R to D ハーフタイム以降

この作品はHEART CWORN様に投稿していた、RsR小説・・・と言ってはいますが、事実上Dunk Like Lightning小説の続きです。後半を一臣視点で書いていたら、長くなりすぎたので投稿を断念、ここでアップしました。

 ハーフタイム。
 竜也たち三人は、爆発するように語り合っていた。
 りんごと真人が席を立った事に、一臣が気づかなかったほど。
「すごかったな、おい!」
 と竜也がわめけば、
「リードだよリード!山王相手にリード!」
 と哲太が興奮のあまり、中腰になって怒鳴る。最近は熱血ラフプレイは影を潜め、頭脳派になったと言う噂だが、地が出たのか。
「すげー、どっちも!」
 温厚な一臣も、珍しく興奮を爆発させていた。
 客席も、リードを保っている湘北の力にざわめいている。
 もちろん、山王の勝利は確信して、だが。

 間もなく、りんごと真人が帰ってくる。
 手にいくつか、ウ*ダーinゼリーを抱えて。
「はいみんな、食べてるひまないでしょ?」
「サンキュ」
 哲太や竜也の分も。玲は一人で食事に出てしまった。
 三人とも、
「流川って何だよ、沢北を抜いたぜ!」
「見たか?桜木の速さと高さ。あれでバスケ始めて4ヶ月・・・来年にはどうなってんだよ、おい!お前勝てるか?」
「深津の冷静さもすごかった!あんな組み立てされたらたまんねえよ」
「三井のスリー、ありゃなんなんだよ!あんなのありかよ!くっそ、死ぬほど練習して来年は、あんなふうに入れまくったる!」
「すごいよな、赤木さんも河田さんも・・・絶対いつか倒してやる!」
 ・・・・・・・・・・である。一瞬でゼリーを飲みこむと、その間も惜しんで語り合っている。
 もうすぐハーフタイムも終わり、玲が帰ってきた頃、やっとコートを見て・・・
「あ、山王が出て来てる」
 と、一臣が驚いた。
「すごい気合だ」
「外、雨ふりそうだ」
 玲が竜也に告げ、ノートパソコンのバッテリーを交換した。
「あ、りんご・・・ごめん、弁当はこの試合が終わってからな。」
「もう、せっかく早起きして作ったのに!」
「ホントごめん、今度おいしいの作るからさ」
「わぁい!」
 哲太が苦笑して、
「ほら、そろそろ始まるぜ」
 一臣が、コートに向き直った。


「ねえ、このまま赤いほうが勝つの?一臣」
 隣のりんごがつついてきた。今日はおれ、筒井一臣とりんごの二人きりのはずだったが、なぜか石坂真人もいる。真人のマネージャーは反対したけど、真人が半ば強引に。くそう。
 それにしても赤いほうとは。ユニフォームカラーをいっているのか、それとも赤い髪の10番桜木をさしているのか。
「湘北が強いんだ。でも・・・山王の力は、多分あんなもんじゃない」
 目をコートから離したくない。できれば、この試合が終わるまで黙ってて欲しい。
「あいつら、前半でじっくり湘北を観察してた。」
 と、松浦哲太が分析した通りだろう。
「始まるぞ。玲、スコアブックのつけ方は分かったな?」
 武上竜也が、目はコートに向けたまま告げた。
「以後、まばたきを禁ずる」
 その通りだ。こっからどうなるか、お!後半は山王ボールか。
「うまい」
 と松浦がつぶやいた通り、深津さんのカットがすごくうまかった。
「お!」
 武上が叫んだ・・・そう、野辺さんのスクリーン。
 瞬時に沢北さんが・・・3P!入った、もう逆転!
 今のは10番桜木さんのミス。スイッチするか野辺さんを止めるかしてカバーするべきだった。
「あ!」
 武上の悲鳴。
「プレス!」
 松浦とおれの、叫びが重なった。
「え、何?」
 りんごが聞いてくるが、それどころじゃない。
「3:1:1フルコートゾーンプレスディフェンス。けた外れの体力がなきゃできない、攻撃側を初めから追い込むディフェンス」
 松浦が、代わりに解説してくれた。
「すごい・・・」
 ああ。深津さんと沢北さん、二人で宮城さんをはさんでいる。
 あれじゃどうしようもない!
「抜けるか、お前に」
 松浦に聞いてみると、くやしげに肩で答えた。
 そりゃそうだ。あれを抜けるのは・・・海南の牧さん、大栄学園の土屋さん・・・彼らでも無理かもしれない。
 少なくともおれには、まだ無理だ。
 いつか抜けるようになりたいけど。
「やった!」
 松浦が叫んだ。
 宮城さんからボールを奪い、沢北さんが三井さんを抜いて決めた。
「すごーい一臣、あっというま!」
 すごい。あれだけ低く守って、しっかりと・・・
 今度はオフェンスファウル!うわ・・・
「どうする?おまえなら」
 武上が聞いてきた。
「正直、どうしようもない」
 松浦が答える・・・そう、ありゃ抜けない。

