして日常語では何か、特に宗教的な言葉に必要な意味+αのαが無く、それゆえに分かりやすく意味の伝わる歌詞が醜悪なパロディと感じられ、それに冒涜を感じてしまうのです。現に讃美歌の口語訳は行われていません。そして、聖書の口語訳に対し、霊感や威厳、格調に欠けると言う批判も多く見られます。同様に、仏教のお経もまず口語に訳される事はなく、ましてそれを葬式等の儀式で読み上げる事はありえません。
日常使われる、人に通じる言葉では表現できないものもある、そう思えます。
「日本核武装など」を雑誌のインタビューに発言して更迭された閣僚が出ました。
確かに言葉は過激で不快感を感じる層が多い、と苦笑していますが、マスコミの反応もヒステリックだと思えます。なにより、マスコミに閣僚を更迭する権利はないですし、あってはならないと思います。
そして、日本が核武装をするとしたら・・・確かに技術水準はそれなりに高いので、短期間の準備で可能でしょう。
もし日本が突然、秘密裏に核兵器を完成させたとしたら、その際の国際的な反応は現実にはどうなるでしょうか?即座に宣戦布告する国はないと思います。
まず中国は強く非難し、廃絶を求めて来る事は確かでしょう。
アメリカはどうするでしょうか?安保条約を廃し、即座に経済制裁を発動する・・・でしょうか?その可能性もありますが、最悪の場合日本と中国の連合を敵に回す恐れ(これを一番恐れていると思います)がありますから、強い刺激はしにくいとも思えます。
非難が一番強いのは韓国でしょうか。最悪の場合お決まりの「日本帝国主義復活」の恐怖をきっかけに、親北朝鮮クーデターが発生、瞬間的に韓国が北朝鮮に併合されて統合軍が電撃的に侵攻・・・これは日本が開発した核がどんなものか、にもよります。パキスタンやインドの開発したのは単なる爆弾で、多分それを飛ばす手段である弾道ミサイルやそれをコントロールする電子技術などは未熟だと思いますが、日本の場合それも即座に作れる技術水準があります。まずそのシナリオはないでしょう。
台湾はどうするか、それは全く読めません。日本への敵意と警戒心をむき出しにするか、それとも手を携えて中国の脅威に対抗しようとすりよってくるか・・・。
ヨーロッパ諸国の反応は予期できません。無論、認める事はないと思います。他は・・・やはり国際的に孤立する可能性が大きいでしょうか・・・はっきりと予測できるだけの材料はありません。
中国やロシアなど、あちこちの国が日本各地に照準を合わせている・・・こめかみに銃口を突き付けられている状態で生活しているのも、確かに不安と言えば不安ですね。
今は一応アメリカの核の傘がありますが、実際に日本が核攻撃を受けた際に、本当にアメリカが報復してくれるかどうか・・・アメリカ自身も報復のそのまた報復で危なくなるのに、そこまでやってくれるかには一抹の不安があります。事故に近い暴発的な核攻撃がもし、中国やロシアからあったとしたら、その際日本は、そしてアメリカはどんな反応ができるか・・・考えてみるべきだと思います。
ふと、ある歌の大戦後の崩れた風俗の中の女性が歌った「残った男はカスばかり」という歌詞から思ったのですが、戦争は遺伝子的には一体どういう影響を与えるのでしょうか。まあ、人間の遺伝子は均質に近いので、さほどの差違はないと思いますけど。
両大戦で、貴族の勇敢な子弟の多くが「ノブレス・オブリィージュ」を守って出征、戦死したことが貴族社会の衰退につながった、と言う話を聞いた事もあります。
考えてみますとその通り、戦争に行くのは肉体的にも精神的にも優れた階層です。これは徴兵制でも志願制でも代わらないでしょう。徴兵検査はまぎれもなく、人間の肉体的な階層付けであり、その上から危険な戦場に送るのですから。そして、戦場では・・・紳士的、勇敢など、人間の規範に強く従う、精神的により尊敬に値する人間ほど死にやすいです。つまり、戦争は遺伝子的に優れた人間を逆に淘汰して遺伝子的に悪くして行く、そう考えられないでしょうか?
