Last Game 前半
アリスの丘中学バスケ部の三年生にとって、これが最後の対外試合になる。
五番センターフォワードの筒井一臣は、別の意味でも緊張していた。
この試合に勝ったら、りんごに告白する。新井先輩と、三千代との約束。
秀茗中学バスケ部三年、今年の全中準優勝を達成したエース、五番スモールフォワードの武上竜也はこの試合を楽しみにしていた。
だが、どうしても恋人の赤穂るかに、言えない事があった。
集合の前、彼女は応援に来てくれなかった。理由は分かっている。
でも、素直になれない。怒りが出そうになる。
「竜也!」
一臣が、元気そうに声をかけた。
湘北と山王の試合を観戦した時席が近いことから知り合い、興奮を抑えかねて哲太や(大根事件後近くに座り、一臣たちが声をかけてともに応援した)魚住も加え、公園で日が落ちるまでバスケをした。
もう、とっくに親友だ。
固く握手をかわす。
「元気だったか?」
竜也の、変わらない笑み。
「おう。今日は絶対勝つぞ!」
「こっちだって、負けられないわけがあるんだ。」
「オレだって!」
闘志が笑いに変わる。そして震えた。互いの強さを、体が覚えているのだ。
湘北=山王戦から一ヶ月。その間、二人とも3cm伸びた。筋骨も違う。
体を叩いて、親愛を示しつつ成長をさぐりあう。
「なんか応援少ないな」
秀茗の四番キャプテン、西村がギャラリーを見回した。体育館にはほとんど応援が来ていない。特に女子は数人しかいない。
西村は190cmを超える長身で、黒髪を少し長髪にしている。顔がかなり大きく、上半分はごつい。
眉がとてもふとく、額が秀で、目がくぼんでいる。
反面、顔の下半分は小さく、おちょぼぎみの赤いくちびるがなんだか可愛らしい。
筋骨もたくましく、いかにも頼りになる印象で、実績もある。
「なんか、石坂真人が『スイート・クッキング』の撮影できてるんだって」
二年ながらレギュラーで八番シューティングガードの大坂が、いつもの笑みを浮かべていった。
170cmそこそこの身長だが、すばしっこそうな出っ歯が目に残る。
茶に染めた髪をリーゼントにし、その下の大きくぎょろっとした目がくるくる動く。
プレイは敏捷なドリブルと、左ききで止めにくく的確なシュートが特徴だ。
「じゃあ女の子は期待できないな……あ、でも向こうに、すごい可愛い子がいるぜ」
三年でフォワード、六番の羽田が、一臣と話しているりんごを指さした。
彼は185cmを超える長身で、竜也より大きい。
反面顔は童顔で、まつげが長い。天然の金に近い茶髪も女にもてる。
女好きで有名だが、プレイは……派手なダンクを好む反面、確実にスクリーンとリバウンドを任せられるブルーワーカーだ。
ディフェンスもうまく、実力は高く評価されている。
「あれは『デリシャス・タイム』の野々原りんごだよ……石坂真人ともスキャンダル起こしてるし、手が届く子じゃないね」
眼鏡をかけた三年でガードの渡辺が、軽く肩をすくめた。
かなりテレビ好きで、芸能情報通。バスケの知識も豊富で、作戦の組み立てがうまい有能なポイントガードでもある。
身長は173cmほどで、一見小太りに見えるが驚くほどスタミナがある。
顔はぷっくり丸く、にきびだらけだ。
「竜也、いつまで敵と話してんだ!集合!」
西村が呼び、
「お。じゃあな、がんばろうぜ!」
不敵な笑みを浮かべ、自陣に走った。
「え――――――!?りんごが作ったのかコレ、すごいじゃんか!」
一臣はりんごから弁当箱を受け取り、開いてみた。
一口サイズのソーセージに、三角形の生地を巻いたホットドッグロール。
父とスポーツを見るとき、いつもホットドッグを食べたことと……味を思い出す。
「早起きしてがんばってみました」