「一臣くん、こんなことってあるのか?」
 真人が聞いてきた。
 そう、後半たった二分でもう10点差。というより、ボールを前に出せない。
「見ての通りですよ」
 おれには、他に言葉が見つからなかった。
「なんてディフェンスだ・・・」
「これが、本当の、山王の強さだ。」
 おれのつぶやきに、答えたのは松浦。
「ねえねえ一臣、なんでディフェンスが強いと本当に強いの?」
「りんごに言って分かるかな?オフェンス、攻撃には波がある。好調の時はいいけど、不調になるとだめだ。」
「ふんふん。」
「でも、ディフェンスには波がない。いつも安定した力だ。だから、ディフェンスがいいチームはどんなに不調でも強い。それに、ディフェンスこそ普段の練習と、精神力が生きる場なんだ」
「へえ」
「今はNBAでもディフェンス重視だよな。」
 武上が言った通り。
「うおおっ!」
 松浦が叫ぶ・・・深津さんの鮮やかなビハインドザバックパス、そして沢北さんのシュート。
 武上の息が、極端に荒くなっている。
 観客はもう、勝利を確信して歓声を上げている。

「一臣、もう決まったかな?」
 りんごが聞いてきた・・・
「多分ね」
 おれには、そう答えるしかなかった。
 後半開始二分半、湘北タイムアウト時点で36:50・・・14点差。
 山王相手にここから逆転、できたら奇跡だ。
「まだだ!あいつら、やってくれそうな気がする」
 武上が言っているが、確信した声じゃない。
「難しいよ。湘北はかなり疲れているし、控えが極端に弱い。しかも、ほら山王はまだ主力のままだ」
 松浦の声はもう、完全に山王の勝利を確信している。
「あ」
 そう、もう代えてもいいのに。山王なら、控えでもベスト8には入れるはずなのに。
 タイムアウトが終わる。試合再開・・・なんか嫌だな、またあの・・・悪趣味だよ。一方的すぎる。
 山王のフリースローが決まった。
「まだプレスぅ!」
 ん、ちょっとリズムが違う?
「赤木」
 武上がつぶやく・・・
 赤木さんがスローインフェイクから宮城さん、あ、抜いた!
「すげえぇっ!」
 松浦が叫んだ。
「抜いたね!」
 りんごが軽く、肩を叩いてきた。
「お!」
 宮城さんのビハインドザバックパスに、松浦が声を漏らす。
 いよいよ湘北の反撃か?
「流川っ!」
 武上の声、流川さんが鋭くドリブルして・・・ダンク!
「ああっ!」
 おれが思わず叫んだ・・・河田さんが止め、取った桜木さんのシュートも
「うお」
 はじいた!
 ボールは赤木さんに・・・
「センター対決か!」
 武上の、興奮した声。おれは食い入るように見ている。
 高校日本一のセンター、おれの当面の目標、河田雅史。
「どうなる・・・」
「外に出すか」
 と、武上がつぶやいた。武上の目は三井さんを追っているが、もう限界が明らかだ。
「入りこむ!」
「いや、ボードの裏だ!」
 完全に抑えてる!
「すごい」
 松浦の声が、うわずっていた。
「どうしろってんだ、プレスを抜けたら河田に沢北・・・」
 武上の声も、震えている。そういえば、流川さんは沢北さんに抑えられてるな。仕方ない、相手は高校・・・日本No.1プレイヤーかもしれない。
 山王にボールが移って、今度は河田さんが・・・
「うおおおっ!」
 おれは思わず立ち上がった。
 河田さんが鋭いスピンで赤木さんを抜き、一気に・・・防ごうとした桜木さんをふっ飛ばしてダンク!
「すげえぇっ!」
「うわあ・・・・」
 武上が頭を抱えた。
「これが、」
 河田さんのフリースロー、
「決まったら18点差・・・」
 決まった!
「あと一本で20点だ」
「ねえねえ一臣、20点差だったらどうなるの?」
 がく。りんご・・・
「気分の問題だよ。10点台ならまだ、追い上げようって気力も出る。でも、やっぱり20点差つけられたら、普通諦めるよ。」
「じゃあさ、今まで20点差から逆転した試合ってないの?」
 あ・・・
「そうだよな、いくつもあるよ。お前いい事気づいたな!」
 武上がりんごの膝を叩いた・・・なにすんだ。
「お、ゾーンプレスはやめたようだな」
 松浦の声で、コートに目を戻す。さっき突破されたからか、さすがに疲れてか?
「あれ?」
 真人が、湘北ベンチ裏の客席を指さした。
「なんか誰か殴られてる」
「弱気なこと言ったんだろ」
 武上が、目は沢北さんを注視したまま、
「この一本だな」
 そう・・・この一本だ。取れれば追い上げのきっかけになるかも、逆にやられたら・・・20点差。
 赤木さんだ。赤木さんが決めなければ、この湘北ってチームは動かないな。
 鋭く、力強い動き。おれには止められないだろう。だが、河田さんは読んでる。
「スピンムーブ!」
 松浦が叫んだ、
「ああっ!」
 それさえ止められた。
 震えが止まらない。凄い。凄すぎる。絶対あんなプレイヤーになってやる・・・どれだけ努力しないといけないのか。
「スリー、センターが!?」
 今度は河田さんがロングシュート、そして・・・一気に踏み込んで、タップ・・・
「20点、」
 松浦が、
「終わったな」
 静かにつぶやく。
「ああ・・・」
 武上も残念そうに、深く座り直した。
 山王の監督も、ベンチに座った。勝利を確信してか・・・おれにも、湘北が、逆転できるとは思えない。
 それどころか、あのディフェンスから今後・・・一点も取れない、そんな気さえしてきた。
「もう、決まっちゃった?」
 りんごの言葉に、おれは静かにうなずいた。あ、帰る奴もいる。
「終わるまでに、ゴールできるかどうかの問題だよ。難しいと思うけど」
「強そうに見えたんだが・・・」
「山王は、それ以上に強かったのさ」
 松浦が、嬉しそうに・・・それでいてどこか、寂しそうに。