でも、それも考えが浅いです。人間の優劣について、戦士及び肉体労働者としての基準であり、過去の基準と言っていい「肉体が壮健で精神が忠実かつ勇敢」な者が優れていると言うのは、支持は多いですが必ずしも正しいとは限りません。現代においては肉弾戦や肉体労働は影をひそめています。現代戦において、一人当たりで最大の戦闘力(イメージ的に最強とされる特殊部隊員でも一人で百人殺す事はないですが、爆撃機パイロットは最大では原爆投下で一人当たり十万人殺しています)を持つ戦闘爆撃機パイロットや電子戦担当者は知的エリートですし。現代で最も強い基準である、最も知的レベルの高い層は、近代以降は参謀もしくは高等教育及び研究職の徴兵免除の形で高い確率で戦死する前線からは離れています。
古代のような、「負けたら民族皆殺し」的な戦争では・・・長期的には遺伝子的な淘汰が起き、遺伝子はいい方向に進化したものでしょうか?それとも遺伝子的な要因はごくわずかで、社会制度や地理のほうが重要な要因だったのでしょうか。そして、遺伝子的な損失を考えて、例えば最も精強な、戦争が起きたら最前線に立つ男には性に関する規範を免除し、戦死する前に私生児でもなんでもいいから少しでも多くの子供を遺すようにして遺伝子的な質を保つ、そんな制度はなかったのでしょうか。確かプラトンでしたっけ?優秀なものは多くの子を産み、劣ったものは少なく産むべきだと言う遺伝子選別の考え方を人間に応用した考えもあったようです。でも往々にして、結果はその逆になってしまう・・・。
まあ、人間の遺伝子には、自然にはどうやっても品種分化が起きるような差はないようなので、不毛な議論です。でももしかして、現在の日本でエリートから高校生まで皆が卑怯な振る舞いをするのは、太平洋戦争で真の侍が全滅し、卑怯な者だけが生き延びたから、そんな気もします。
僕はあらゆる建築物の、屋根や壁が日光を無駄にしている事と、道路などの舗装面が雨水を無駄にしている事はかなり我慢がなりません。できることなら、環境を政策において最重視するとしたらそれは罪かそれに近い罰金、と言う事にしたほうがいいと思います。
屋根、壁などは太陽電池か、または・・・スポンジのような植物が根を張れる表面にして、そこに植物が育つような環境にするのが最善だと思います。不思議な事に古今東西、一般的な建築には屋根などに植物の存在をあまり許さないようにしているようです。
理由はまず、昔の日本のように草や木を用いている時には植物やそれに引かれて集まった動物の残す有機物が腐敗や害虫繁殖の温床となるから、でしょうか。日本以外は・・・まず土や泥の壁、屋根では植物が生えているとその根で建材自体が破壊されます。石でしたら・・・多くの地域では雨が少なくて元々育たない、蝿、蚊、ゴキブリなどの害虫、ねずみなどの害獣の温床になる、不足時に撒くための水を無駄遣いする、たまる有機物が無駄な重さになる、美観などの理由でしょうか。または人間の文明の、根源的な自然に対する拒絶感覚からなのでしょうか。
でも、単なる草であっても二酸化炭素を吸って酸素を出してくれます。
それに野鳥にとっては充分な生息地ですし、回廊でつなげばリスなどは生活できると思います。邪魔な有機物は(家庭の生ごみを含め)それ自体を買い取って堆肥化する制度があればかえって恩恵になるはずです。無論、それには有機農法に対する理解が今以上に広がって大量の堆肥需要が生じなければ不可能ですが・・・。
そして、一番勿体無い感覚がするのが、都市や工場の大半は最高の耕地の上に立っているのです。これは不思議だと思いませんか?理由にはもともと文明自体が大量の人口を支えられる耕地を食料の保証として必要としている(現代は大量輸送の発達でこれはほとんど無意味)から、そして大量の水を消費する都市、工業は耕地と共通に水系を必要としているから、作物にとって快適な気候帯が人間にとっても快適だから等が考えられます。
太陽電池が普及しないのは・・・やはりコストの問題だけなのでしょうか?それとも、原発や石油など、エネルギーにおいて既得権を持つ権力層が妨害しているから、という陰謀史観じみた理由なのでしょうか?
