ハーフタイム
「いま勝ってるの?」
りんごが聞いた。
「いまのトコはね、後半もあるけどね」
一臣を見つめるりんごの視線。
ちら、っとそちらをうかがった一臣は改めて勝つ決意を固めた。
そう、たとえ……
「筒井!ガンバレよっ」
新井先輩の声に、告白する約束が改めてプレッシャーになる。
(先輩には宣言しちゃってるからなぁ……)
本能的に深呼吸し、プレッシャーを切り離して自分と相手を分析する。
(チームはかみ合ってる、このままのペースだ。武上に、思い通りのプレイはさせない)
そして竜也の視線を感じたからか、一臣は気がつかなかった。
撮影が終わった石坂真人の姿を、りんごが目にしたことに……
赤穂るかは来ていないわけではなかった。彼女はアリスの丘学園の制服に着替え、調理室の近くをうろついていたのだ。
彼女は、「真人ファンのミーハー女子」になりきっていた。だから誰も、彼女を見咎めるものはいない・・・はずだった。
「るか」
だから肩をつかまれたとき、心底驚いた。
「里緒!玲」
「こんなところにいたんだ。見つからなかったわけ」
「体育館が見える場所は限られている、でも中は見えないから意味はない。28対23、アリスの丘学園リードで前半終了」
「負けてるの!」
玲に詰め寄るように一瞬驚いた顔、だが…目をそらし、斜め下を向く。
「でも、あたしは」
「応援したげなきゃ!なんでこんなとこにいるのよぉ……」
もう里緒は半泣きになっている。
「ほっといてよっ!あたしは…」
「絶対やだから!二人が別れるなんて……」
「くそっ!筒井の奴、逃げやがって!」
コートに竜也の拳がぶち当たった。
「落ちつけ、後半取返すぞ!何よりリバウンドで負けてる、シュート後のフォローを徹底するんだ!」
西村が竜也を抱きとめるように、むしろみっともない姿を他から隠した。
「ボールを止めず、回すんだ。筒井にあまりこだわるな。」
監督が言うが、竜也の耳には入っていない。
なぜか、今更になって思い出している。昨日、練習帰りに待っていたるかを。
「竜也」
いつもとはまったく違う沈黙…竜也は、半ば次の言葉を覚悟していた。
「別れるしかないわ」
だが、言われてみるとやはり時間が凍った。
「絶対受かってみせる。落ちるつもりはない、から…物理的に無理なのよ、恋と夢の両立は。少なくとも音楽学校の二年間、ほとんど関西から動けないし、その後も…あたしは絶対トップになる。
竜也だって、湘北か大和台か迷ってるみたいだけど…どっちにしても全国制覇、全日本ジュニア、そしてNBA…バスケ以外何にもできないでしょう?
今年の夏だって」
そう、二人ともほとんど会えなかった。旅行さえ竜也たちは広島にインターハイを観に、るかたちは途中で降りてムラで、結局四人で行動したのは行きかえりの新幹線だけだった。
その旅行も無理に無理を重ねたもので、竜也はその後全中、県選抜合宿、部の合宿など一日の休日もなかった。
本格的にレッスンを再開したるかも、似たようなものだ。ブランクを取返し、四十数倍の難関を突破するのは簡単な事ではない。
竜也は何も答えられなかった。言いたいことは山ほどある…
「明日、試合なんだ」
「わかってる。アリスの丘学園の筒井一臣でしょ?『デリシャス・タイム』はあたしも見てるわよ」
「おれは絶対勝つ」
「あたしは」
「勝つ!」
叫ぶと、竜也はるかを置き去りにして自転車に飛び乗り、走り去った。何も言えなかった。
泣くかわりに公園に自転車を放り出し、ボールを出してダンクすることしかできなかった。
「時間です、集合!」
「いいか、リバウンドだ。向こうは筒井中心に、しっかりリバウンドを取ってセカンドチャンスを決めてる。基礎を忘れるな、こっちのほうが地力は上だ。絶対勝つぞ!」
「おおっ!」
竜也の咆哮が、体育館に響く。