 湘北、最後のタイムアウト。
「だが・・・どうする?」
 松浦がつぶやく。
 そう、どうみても、どうしようもない。ポイントガードの宮城さんには外がなく、深津さんがしっかり離れて守ってる。三井さんはもう限界、流川さんは沢北さんを抜けない。赤木さんは河田さんが完封・・・もう、リングにボールを当てるのも難しい。
「桜木は?」
 武上がつぶやいた。
「交代するみたいだな」
 言って気づいた。彼は・・・素人に、この鉄壁の守りは抜けないだろうが、でも・・・なんとなく、心のどこかに引っかかっている。
「桜木は神奈川屈指のリバウンダーだけど、今回は野辺に封じられてるね」
 松浦が武上に答える・・・そうだ。
「オフェンスリバウンドが取れたら、それなりによくなると思うけど」
 おれの口を衝いた言葉・・・
 それっきり、三人とも黙り込んだ。
「真人くん、見ててどんな感じ?」
 りんごが真人のほうに・・・今まではりんごの事も、気にする余裕がなかったのにな。
「いや、すごいよ。山王のプレイって、間近で見るとこんな迫力だったなんて!前に取材で観戦したNBAにも劣っていないんじゃないの?」
 おれは肩をすくめた。素人には分からないだろう、どれくらい差があるか。身長からして20cmは違うんだ。
 タイムアウト終了、流れは変わらず・・・沢北さんが、速攻からとどめとも言えるスラムダンク。
「疲れか・・・戻りがおせぇ」
 松浦が舌打ちした。
「あれ?」
 武上が、湘北ベンチを指差す。
「何やってんだ?」
 ベンチのメンバーが、桜木さんの手を取って気合いを込めている。
「もう一度出すのか?」
「スリーポイント連発じゃなくて?」
 松浦が首をひねる。
「こうなったら、普通スリーポイントに集中するだろ。5番の木暮はシューターだし・・・もちろんジリ貧だけど」
 松浦の分析通り、おれが監督でもそうする。他にどうしようと言うのか。
「ってことは・・・諦めていないのか?」
 言った武上が、目をみはった。
 交代して飛び出した桜木さんが、赤木さんにカンチョーをかましたのだ。
「ええっ!」
 りんごが少し、飛び上がった。
「あいつ流の励ましか?」
 あ、なるほど。武上の言う通りかも。
 そして、さらにおれは目を疑った。
 桜木さんが貴賓席に飛び乗り、おもむろにパンフレットを丸めてメガホンにして、
「ヤマオーはおれが倒す!!by天才・桜木!!」
 と、叫んだ。
 あぜんとしてしまった。もちろん場内ブーイングの嵐。
「なんてやつだ」
 武上、感心するな。ただのバカだ。
「でも、こんなことしたら」
 あ・・・
「勝つしかないぜ」
 松浦の言う通り、少なくとも味方を追いつめる事はできる。
 武上の姿勢が変わった・・・椅子から、身を乗り出して注視し始めた。
「コラァてめーら、勝利への応援をしねーか!!」
 桜木の、ベンチに向けた檄が罵声を貫いて聞こえた。
「あいつ、諦めてねえ!」
 武上の声に、張りが戻っている。

 試合再開・・・
「リバウンドだな」
 と、哲太がつぶやく。そう、桜木の仕事はリバウンドだ。
「リバウンドって、落ちたボールを取るやつでしょ一臣?取れてないよあの赤頭」
「相手が野辺さんだからな。素人に太刀打ちできる相手じゃない」
 そう、山王のスターター、全国でも屈指のリバウンダーだ。いくらジャンプ力があっても、技術に差がありすぎる。
「んぁ」
 武上の、小さな悲鳴。やはりスクリーンアウトでは負けてる・・・やっぱりだめか?
 あれ?あ・・・・えええっ!
「一臣、あれいいの?」
 りんごの声が、妙に耳に染みる。そう、桜木が・・・野辺さんのユニフォームをつかんで、その隙にリバウンド、すぐ押し込んだ!
 汚ぇ!
「ゴール入っちゃったけど」
 信じられない!
 りんごが服を引っ張ってくる・・・おれは呆れてものも言えない。
「いや、審判に見えてない反則はいいんだ。おっけー!」
 力強く叫ぶ武上の答えを、りんごは納得してしまったようだ・・・武上ぃ、りんごぉ。
「どう思う?一臣くんは」
 真人が聞いてくる・・・
「わからない。僕は多分できないでしょうが、勝負である以上・・・フェアプレーか勝敗か、」
 答えは中断された。宮城さんのシュートを、桜木がタップで入れた!
「うまい!」
 武上が漏らす。
「それに宮城、いい仕事してる」
 と、松浦がつぶやいた。
「でも、また服を触ったよね、一臣くん?」
「よく見えたね、真人くん」
 ・・・そう言えば、あ、それで野辺さん、服を引っ張ったのか。その隙に・・・
 ・・・・・・・・・・・・卑怯・・・・・・・・・・・でも、おれが桜木の立場なら、どうする・・・・・・。