道路が雨水を無駄に下水溝に注いでいる、これももったいないと思っています。雨水は清潔な容器で受ければ飲めるはずです。それをそのまま汚水に混ぜるなんて・・・。屋根などに注ぐ水は屋根の汚れがありますからそのまま飲料水は無理ですが、現にいくつかの施設で行われているように植物への散水、水洗トイレには使えます。
そして、道路などの舗装面に流れた水は・・・本来地下水になるべきなのに、それを直接下水として川に戻してしまう・・・これは勿体無いと言う言葉で済む問題ではないと思います。
平和憲法を忠実に遵守する、とします。すると自衛隊もどう見ても違憲ですので、廃止します。日米安保も廃して完全に非武装中立を宣言します。
で…外国の侵略とまでは行かなくても、今でも十分問題なのですが、現在解決に向けて動き始めているらしいキルギスの日本人技師人質事件、ペルーで大使公邸人質事件、そして北朝鮮の拉致疑惑…日本人を理不尽な暴力から守る手段についてはどうするのでしょうか。
平和的な手段と言っても、政治犯釈放は論外です。例えば松本被告の釈放をせまられたら?また「人命は地球より重い」を繰り返すのでしょうか。まして外国の政治犯、それも良心の犯罪者でもない、完全なテロリストやマフィアの類だとしたら!日本がいくら頼んでも、それは常識はずれです。
アメリカやイギリスでしたらこれらの事件には、即座に特殊部隊が出動して、少なくとも国民の遺骨は持って帰ったはずですし、やった相手は全滅させていたはずです。ですがペルーの公邸では、結局日本人はペルー人に血を流させて助けてもらってしまった、この借りはたとえようもないもののはずなのに、全く忘れています。まして来るべき第二次朝鮮戦争で、先制攻撃を避ける事のできないソウルだけでもお何万人もいる日本人は…完全に見捨てられていますね。
それ以前に、現在でも…もし警察では対抗できない(対戦車ロケットと12.5mmクラスの重機関銃を積んだ装甲車は警察にはどうしようもないはずです)ような重武装の強盗が海から沿海部を、かつての海賊のように襲撃したら自衛隊は対処できるのでしょうか。これは法律上は無理なのでは?
普通の人間には、「健全な懐疑精神」を持っていると知る事のできない事のほうが多いです。それを無知の知と言うのかもしれないですが。
例えば「カテキン」とか「レシチン」とかがどの食物にどれくらい含まれていて、そしてどんな効能があるのか・・・これについて知り、確かめるには?本屋に行けば、新書棚の奥、「宇宙人の陰謀」「ノストラダムスの遺言」「誰も知らなかった競馬風水予想法」(適当に考えた名前ですが・・・恐らく実在すると思います。本当に実在していたらごめんなさい)などのトンデモ本に混じって何冊かそれに関する、「奇跡の」とか「神秘の」と言う言葉のついたタイトルで見かけるはずです。その内容は信頼できないですね。
では、それを否定するほうは信じられるのでしょうか?それも健全な懐疑精神から言って、全面的に信じていい事ではないです。神秘的なものを否定しているから全部信頼できると言うのもおかしいでしょう。現に、トンデモ本を批判したりする「科学的な」側も、よく見ると曲解や科学についての誤った発言、自分達に都合のいい資料のみを集める行為、逆に自分達に都合の悪い実験や資料を全て否定する姿勢など、かなり怪しい部分が見られます。
同じ事が従軍慰安婦、南京大虐殺、原発などあらゆる問題についても言えてしまい、結果的にどちらの側も信用できない状態です。
信頼できる本はどこにあるでしょうか?大きな書店の専門書の棚にある本のデータは一応信頼性が高いとみなされていますが・・・それもどうでしょうか。そこにあるから信頼できる、というのも科学的な態度ではないですね。
科学的で信頼できるよう、自分で調べればいい、という考え方もあります。無論、「レシチン」の科学的な性質ははっきりしていますし、あらゆる食材を分析してどれくらい含まれているか、科学的に認められる、再現可能なやり方で調べる事もできます。そして病院で、医学的にある物質の効果を測定する科学的な手法も確立されています。
でも、それは市井の一個人に可能でしょうか?無理です。膨大な研究費を用い、職業として大学や研究所、病院などで研究しなければなりません。そしてもしそれをやり遂げても、その結果をどこに発表しますか?