りんごが笑ってくれる。
試合前よくない、と分かっているが、一つ口に放り込んでみる。
生地は、少し熟成が足りないし焼き過ぎだが、丁寧に作ってある事が分かる。
チーズ味と、市販だが良質のソーセージからほとばしる肉汁が混じり、なんともいえない。
「上出来!うまくなったよなりんごの料理!」
自分のために、こんなにがんばってくれた。そして、りんごの成長がとても嬉しい。
女の子の黄色い声が、第二校舎から聞こえる。調理室、真人が……
「…きょう、石坂真人がきてるんだよな」
「……うん」
りんごの表情が少し曇る。
(会いたいのかな)
一臣の胸が、痛んだ。
「でも!あたしは一臣の応援するからね……!がんばってね試合!」
りんごが、満面の笑みで送り出してくれた。
一臣は、じっとその目を見つめた……いとしさが吹き出しそうだ。
抱きしめたい。好きだ……
「…りんご」
切り出して、一臣は軽く唇をかんだ。おびえが、体を包む。
「ん?」
りんごは、ガッツポーズのまま小首をかしげる。
一臣は大きく息を吸い、
「今日の試合勝ったら、りんごに大事な話があるんだ」
それだけ言った。
(いっちゃった……もう逃げられない。絶対勝つ!)
「筒井ー、始まるぞー」
七番でシューティングガードの溝口が、軽く呼んだ。
「いまいく!」
一臣は答え、気持ちをバスケに集中する。
(絶対勝つ!)
「じゃな、りんご。おわるまでまってろよ!」
そして、センターサークルへ。
チームメイトが集合している。
「今日は撮影のせいで、女子の応援が少ないよな」
四番キャプテンでフォワードの真田が愚痴った。
スポーツ刈りで180cmほど、いつも何かNBA選手の真似をして、叱られる馬鹿でムードメーカー。
今日は肩に、マジックで大きく「勉族」と書いている……マーカス=キャンビー(2001〜2002シーズン現在ニューヨークニッカーポッカーズ)の真似だ。
顔はごく平凡で、下が少し大きい。目が小さく、きょときょと動いている。
プレイはひたむきで、あまりうまく見えないのだが執念でボールをねじこむ。
「ま、どうせいたとしても、筒井目当てだろうしな」
六番のポイントガード、161cmと小柄だが、ドリブルがうまい伊庭がつばを吐く口つきをした。
彼は一臣を嫌っており(朱菜に横恋慕しているらしい)、普段の練習では愚にもつかない意地悪をするが、試合ではちゃんとプレイする。
顔が小さい体に不釣り合いに大きい。特に額が大きく、あごが小さい。
「筒井先輩、どうしたんですか?」
どうしようもなく女顔の二年九番、フォワードの斉藤が微笑みかける。
身長は170cmほどだが、笑うとますます妖艶だ。
そのくせ男っぽい性格でプレイは激しく、ファウルも多いがリバウンドも多い。
一臣のプレイを好み、いつも伊庭とケンカしている。私的にも一臣と仲がよく、一部女子にはあらぬ噂が絶えない。
「試合に集中しようよ!おれたち三年には、最後の試合なんだから!」
甲高い声。七番の溝口だ。
茶髪を短く切りそろえており、長身だがどこといって特徴はない。
プレイも地味だが、反面弱点もないオールラウンダー。
「よし、絶対勝つぞ!」
「おおっ!」
円陣を組み、気合を入れる。
そして、秀茗を振り向く。闘志に満ちた視線が、火花を散らす。
一臣は深呼吸し、竜也を見た。
にらみつけてくる。圧倒的な殺気……
「お願いします!」
「シャス!」
整列、礼。
そして、西村と一臣が、センターサークルに。
「油断するな!」
竜也が西村に叫んだ。
全員、息を呑む。腰を落とす。
竜也は軽く手首を振り、ボールに目をこらす。
ボールが、ふわっと上がった。
西村と一臣が、跳んだ。
「なにいっ!」
叫び。5cm以上低いのに、一臣が圧倒的な高さでボールを弾く!