 今度は赤木さんが、でも・・・やはり河田さんに完封されてる。
「あ!」
 おれは思わず立ち上がった。武上も。
「すげええええっ!」
 一拍遅れて、松浦の大声。
「どうしたの、一臣!?」
 野辺さんの後ろから、桜木がボールを弾いて、また跳んで、なんて高さと速さ、
「化け物かあのバネ」
 おれの体も凍り付いた。
 が・・・あ、河田さんにはさまれた。
 そして赤木さんにパスを返し、
「フリーなのに!」
 おれは思わず叫んだ。ためらった隙に、戻られたし・・・戻られたら戻られたで、河田さんを引き付けて桜木に返せばいいのに。そんな判断も、
「うおおおおおおおおおお」
 赤木さんが雄叫びを上げて、ダンク・・・無茶だ!
 武上が、顔を背けた。
 河田さんに突き当たり、頭から倒れこんだ赤木さん・・・
「自滅」
 松浦が、吐き捨てるように。
「起き上がってこないぞ?」
「レフリータイム!」
「大丈夫か?」
 ざわめきの中、赤木に・・・違和感のある巨漢が歩み寄った。
 そして、静かに持っていた大根を、包丁でむき始めた。最近、りんごにも練習させてる包丁の基本、桂むき。修行を始めて間がないのか、まだまだ。おれは1mはむけるし、達人は3mも薄く均一にむけるそうだ。
「魚住?」
 松浦の声。
「あれ、赤木のオヤジじゃないのか?」
 武上が聞き返す、
「魚住純、陵南のキャプテンで2mセンター。予選で湘北にやられて、あと一歩でインターハイにはでられなかったって」
 松浦の説明で、おれも思い出した。確かバスマガに載ってた。
「引退して、家業かな?」
 騒ぎにはなるが、静かに・・・
「お前に華麗なんて言葉が似合うと思うか、赤木。お前は鰈(かれい)だ。泥にまみれろよ」
 静まった会場に、太く静かな声。
 一礼して、静かに警備に従って退場・・・
「一体?」
 真人が、当然の疑問を漏らす。
「ライバルに対する、励ましだと思います」
 そうとしか、おれには思えなかった。だとしたら、赤木がうらやましい。
 試合にほとんど出ていないおれには、ライバルと言える存在がいなかった。
「あの大根は何だ?」
 武上はまだ首をかしげている。
「ああやってむいた大根を、細かく切ると刺し身のつまになる」
 おれは答えて、気づいた。
「土台、引き立て役!」
「赤木に、そうしろということか!」
 武上の声がうわずる。
「それがホントにできれば、赤木が河田にこだわらずに皆を活かせれば・・・」
 無声の気合いが、三人いっしょに。
 あ!
「魚住さん!」
 警備員に左右をはさまれた魚住が、おれたちのすぐ脇に!
「湘北との最終戦、観ました。」
 松浦の、その一言で通じた。
「そうか。お前らもバスケを?」
「はい、今中三です」
 周囲の観客の、好奇の視線に耐えて、
「じゃあよく見てろ、この試合を!赤木は、湘北はこれで終わりゃしねえ」
「はいっ!」
「あ――」
 赤木が、
「おあ――!!」
 吼えたっ!
「おあ―!」
 桜木があわせて吼える。
「よし、ここからだ」
 武上が目をこらした。

 山王の攻撃、
「松本!」
 三井さんがあっさり抜かれる・・・
「限界だな」
 と、松浦。
「つっこむ!」
「なめられてるぞ赤木、」
 魚住さんが、
「ゴール下だけは、譲るんじゃねえ!」
 叩き付けるように叫ぶ。
 赤木さんが止めに・・・ダブルクラッチ!
「おおっ!」
 武上が叫ぶ。
 桜木がカバーっ!!
 叩き付けたボールは、松本の足に当って外・・・湘北ボール!
「っしゃあっ!」
 武上と、魚住さんの声が半ばハモった。
「流れが湘北に?」
 松浦が小さく叫ぶ。
 湘北の攻撃、赤木さんが宮城さんに戻す。
「勝負しない?」
 言った松浦の、声が凍り付いた。
「スクリーン!」
 おれと武上が叫び、腰を浮かせる。
 三井さんが外に走り出、松本さんを赤木さんが、体で止めた!!
「そうだっ!」
 魚住さんの、叫び。
「三井・・・」
 三井さん、でももう、倒れそうなくらい限界、スリーポイントラインの外、
 ふわりと上がったボールは・・・
「いいフォーム」
 おれたちのつぶやきと同時に、リングを抜けて、ネットを跳ねさせた。
「うおおおおおっ!」
「あんなよろよろなのに、決めるなんて」
「すごい・・・」
 おれには、それしか言えない。
 と、余韻も消えないうちに、深津さんがスリー・・・決めた!
「うわ、嫌な所で」
「これができるようにならなきゃな」
 松浦が、拳を握りしめる。確かに、それができるガードがいれば頼もしい。
 そして・・・湘北、また同じ動き、またスリーポイント・・・決まった!
「すっげええええええっ!」
「あんなにへばってるのによぉ!ほら」
 と、松浦が指摘したように、チームメイトに叩かれたら倒れた。
「うおおおおおっ!」
 武上が、闘志を押さえ切れずに吼えた。
「でもな、」
 松浦が不安げに、
「このまま縛られたら」
 あ!
「一臣、縛られるって?」
 とりんごが聞いてくる・・・
「遠くからのシュートは入れば三点だ。だから、つい三点取りたいって、外ばかり打つ事がある。」
「スリーポイントはよくて五割、それに攻めが単調になったら、守るほうは楽だよね」
 松浦が補足してくれる。
「そうなったら、ディフェンスリバウンドさえ取れば」
 おれの一言、武上も松浦も、魚住さんも目を見合わせた。
「リバウンド!」
 外れた三井さんのシュート、
「桜木!!」
 四人の声がハモった。
 野辺さんの後ろからボールを弾き上げ、さらに連続ジャンプで河田さんから、そして後ろに飛んで倒れこんで・・・
「うおおおっ!」
「化け物がっ!」
「桜木!」
 倒れながら、三井さんにパス!
 桜木さんのリバウンドがあるから、あれだけ迷いなく打てる・・・今度は入った!
「信頼感か」
 と、魚住さんがつぶやいた。
「そうですね、赤木のスクリーン、宮城のパス、桜木のリバウンド、流川も沢北をひきつけて・・・」
 松浦が答え、目をこらす。
「湘北に、信頼なんてなさそうだったけどな」
 魚住さんが苦笑した。三井さんがパスカット、ターンノーバー!
 そして宮城さんを、深津さんが
「インテンションだあっ!」
「うおおおおおっ!」
 大きく、大きく湘北に流れが傾いている。もしかしたら、もしかしたら!!