学術雑誌にはもうとっくにいくつも発表されているはずです。まあ、ちゃんとやった研究で手法と論文の形式さえきちんとしていて、ある程度の新規性があって、一番重要な事ですが運がよければ掲載されるでしょう。
でも、一般人は学術雑誌を読みません。そして一般書向けにその研究をまとめたら・・・それが出版されたとしても、結局上述のトンデモ本の棚に並ぶ事になるのです。その手法が信頼できる事を知っているのは自分だけ、研究者以外にその再現可能性をテストするという科学的な方法で真偽を確かめる事はできないのです。そして、その単に再現可能性をテストする事は、研究者にとっては収入と名誉両面でいい仕事にはならないのです。
結局のところ、「科学的な考えの根本である健全な懐疑精神と実験の再現可能性」を貫くと・・・本当に信頼できる情報はほとんどなくなってしまい、逆に自分で何かを確かめる事も現実にはできないですし、確かめたとしてもその正しさはほとんど他人に伝えられない・・・これでは科学的な考え方は物を知る役にはほとんど立ちませんね。
タイムマシンがあったらやってみたい事、それがどれだけ考えられるか・・・これって結構、その人の知識と想像力の双方を極限まで問う質問かもしれないです。その意味、入試に使えるかもしれないですね。知識だけではなく、将来の研究能力に直接つながる想像力も問えるのですから。
まず、最高のインタビューアーをタイムマシンに乗せたら・・・どうなるのでしょうか。
イエス=キリストのインタビューなんて、どんなものになるのか。間違いなく世界をひっくり返しますね。もしも誰に対するインタビューか指定できるとしたら・・・誰に対するインタビューを読んでみたいですか?無論公平を期すため、マホメットや釈迦、孔子・・・にも必要でしょう。
他に考えられる事は・・・とにかく古生物学上できる事全て。化石ではなく生体標本、それに絶滅した種を直接持ってきて復活させる事も可能ですし!これって倫理上どうなのでしょうか、例えばモアのようにかなり最近、明らかに人間のせいで絶滅した生物は復活させても差し支えないような気がしますけど。無論恐竜を今放したらまずいですけどね。それに人間の進化も直接確認できますし、できることは多すぎます。
無論・・・歴史についても最終兵器ですよ。アレクサンドリア大図書館全部コピー・・・散逸したギリシャ語の古典に聖書のオリジナル・・・焼かれたアメリカ先住民の文字資料に伝承資料の直接聞き取り、ミロのヴィーナスの手の位置の確認から古代都市の直接測量に写真撮影、古代言語の直接調査、史実の確認など、もう歴史学の意味が変わるでしょう。
そして、研究としての極力過去に干渉しないものではなく、目一杯過去に干渉するとしたら?ヒトラーの暗殺からアメリカ先住民を守るためのサンタマリア号の撃沈、信長に光秀謀反の警告まで、それこそもう・・・。イスラム教徒は何とか先祖を助けてヨーロッパ制覇を果たさせようとするでしょうし、逆にキリスト教とはマホメットを暗殺しようとするかもしれないですね。カトリックはルターを・・・?坂本竜馬を暗殺から救ったらどうなっていたのでしょうね・・・。
また、測量も重要だと思います。特に気温などの気象について、そして地震!当てにならない文献資料を直接機器で測定できたら。機器による本格的な測定はそれほど歴史はありませんので、資料が増えればそれだけ便利かと。地震予知にも役立ちそうです。それに、超新星現象も膨大な資料が取れるはずですしね。
そして生物学上最大の問題、生物が発生したその瞬間についてさえ調べる事ができるかも。
宇宙発生の瞬間まで・・・はさかのぼれないですが、宇宙船が耐えられる限り過去まで見てみたいものです。その状況は加速器内で再現できるレベルですが、資料としては大きいでしょう。太陽そのものや太陽系の形成を直接観測する、これも大きいですし。
逆に未来に行くのも楽しそうです。僕にはせいぜい後50〜70年の歴史しか知る事ができない、これは残念です。できることならもっと未来の歴史も知りたいです。
現在日本の、「白消費文化」とでも申しますか・・・話題の「買ってはいけない」(まだほとんど読んでいませんし、ああいったインチキ議論になると両方信用できなくなります。「買っては〜」側は批判者を全て御用文士と決め付けていますし、批判側も相手を共産系と非難する姿勢が見られ、議論のレベルが低くなって両方の資料や手法が信用できない・・・それこそ自分で実験する以外に事実をつかむ術がないので)とも重なるかもしれませんが、「白米」「精白糖」「白いパン」「白い紙」「白いシャツ」エトセトラエトセトラ。それに、それ自体不自然な、スーパーで売られているような真っ直ぐなきゅうりに代表される、変に人工的、規格的で清潔な印象の食物など、この日本人の底まで染み付いた消費文化はいつ誰が作ったものでしょうか。