「なんてジャンプ力だ!」
大阪が驚いた。
「だから言ったろ」
竜也は吐き捨て、素早く伊庭の前に。
伊庭の低いドリブル、
「気をつけろ!」
一臣の叫び。
伊庭が、得意のV字ドリブルで左に揺さぶろうとした瞬間、ヘビのように竜也の長い手が伸びる。
ボールが弾かれ、次の瞬間……竜也が獲った、と思ったら鋭いドリブル!
斉藤は反応もできずに抜かれる。
「竜也!」
一臣が立ちふさがった、その瞬間……竜也が鋭く一歩下がる。
腰を深く落とし、ボールを手に吸いつける。右手でしっかりささえ、左手は軽く添えるだけ。
ふわっと、軽く額に寄せて持ち上げる。
体が、ばねのように伸び上がる。そのまま地面を離れ、垂直に飛びあがり……まっすぐ伸びる。
高いジャンプ。その頂点でボールが、手首からそっと離れる。
頭がまるで動いていない。どこにも余計な力みはない。
そして、ボールを放した手が余韻を残すように、すっと伸びた。
マークしていた一臣も、アリスの丘学園の皆がそのフォームに酔った。
ボールは静かに、高い弧を描いて……リングを抜ける。ネットが、水滴が水面に落ちたように跳ねる。
「ヒット!」
着地した竜也が叫び、右手をピストルの形にし、左手をライフルを支えるように構えて、アリスの丘ゴールに向けると左手を、ライフルが反動で跳ねるように動かす。
一臣はやっと、息をついた。
数少ないギャラリーの、ため息が唱和する。
「すげえ……」
真田が、魂が抜けたよう。
スリーポイント。「狙撃手」の異名を持つ武上竜也の、必殺ショット……
「返すぞ!」
一臣はボールを受けると、一人で素早く運ぶ。
「右だ!」
真田が追う。
一臣の横から、凄まじいプレッシャー。
「竜也!」
「いかせねえぜ」
もう、一臣の前に立ちふさがっている。
腰を落とすとまた手が長く、重心が低い……
(あのときはここまでじゃなかった)
一臣は静かにドリブルしながら、素早く周囲を見回す。
全員の動きが、位置が脳裏に刻まれる。
右足を軸に、右手で深くドリブルしながら竜也に体を押しつける。
それでも取られそうになるほど、竜也の手は長く反応が早い。
「くっ」
上下に、大きくシュートフェイク。竜也は読んでいたが、一臣は素早くボールを、下に弾ませた。
真田が取るとレイアップを決める。
「なんてパスだ……」
秀茗の嘆息。
「逃げやがって、行くぞ!」
竜也は単独で一気に突っ込む。
「速い!」
全員の悲鳴、何とか反応した一臣。
竜也は素早く止まってスリーポイント、
「止めろ!」
声、一臣の重心がわずかに浮いた瞬間、抜き去った。
「フェイク……」
次の瞬間、フリースローレーン(ゴールを囲む台形の線)の外から踏み切った竜也が、素晴らしい距離を歩くほうに跳んで……両手でスラムダンク!