「桜木だな、このリズムは」
 武上が漏らした。
「え、あまり得点してないぞ」
 と、武上の隣の、パソコンでスコアをつけてる奴、確か玲って呼ばれてたのが。
「よく見てろ」
 武上が言うと、フリースローが二本とも決まって
「あれ、湘北ボールなの?」
 と、真人。
「インテンション、やや悪質なファウルなので湘北スローインでスタートです。」
 と答え、てる間に、また同じ攻め・・・
「スイッチ!」
 河田さんが叫ぶ、慣れたか?
 あ!
「赤木!」
 ウホ、気合いと共に、ゴールが壊れるような・・・
「ゴリラダーンクッ!」
 おれたちは半ば、跳びあがった。
「いいリズムだ!」
「どういうことなんだ?」
 なおも聞く玲。
「桜木だよ!」
 武上の言葉だけではわからないよう、松浦が
「よく表を見ろ。リバウンドを桜木が取りまくっているだろ!?それで三井が落してもそれで敵ボールになる心配なく、思い切って打てる。それで外を守ろうとしたら、中で来る。一番いいリズムだ」
「お!」
 武上が腰を浮かした。見ると、
「あ!」
 野辺さんが美紀男さんと交代、そして河田さんが・・・
「桜木に!?」
「リバウンド封じか!」
 さすが堂本監督、大胆な!
「信じられんな」
 魚住さんがつぶやく。
「あの、春の練習試合ではただのバカにしか見えなかった、あの桜木を・・・河田がマークしている」
 その声には、少しだけ嫉妬を、おれは感じた。 
 またシュートが外れてリバウンド、
「ああっ!」
 河田さんが、あっさり桜木をふっ飛ばしてリバウンド。
「あちゃあ、」
「ま、仕方ないと言えば」
「沢北だ!」
 ボールは沢北さんに、流川さんが止めて、
「逆サイ!」
 松浦が叫ぶ。見ると、河田さんがもう跳んで、アリウープ!!
「おおおおっ!」
「うわあああっ!」
 今の悲鳴はおれ。パスを、桜木が叩き落としていた。
「すげええええっ!」
「うおおおおおおっ!」
「赤頭っ!」
 おれたちと、観客の怒号。
「すごいね、一臣!」
 りんごもびっくりしている。
 で、桜木がなにか、流川さんに話しかけてる。あの二人、妙に仲が悪いな。
「あ、見ろ沢北と流川」
 武上が松浦の袖を引っ張った。
 見ると、互いにすごい目でにらみ合って、何か話している。
「ここらで突き放せ山王!」
「エース沢北で行け!」
 と、館内を占める山王ファンの声。
「スイッチ!?」
「スイッチって?」
「スクリーン、つまりああやって」
 と、赤木さんを体で止めた美紀男さんを指差す。
「止めたのを・・・・・」
 おれには、それ以上解説できなかった。
 一瞬遅れて河田さんに向かった桜木の、ジャンプ・・・
「ダブクラッ」
 武上の声が、凍る。
 背中に翼、いや足にジェットでもついているのか、という滞空時間。
「落ちたっ!」
「おしいっ!」
 観客の声に、
「今のは止めたん」
 と、漏らす声が、凍った。
 やっと着地して、もう速攻の先頭!?
「すげええっ!」
 武上が跳びあがった。
 わかる・・・おれには無理だ。少なくとも、まだ。
「でも、お前もあれに近いじゃん」
 松浦が武上を抑えて。
「あいつのほうが上だ・・・」
 まったく、なんて運動能力。なのに
「あーっ!」
 あんなイージーシュートを外すし。
「うおおおおっ!」
 弾けたボールを押し込んだ流川も、素質は負けてないな。
「すごいな、湘北って。ケンカしてるけど」
「今更何を言っている」
 と、魚住さんが憮然とした。
「いけいけ山王!!おせおせ山王!!いけいけ山王!!おせおせ山王!!」
 館内の応援に、緊迫感が出てきた。
「お!」
 叫んだ武上は、もう座っていない。