やはりスーパーマーケットの全国展開、学校給食などがあり、そして今や民族性とも関わっているのでしょうね。アメリカではその点がどうなのかなど、世界の比較対象をよく知らないので、もしかしたら世界中の趨勢かもしれませんけど。
はっきり言って、白米の銀シャリは…確かに美味しいですが、栄養面では欠陥が多いと思います。ビタミンB群や食物繊維など、多くの有用なものを洗い捨てていますから。白いパンも同じことです。精製した白い砂糖はミネラルに乏しいですし。また、白い紙以外受け付けない文化は再生紙市場を圧迫して紙のリサイクルをはばみ、結果的に森林破壊を助長するとともに再生紙、パルプ紙の別なく大量の漂白によって直接的な環境破壊にもつながっています。まして一番敏感な粘膜に触れるトイレットペーパーが全部漂白済み、というのは、普段気にしていませんけど、気にしたら怖いです。同様に、普段身につけるシャツやタオルの白も、一体どうやっているのでしょうか・・・。
これを少しでも変えること、これは国民的な課題にしてもいいかもしれないですね。環境問題に対する啓蒙と健康、両方の意味で。
そのために…多くの子供に基礎を作っている学校給食をご飯は玄米か五分づき米+麦飯、パンは黒パンか全粒粉パンなどにしたほうがいいと思います。そして、小学校からの制服である体操服を無漂白の木綿にしていければ、少しは変化できるかもと。やはり給食は大切ですね。
パキスタンでクーデター発生・・・不安です。何しろ核保有国ですから。
そして、パキスタンは背後のアフガニスタンのイスラム原理主義武装集団・・・と言いますか事実上の支配者、タリバーンと深いつながりがあるそうですし、この二つがつながって強大な核武装したイスラム原理主義集団が生まれたら、そしてインドとの争いも核戦争も含めて心配ですし、さらにそれが中国の覇権にも波及して・・・不安定要因が広がりそうです。四ヵ月後れでノストラダムスの大予言、大当たりにならなければいいのですが。
人間の責任と罪とは一体何なのでしょう。判決が出た事件でどうしても考えてしまいます。
今まで通りにやっただけで、何故罪となるのか。この疑問はきっと、判決が出た今も(控訴して係争中なら)被告の心に強くある疑問だと思います。
罪を犯しているのがシステムの場合、法はシステムを裁く事はできません。けれども人間のシステムは、あまりにも多くのケースでその構成員に特有の価値観を刷り込み、ある行動を強要します。それから逃れられるものはそうそういません・・・希有の資質がなければその地位にいる事自体で犯さざるを得ないような罪を裁くべきなのか、戦犯裁判とも合わせて議論しなければならないテーマだと思います。そしてそれは最終的に、自由意志と罪と罰という哲学的な問題に収斂しますね。
それでも、あくまで罪を犯した個人を裁くのが現在の法です。これについての是非を問うのは難しいでしょう。多くのシステムは人間が作ったものですが、それを作った人は死んでいる事が多いのです。例えば太平洋戦争の責任について、故人である明治の元勲やシステムの細かな部分を作った下級官僚、まして徳川幕府初期の家康及びその側近、そしてさらには秀吉に(自然のために!)跡継ぎを作れなかった正室の高台院、そして信長と信忠を討った明智光秀までや油断した信長自身をも責めなければならないのでしょうか。
ロシアは今後、一体どうなるのでしょうか。いや・・・それ以外の国を考えても、政治経済に犯罪組織の決定的な影響力が見られない国はいくつあるのでしょう。
アメリカは国の方針としてマフィアとの戦いを宣言していますが、JFK暗殺が解決していないなど政治の中枢部には深い闇が見られます。カナダについては聞いた事がないですが、治安と犯罪発生率の低さから観てかなりよく抵抗できているのでしょう。中南米はほぼ全面的に麻薬組織の影響下にあります。対決姿勢を鮮明にしているペルーなどは例外かもしれないですが。
日本についてですが、ヤクザと政治の癒着、公然と事務所を構えている暴力団組事務所など問題は多いです。警察と暴力団の癒着も常に噂されており、表面的な治安の反面不安感は多いです。台湾において黒社会の強さは有名です。中国は地方の腐敗がかなり進んでいるようで、南部に巨大なケシの生産地を抱えています。しかし現在は共産党が必死で腐敗追放キャンペーンを、少なくとも建前上はしているようです。その結果次第で大変な事になりそうですね。東南アジアでは売春とアヘン栽培が多いのですが、政治に対する支配力についてははっきりしません。そして香港、マカオなどの(旧)植民地地域を始めアジア全域で、華僑の相互扶助組織の中の暗黒面が強大な犯罪組織を形成しているようです。韓国については詳しい情報がありません。北朝鮮は・・・国自体が犯罪組織兼カルト教団ですから、論外です。