「わああああっ!」
今度はギャラリーが、歓声を上げる。
竜也はガッツポーズをして、即座に一臣を追う。
「速攻!」
伊庭が長いパス。真田から、素早く一臣に回る。
「行け!」
ギャラリーが叫ぶ……が、竜也が追いついていた。
「はええっ!」
溝口が舌を巻く。
一臣は冷静に、低いドリブルでボールをキープした。
「抜けるもんなら抜いてみろ、勝負だ!」
竜也が舌なめずりする。
一臣はゴールに背中を向け、左肩を竜也に預けるようにドリブル。
その体重が右足に移るのを竜也は感じ、わずかに体を浮かしてシュートに対応する。
瞬間、一臣の鋭いターン。わずかに遅れて追った竜也が、待ち構えていた溝口にぶつかる。
一瞬のフリーに、一臣は冷静にスリーポイントラインを確認、跳んだ。
竜也のそれにもひけを取らない、美しいフォーム……最高点に達した瞬間、柔らかく高くボールが飛んだ。
放物線はそのまま、リングに吸い込まれる。
「すごいな筒井、スリーポイント決めちゃったよ」
「あ、新井先輩!三千代ちゃんも」
りんごが振り向いた。
「見にきたよ、OBだし」
と、手を振った新井の意味ありげな微笑。
りんごは全く知らず、
「あの―…3ポイントってなんですか?」
と、ぼけた一言。
新井の体が沈みこむ……
「やるな筒井……負けるか!」
竜也が不敵に笑い、また鋭く突進して真田を抜き去り、鮮やかなスリーポイントを沈めた。
「すげえ!」
「連続!」
歓声を背に、歯を食いしばった伊庭が一気に運ぶ。
真田、一臣とパス、だが一臣の前に竜也が立ちふさがる!
猛烈なアタック、一臣は一瞬抜くと見せて……
「ゴールに向かっていない!」
新井先輩が叫んだ。
「ストップからジャンプシュートか……だが、マークが外れていない!」
鋭く、竜也が回り込む。
そして、後悔を浮かべた。
鋭く走り込み、一瞬シュート体制からボールは肩越しに、溝口の手に……
「しまった!」
竜也が叫ぶ。溝口のシュートが決まる。
「くそ、あんときの流川の動きかよ」
「あの試合は、全部目に焼きついてるからね」
一臣が笑って、ディフェンスに向かった。
羽田が強引にシュート、リングに弾けたボールを一臣が取って伊庭にロングパス。
伊庭は一気に飛ばし、竜也が立ちふさがる前に溝口にパス。溝口は一臣に返した。
「来い!」
竜也が立ちふさがる。一臣は真っ直ぐドリブル、レイアップの体勢で跳ぶ……
「うらあ!」
大きく跳んでブロックに入る竜也、だがボールは斜め後ろに飛んだ。
「な!」
斉藤が素早く取って、素直に決めた。
「よし!」
手を打ちあわせる斉藤と一臣。
「ちくしょう……勝負しろよ!」
と、竜也が悔しがった。
そして反撃、ゴール下を守る一臣を見ておいて、少し後ろにさがる。
「なにをする気だ?」
新井先輩が首をひねる……
竜也が走り出した。渡辺が、大きくボールを放り上げる。
時間が止まる中、竜也が一臣の直前で踏み切る!
「危ない!」
三千代の悲鳴。
目を閉じてしまったりんごは見なかった。
竜也が、一臣の頭を完全にまたぎ越え、空中でボールを取ると片手でリングに叩きこむのを……
「うわあああああああああっ!」
「まじかよっ!」
「ああああああああああ……」
アリスの丘学園のメンバーは、半ば腰を抜かしていた。
だがホイッスル、オフェンスファウルでノーゴール。
「なにが、起きたのですか?」
三千代が新井先輩に問いかけた……
「人間を飛び越えた。あいつ、1mは軽く跳んでる……」
新井先輩は驚きで、半ば硬直していた。
だが、一臣は苦笑するとボールを受けて、自分から斬りこむ。
「止めてやる!」
西村と大阪が立ちふさがる……それを、軽いターンでかわした!
「させるか!」
ダンク体勢を取ったのを、竜也の高いジャンプ。だが、ボールはまた遠くコーナーの溝口へ……ミドルシュートが外れる、だが一臣がリバウンドを取って
「またパスかよ、飽きたぜ!」
竜也が回り込んだ瞬間、逆に鋭く抜けるとジャンプ……ダンクを決めた!
「よっしゃあ!」
人間越えダンクの余韻がやっと覚め、アリスの丘学園側が叫んだ。
この二本がきっかけに、一進一退の試合が続く。一臣と竜也の一対一では竜也がやや勝っているが、一臣は前半だけで6アシスト、8リバウンドを稼いだ。
前半終了……