 流川さんが、ダンク・・・
「あ!」
 絶叫、沢北さんが背後から叩き落とし、
「うおおおおっ!」
 一瞬で全員を抜いて湘北コートへ、
「なんじゃあー」
 驚いてブロックした桜木。
 その腕の間から、無造作に手を放り出し・・・大きな放物線を描いたボールが、まっすぐリングを貫いた!!!!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
 体育館が揺れるような絶叫。もちろん、おれたちも立ち上がって叫んでいた。
「この土壇場で・・・」
「だからエースか」
 つぶやく武上の背には、闘志の炎が感じられた。
 おれも負けるか!そう、背中が叫んでいる。今、あのコートに飛び込んでいきたい思い。爆発しそうな闘志。おれも、松浦も同じだ。
 会場の空気が一変している。
 耳をつんざくような沢北コール。踊る山王応援席。
「湘北のエースは」
 武上がつぶやき、注視・・・
 流川さんの鋭いドライブ!
「抜けてねぇ!」
「河田の待つ、袋小路に追い込む守りだ!そして、」
 松浦はその次まで読んだ。
「宮城に出したら深津がカット。パスできる線が一本しかない」
 本当にそうなった!沢北さんに返ったボール、そのまま沢北さんを桜木が追う・・・
「こんのバカタレがーっ!」
 桜木が叫んでる。口数多いな。
「ニホンイチ?笑わすな!!この身のほど知らずめ!」
 あの言葉は流川さんに、流川さんも日本一になりたいと?
 沢北さん・・・また、あの放り投げシュート。
「あれって、ピート=マラビッチのシュートじゃないか?」
 松浦がつぶやく。決まった!
「桜木のブロックも高いが、あれは止められねえな」
 武上が答えた。
「12点差、残り6分」
 ふと、スコアボードを見た真人が。
 辛い・・・
「逆転、できるか?」
「難しいな」
 沢北さんが、またとんでもないプレイの連続。
「くそう、絶対にあいつを超えてやる!」
 武上が、まるで・・・圧倒される流川を、自分に重ねあわせるように。
 あれが日本一のプレイか、と、おれも目をみはるばかりで、それが悔しかった。
「お」
 リバウンド、河田さんと桜木の勝負。
 河田さんは、桜木を抑えてゴールから引き離し、跳ばせない。
「その手があったか」
 魚住さんが、悔しそうに。
 もうだめか・・・
「コラァーっ、このまま引き下がるのか流川!!何とかしてみろ赤毛猿!!それでも神奈川の代表かてめーらは―――っ!!」
 向こうで海南の清田さんが、叫んだ。
「清田・・・!!」
 と、魚住さんが驚いた。
 また沢北さんのドライブ、だが抜かれていない・・・ゴール下に赤木さん、桜木!
「よォしつぶせ!!」
 魚住さんが、拳を握り締める。
 が・・・おれは言葉を失った。三人がかりの、高い手の壁・・・それを通り過ぎてから、落下中に放ったボールが・・・・・・リングを抜けた。
「どああああああ!」
 武上が、頭を抱えて反り返った。
 そのまま、沢北さんが流川さんを圧倒して、
「すごい、すごすぎる」
「竜也・・・」
 松浦が、立ったままの武上を座らせ、
「見つけたようだな。標的を」
「ああ、とりあえずあれが、おれの目標だ!」
 やっと座って、闘志に息を弾ませている。
 おれの当面の目標は、河田さんと沢北さんをあわせた感じかな?
「もう、どうしようもない?」
 りんごが聞いてくる。おれは・・・あえて返事をしなかった。
「あれ?」
 松浦が、ふと流川さんを指差す。
「笑った」
 あ、ほんとだ。
「なぜ、あれだけやられて」
 首をかしげる玲・・・
「多分、彼も挑戦を生きがいにする人間なのでしょう。ほら、こいつも」
 と、武上を指差す。
 振り向いた武上の横顔も、闘志を押さえ切れないように笑っていた。
「そうか。復帰してからのこいつ、」
 と、玲が絶句。
 あ、フリースローが決まって、19点差・・・
「湘北っていいチームだったな」
 と、松浦がつぶやいた。もう彼の目には、試合が終わったのか・・・。
「ああ、」
 おれは・・・それ以上言えなかった。
「まだだ!まだ、あきらめてねえよ・・・桜木も、流川も!」
 武上が、拳を固く握って。
「ああ、まだだ!あいつらのしぶとさは、おれたちが一番よく知ってる」
 と、魚住さん。