アフリカ大陸ですが、これまで唯一の先進国と言われてきた南アフリカが現在、急速に治安が悪化してマフィアの支配下に入ろうとしているかのようにさえ見えます。他の国は初めからもう、国なのか犯罪組織なのか区別がつかない状態ですね。
中東のイスラム地域ですが、ここは宗教と政治の関係が主眼で、犯罪組織についての情報はあまりありません。治安が全体に、特に原理主義テロのある地域では悪いですし、原理主義勢力の支配地域で大量の麻薬を生産、それを犯罪組織を通じて武器に変えていると言う噂が絶えません。
ヨーロッパでは特にイタリアは、検事達の数々の暗殺事件で知られるように犯罪組織が強大な権力と武力を持っています。そしてベルリンの壁が崩壊し、EUができて国境の壁が取り払われるにつれて犯罪組織の跋扈が目に余るものになってきましたね。ベルギーにおける残虐無比な、無数の幼女を拉致、陵辱虐殺してチャイルドポルノ市場に巨利を得た事件は国そのものの関与も取りざたされたほどです。
そしてロシアはこの間のマネーロンダリング事件で見られるように、凄まじいレベルで汚染が広がっていると見ていいでしょう。不安なのが世界最大級の核戦力(もちろん生物化学兵器も)を持つ国が丸ごと犯罪組織の支配下にあると言う事で、これで世界は常に大量破壊兵器によるテロの不安におびえる事になってしまっています。
さて、ロシアに戻りますと、経済的な問題については一見一段落していますが、問題は残っています。そして、旧ソ連全体で見ますと南部においてイスラム原理主義勢力の伸張が著しいですね。民族性として独裁を求める、という俗説は怪しいものですが、少なくとも健全な民主主義市場経済に移行する事は失敗しているようです。
ペーパーレス社会の構築が急務と言われています。ですが、それは必然的に、特にOSや主要文書アプリケーションソフトの完全な統一規格が不可欠な前提とされていると思います。現状を見ますとそれは趨勢ですが、コンピューター業界全体から多様性が無くなる事は果たして正しいのでしょうか。
今日は目の日、と聞きました。目を始め、感覚器について考えてみますと、人間の技術が肉体を強化できるようになるのはいつ頃なのでしょうか。現在米軍やフランス軍に、ゴーグルの内部に様々なデータを映し出す形で感覚を強化した兵士の概念を提示しているそうですが、同様に目、耳、鼻などの感覚を人工的に強化し、もしくは失った人間につけ直す事は不可能なのでしょうか。感覚と運動能力を持つ義手、義足は絶対に不可能なのでしょうか。いつかはできると思いますが、いつになるのでしょうか。
そして、最終的にはコンピューターと脳の接続が、人間の技術のある意味大きな目標になると思います。
人間の技術の目標、と言いますと何があるかですが、生理学的分野では上述+現在再現不可能な肝臓、脊髄、筋肉機能、目などを含めた身体機能の再現、脳の機構の解明(遺伝子は時間の問題)、癌の克服。そしてエネルギー技術では核融合炉・・・これは不可能くさいのですが。単純な学究としては数学ではリーマン予想、P=NPなどの未解決問題、物理学ではTOE(Theory of everything)や宇宙定数の決定、技術関連では・・・純鉄の量産、反物質技術の形成、原子一つ一つをコントロールする技術の商業ベース利用などが考えられるでしょうか。
教育が崩壊している、と言われていますが、教育の目的とは本来何でしょうか?
以前では簡単でした。欧米に追いつき追い越すため、マニュアルをきちんと守って勤勉に仕事ができる、大量生産の製品のような労働者です。東大を頂点とする高学歴のエリート層である官僚、政治家、学者、そして企業トップもその中で特に優秀な規格の製品でいい、とされてきていました。
それをある時期否定し、個性と創造性を持つ人材でなければこれからの時代に通用しない、また児童憲章の理念から行ってももっとのびのびと、と言う掛け声の下に偏差値廃止、教育内容の削減を始めとした改革が行われました。その結果が今の学級崩壊だと言われています。
僕自身は教育の結果の理想像は、「二年間の休暇(十五少年漂流記)」の子供たちだと思います。
十分元気かつ奔放で、創意工夫にも長け、科学知識も高度にあって、しかも狩猟を始めとする自然の中で生きていくノウハウを持ち、民主主義と共和制と言う政治的な理想を理解していながら一度リーダーを選出したら曲折はあってもその下にまとまって行動する力、そして緊急事態においては軍隊的な秩序をも維持できる自律能力さえ備えている・・・これは非現実的なのでしょうか?