また・・・流川さんと沢北さんの1on1。
「まだわかんないのか?正面からじゃ勝てないのに」
 松浦が言う事は正しい。が、何か違う気がする。
 ゆっくり、ボールを回している。
「10、9、8、」
 静かに、松浦が30秒の秒読み。
「なすすべなしか?」
「5、4」
 秒読みが、止まる。フリースローサークルに向けてドライブ、だが
「抜けてな」
 で、武上の口が、凍った。
 後ろの赤木さんに肩越しパス、赤木さんが・・・決めた!
「うおおおおおおおおおっ!」
 いい判断!
「今までパスはしなかったけど」 
 武上の言葉で気づいた。そう、確かあいつ、今まで苦しければ苦しいほど自分で行こうと・・・。
「おれも、」
 武上の言葉が止まった。確かこいつも、ワンマンプレイで批判されてたな。レベルがチームメートより上だから、とおれは見てるけど。
 バスケットカウントをもらった、赤木さんのフリースローは外れた。
 リバウンドは桜木!
「あぇ?」
 武上が変な声を・・・そう、パスしない。
「そういえば、桜木と流川ってお互い全然パスしないな」
「ほら、はさまれたよ」
 なんとか宮城さんに出して、そこから流川に・・・桜木が、すごく嫌そうな悲鳴を上げた。
 またパス!宮城さんを美紀男さんがひきつけ、すぐ赤木さんに戻して決めた!
 そして、
「また桜木!」
 桜木のリバウンドは、なぜかおれたちを燃やすものがある。
 そして、ボールは流川。沢北さんと・・・
「沢北の頭に、パスがある・・・選択肢が増え、」
 松浦が、つぶやくように。
 細かな、体重移動だけのシュートフェイク、パスフェイクから、一気に低いドライブ。
「抜いたっ!」
 武上とおれの、怒号がハモった、その瞬間
「あーっ!」
 悲鳴もハモった。パスを待っていた桜木に、流川がぶつかって山王ボール・・・。
「なんであいつ、あんな所に!」
「今のは・・・」
「味方を邪魔してどうする!」
「なにやってんだ!」
「信じらんない、もう帰ってよ!」
 特に、流川ファンの女子から、聞いた事もないほどのブーイング。
「万に一つのチャンスを潰しちまったな」
 真人の言葉に、おれは思わず反発した。
「そのチャンスを作ったのは、桜木のリバウンドです!」
「え・・・」
「それにな、わざとじゃねえよ。パスもらおうと立ってるのを、見てなかった流川も」
 武上がフォローしようとして、
「あ、切れる!」
 と叫んだ・・・流川に何を言われたのか、桜木がものすごく怒って、顔を両手で、つねるというより引き千切るようにしてる!
「我慢してるのか?」
「よっぽど悔しい事言われたんだな」
「まあ、元々怒りっぽそうな」
 と松浦が言うのを武上が、
「人の事言えるかよ、哲太。確か教師を・・・」
「わーっ、おい見ろ!また沢北に」
 松浦、一体何をした?まあいいか、沢北と流川の1on1、また沢北さんがドライブ・・・と思ったら、桜木に激突!
「オフェンス!チャージング!」
「いいぞ桜木!」
 武上が跳びあがった。
「ディフェンスファウルぎりぎりだったよな、今の」
「弟のほうの影から、突然飛び出したんだ。考えたな」
 そして湘北の攻撃、また流川と沢北さんの1on1、
「エース同士、がんがん行くな」
「いい勝負だ。流川も、もう負けてる感じがねえ」
 武上の肩が、今までのように・・・無意識に沢北さんのプレイを真似るだけじゃない。
 流川のドライブ、止めた・・・パス!
「よし、止められてもプレイを止めてない。」
「そうだな松浦、止められていないからチームのリズムができて、それが流川自身のリズムも」
「そういうこと、だ。お!」
 三井と見せて赤木か。決まった!
「三井はやはり限界かな?」
 と、武上に言ってみる、
「まだまださ。あいつ、とんでもないぜ」
 予想された答え。見た感じはどう見ても、限界を超えてるけど・・・
 あ!流川が沢北さんから、ボールを叩き落とした!?
「うそっ!」
「すげえっ!」
 悲鳴が会場を揺るがす。
「今の、ああ・・・桜木がダブルチームに行こうとして、それに反応してだ」
「沢北、桜木を意識しちまってないか?」
 松浦が首をかしげた。
 速攻から、
「三井!」
 武上の歓声、なんて美しい放物線!
 見事にリングの中心を射抜いた、
「うおおおおおおおっ!」
「10点差!」
 やりやがった!
「なんなんだこいつら・・・」
「湘北、また追いついてきた」
「まだあきらめてねえのかよ」
 観客が、ざわめき始めた。
「あの11番だ」
「今ごろ気付いたのかよ、」
 と、松浦が、
「自分で得点できなくても、うまくパスをさばいてチームを動かしてる」
「ああ。こういうのがすげえんだよな、チームがはまった時って」
 おれは軽く答えて、りんごのほうを向いた。
「りんご、どう?」
「うん、面白いね!あ、9番、また!あれ、今度は外した!」
 あ、本当。沢北さんがあの距離で外すなんて
「集中力が乱れたな」
 言う武上は、桜木の動きを見ている。
「第一切り込んでいない。沢北、リズムが狂ってるぜ」
 松浦がしっかり読んだ。
 その理由は多分、
「桜木が気になってるんじゃないか?」
 と指摘する・・・武上と松浦が、コートを見ながらうなずいた。
「ナイス!」
 桜木と流川がアグレッシブに、湘北ボール、流川・・・
 会場が静まる。皆が息を呑んだ・・・
 フェイク、ドライブ!河田さんのヘルプを・・・あれは!
「沢北の」
 放り上げシュート、決まった!!
「うおおおおおおおおおおっ!!!」
 会場を怒号が揺らす。おれたちも総立ちで、叫んでいた。
「沢北に追いつきやがった、試合中に」
 武上が、手に拳を叩き付ける音。
「ちくしょおおおおおおっ!」
 興奮をどうしていいかわからない、おれもだ。
 りんごも興奮して、おれの袖を伸びるほど引っ張ってる。、
「あ、見て見て一臣!沢北さん、笑ってる」
 ほんとだ!
「対等のライバルだと、認めたのかな」
「かもな・・・くっそぉっ、ここにも対等のライバルがいるのに!」
 武上が悔しがってる。来年頑張ろう・・・沢北さん、留学の噂があるから入れ違うかもだけど。
 また、沢北さん・・・また流川を抜いて、桜木をダブルクラッチ・・・
「あ!」
 思わず叫んだ。影から、さらに赤木さん、ブロック!
「うわああああああああああ!」
 すごいっ!でもよく、
「危なくなかったか?河田さんをフリーって」
「その心配はない、一臣。沢北は今まで、負けた事がないんだ」
 松浦の言う通りかも。