より簡略に言いますと、「緊急時においては秩序を維持できる」「平時において民主主義のルールに従い、かつ自由であるべきところでは個性と創造性を持っている」「自然の中で生きていくための智と経験、忍耐力を持っている」です。繰り返されるたとえですが、嵐の船の上では民主主義は通用しませんね。船長をはっきりと決めて、その命令には一切の反抗、疑問無しに無条件に服従する事が船の運航には不可欠です。かといって、普段から全員が忠実なロボットでしかない時には、いざとなるとその船長が出てきませんし、選び出された時にも前例踏襲かマニュアル以外何もない、ロボットがロボットを率いる状態になります。その弊害が出たのが太平洋戦争であり、今回の経済破綻だと思います。
つまり、変化する時代に対応するには「忠実な船員」と「思考力を持つ船長」、そして「判断するプロ」「創造する預言者」などに、変化する状況の必要によって変わることができるように教育しなければならないと思うのです。それが本当の「民主主義の市民」なのではないでしょうか。
これは不可能だったのでしょうか?自由を子供たちに与えた結果、義務を知らない、わがままと無秩序しか知らないで対人関係能力もない、しかも学力さえ大半にはない、そんな化物が生まれてしまったと嘆いている教育関係者は多いのですが。
ではどうすればいいのでしょうか。以前のように規格ロボットにするのがいいのでしょうか?
更に重要なのは天才の処遇です。特別な創造性の持ち主は日本にもいると思います。ただ、いじめと平等主義の教育でつぶされているだけで。理解力に個人差があるのに、単純に年齢でクラスを分けている事自体が乱暴ですね。
科目ごと、進度別に少人数制で授業を受けるのがベストだと思います。日本の戦後の教育だけでノーベル賞を受賞した人が実質いない、これは異常だと思いますよ。
世論調査について調べてからであるべきでしょうが、現在の日本人の死生観はデータ化されているのでしょうか?
もし外国人に日本人の宗教について問われたら、僕なら「言語化された教義があり、日常的ではっきりした儀式のある宗教はない。ただ、思考様式などの隅々まで、意識下の領域に穢れと言霊、陰陽五行思想などの土俗的宗教が染み付いている。死後についてだが、深く考える事は危険視される傾向が強い。現に学校の中などではそれについて議論をした時点でカルトとみなされる可能性もある。一般の日本人には彼岸及び形而上の代りに、現世において集団に帰属する事が生活と自己同一性を保証している。生活は個人主義的にも関わらず、宗教的な畏れに近い感覚で昔八分と言われた共同体からの追放を恐れている。若者はほとんど死後については考えていない」でしょうか。
一体どういう感覚なのでしょう。難しいです。
現在、対物線条銃(アンチマテリアルライフルの逐語訳、12.5mm口径など威力の極めて強力な弾丸を用いる狙撃銃。旧ユーゴスラビアの戦乱で発達したとかフォークランド紛争でアルゼンチン軍がM2重機関銃にスコープをつけ、遠距離から狙撃したのが始まりとかと言われている。本来は装甲車やヘリを長遠距離から撃ち抜く銃だが、人間に向ければ2km以上の長遠距離からの狙撃が可能といわれている。国際法上、対人使用は禁止されているが無論そんな禁止に意味はない)はどれくらいテロ組織に流出しているのでしょうか。
現実に皇居に行った時も、一般参賀の中継を見ている時も明らかにその警備にはそれを考慮している形跡がありませんでした。現在の狙撃距離は2km、これを全く考えずに警備をしている、やられた後では遅いのです!まして来年にはサミットがあるのに。
まして車ごと吹き飛ばせる迫撃砲を用いられては!迫撃砲は日本では誤った報道(過激派のロケット弾を迫撃砲という習慣らしい)ゆえ理解されていませんが、迫撃砲は数人で分解して持ち運べるほど手軽で、しかも小型のものでも2km以上離れた場所を、しかもビルなどの遮蔽物をも越えて撃てる強力な武器なのです。
また、対戦車ロケットも重要です。その気になればゴルフバックに十分隠せるにも関わらず、ゴルフバックを持っている人間を、皇室関連を始めとする厳戒体制の中でも平気で通している・・・カッターナイフやヴィクトリノックスのクラシックさえ職務質問されるのに、それらを用いたテロについて、しっかりと警戒されているとはお世辞にも言えないですね。
弱者であり、それゆえに被害者になり易い女性、子供、そして老人にはそれなりに、武装を許可していいと言う気がしてきました。まあ、子供についてはそれをコントロールできるようにするのがほとんど不可能ですから、無理ですけど。でも暴論ではありますが、僕は全員が拳銃を持っていてその使い方を教わっていれば、いじめはないと思います。その代わりに誰もが絶対に他人に関わらなくなる可能性もありますけどね。
一昨日考えた事の続きですが、雇用の崩壊による恐慌を防ぐには国家制度の是非についても考えるべきかもしれないです。
オートメーション化で職を奪われた失業者、彼らを消費から締め出しては需要が縮小し、悪循環が生じてそのまま経済が崩壊します。だからなんとしても失業者に消費ができるように金を与えなければなりません。その金を与える主体は政府であり、手段は公共事業や業界保護を始めとする強引に仕事を作るか、または失業保険、生活保護などで金を与えるかです。どちらにしてもそれは税金です。
しかし問題は、その税金を高く取る国からは現在の企業は、経済体制がグローバル化・・・国境が薄くなってきていますから、より税金の安い国に逃げる事ができます。そうなると高い税金を取り、失業者に与える国は産業が逃げ、衰退する事になります。だから減税して、小さい政府による政治をという声が大きいです。
ついでにですが、同様の構造が環境保護においても言えます。環境を守ろうと厳しく規制したり、環境負荷の大きい基幹産業から税金を取る(炭素税など)国からは生産活動が逃げ、未整備である途上国で今まで以上の汚染や破壊のばらまきを続ける、というのが実態ですし、それは市場主義である限り止められません。消費者教育が進んで、環境を破壊している企業の製品を買わない運動がある、ということですが、それも世界のごく一部の特に高い教育を受けている世界にすぎません。
このような弊害はなぜ出るか、これは経済はグローバル化し、市場も雇用も情報も国境を無視しているのに徴税と福祉制度、それに直接は関係ありませんが環境政策もは国に縛られている、これが問題な気がします。もしも国の概念がなく、どこに逃げても税金や規制が変わらないとしたら・・・。
火星への探査機失敗はメートル法とヤードポンド法の齟齬から、と報道がありました。アメリカもいいかげんにメートル法を使えばいいのに!日本にメートル法を強制しておきながら、自分達は頑固に守りつづけて、それについて批判はないのでしょうか。まあ、僕も「日が西から昇る」と同様ありえない事のたとえとして、アメリカがメートル法を使う、と言っている位、どれだけアメリカにとってヤードポンド法が根強いかはよく分っていますけど。
また、アメリカ生まれでない人間がアメリカに行ったり、英語を本格的に習得しようとする時、どうしてもそれが大きな壁になるのです。とっさにヤードポンド法の量を体で感じる事ができない、それは当然ですから。もし換算をしようとしたらそれで、感じるより先に相当な計算をしなければならない、慣れにはどれだけの時間がかかる事か。
むしろ、アメリカ以外の全てがヤードポンド法に合わせたほうがむしろいいかもしれないですが・・・問題は、主要な学問の体系がやはりメートル法に基づいている事でしょう。できる事ならアメリカに・・・決断を望みたいです。
一体、この世界で、何人が働く必要があるのでしょうか。そして、何人が働けるのでしょうか。
この考えは計画経済に通じるので危険ですが、完全に世界が単一の市場になって、自由競争が徹底されて、更にオートメーションがとことん進んだら・・・その極限値を想像する事は無意味ではないでしょう。
極端なこととして、全てが一人でできる状態を考えてみましょう。世界の全ての産業を立った一人の「労働者」がコンピューターを管理するだけでできる状態。それは一体どうなるのでしょうか?残りの人間はどうするべきなのでしょうか。彼らは・・・充分に生産される衣食、サービスなど全てをただ享受し、生きていればいいのでしょうか?かつての貴族のように。そうはならないのでは?なぜなら、現実の世界では常に、人間が生活するための衣食などは利子生活者が激減した今、労働の対価として与えられるものであるからです。最後の一人が残るまで、はじき出されたものは次々と生きる術を失い、路傍に死んでいく他無いでしょう。
同じく単純に考えて、半分の人間で全ての産業が済む状態を考えましょう。そうしたら、残りの半分はどうするか、には四つの道があります。
さあ、本当にどうすればよいのでしょうか。
もしかしなくても、ジュニア版でおなじみの小説はほとんど、完訳もしくは原語で読んだら全然違うのでしょうね。
特に有名なジュニア版訳は「十五少年漂流記」「ああ無情」ですか。あれはもうタイトルも話もめちゃくちゃに美化されていますからね。他には「ピーター・パン」「三銃士」などもめちゃくちゃな美化が見られますね。
でも、そういった、ジュニア版の名作に触れる機会自体、今の子供たちにあるのか疑問です。
東海村で、ショッキングな事故が起きてしまいました。細かくはあちこちのサイトにあるでしょうから略します。
今までなかった事のほうが不思議な事故、でもあったのですけど。事故の公開は早かったと思います。ソ連では何年もチェルノブイリを隠していましたからね・・・。でも、結果的には大予言、二月遅れで的中しました。
今後この事故が日本の原子力政策をどう変えていくのでしょうか・・・大きな世論の変化が起きてほしいです。日本のような地震国に原発は危険にすぎますから。そして世界に先駆けて、原子力でも火力でもなく、太陽光〜水素文明へのエネルギー革命を起こしてほしいものです。