「まだいけるよな!!」
「まだいけるぞ!!」
「行けーっ!」
 桜木の、赤木さんの、湘北ベンチの叫び。
「だが、」
 松浦がじっと、深津さんの動きを見て・・・
「お!」
 宮城からボールを、
「これだよ!こうして相手のムードを断ち切る、いい仕事してるぜ!」
 松浦の、耐えかねたような叫び・・・全くだ。あ、
「ボールは生きてる!」
 おれが立ち上がったので、りんごが驚いた。
 三井が必死で追う、
「どけミッチー!!」
 耳を貫く大声、次の瞬間
「桜木!」
 全てがスローモーションに。ライン内から大きく跳んだ・・・いや飛んで、バウンドしたボールを、机があるのに!そのまま、
「!!!」
 ボールを返して、机に背中から!
 おれたちの、声のない悲鳴が唱和した。
 長い机が倒れ、その下敷きに・・・死体のように白い布に、覆われて。
「ボールは」
「生きてる!」
「湘北ボールだ」
「赤頭は生きてるか!」
 竜也が必死で叫ぶ。
「あいつ、初めての練習試合からルーズボールにはああだったな」
 魚住さんがつぶやく。
「うごかねえよ・・・」
 つぶやく竜也。
 りんごが、おれの腕を握り締めてる。
「普通死ぬぜ」
「あの馬鹿がそんな、簡単に死ぬか!あいつは不死身だ」
 魚住さんが怒鳴った。
 流川が、桜木になにか語りかけた。
「だれがヘタナリにだコラァ!!」
 あ!
「うおおおお、生きてた!」
「この一本大事だぞ湘北―っ!」
 竜也が怒鳴った。山王ファンの熱気に押されて、今まで湘北の応援はできないようだったが・・・
「ガンバレ湘北!」
 松浦も、合わせてきた。
「いけーっ湘北!」
「湘北!」
 おれたちだけじゃない。
「あとすこしだよ!」
 会場から、沸き上がるような湘北コール。
 それも当然だ・・・おれも叫びながら、悔しかった。あのジャンプ、あんな闘志があるなんて。あんなにボールに、何も考えずに突っ込めるなんて。
「オラァもっと騒げ騒げ!!」
 と、観客を盛上げる桜木・・・あれ?
「どうしたの、一臣」
「いや、なんでもない。」
 湘北の攻撃、
「赤木!」
「なぜ一年の美紀男を?おれなら野辺に代える」
 と、松浦が舌打ち。
「河田がヘルプしてる」
 武上が言った通り、素早く・・・
「フェイダウエイ!」
「一臣、何?」
「ああして、後ろに飛びながら打つシュート。ブロックされにくいんだけどね」
 りんごに説明してたら、外れた!
「リバン!」
 あれ、どうした桜木!
「桜木、どうしたんだ?」
 武上も気付いたか・・・えらく散漫な動きだ。
 まさか、さっき机に突っ込んだ時?
「背中?」
 おれ自身の口から出た言葉に、おれはぞっとした。
「おい、しゃれになんねえぞ」
 ああ。背中の怪我は・・・最悪、選手生命に関わる。
 魚住さんのほうをふと見たら、怒ってる。
 なぜ・・・赤木さんのプレイ?
「あ、フェイダウエイはある意味逃げだから」
 おれの言葉に、軽くうなずいた。
 湘北ボール、流川・・・
「抜いてくる?」
「それともパス?」
 あ、
「スリーっ!」
 きれいなフォーム・・・決まった!
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「決めやがった!」
「五点差!」
 タイムアウト、山王。今まで我慢を重ねてきたのが、ついに耐えられなくなったか。
 残り二分、五点差。流れは圧倒的に湘北!
「あ、れ?一臣、どうして手叩かないの?」
 りんごが指差した、桜木と流川がハイタッチしようとして、やめた。よっぽど仲が悪いんだな・・・
 でも、おれはその時、りんごにそれを言われたらおしまいだ、と知らなかった。
「炎の追い上げだぞ!」
 と、湘北ベンチが気炎を上げている。
「あ・・・」
 気付いたのは武上か?
 赤木さんが、泣いてる。
 言葉がなかった。おれたちも、もらい泣きしそうだった。
 タイムアウトが終わる・・・円陣を組んだ湘北が、少しもめる。
「絶対勝ーつ!!」
 ここまで、響くように気迫が伝わってくる。

 山王ボールで深津さんの攻め・・・
「ミスマッチ?」
「いや、パスを探ってる」
 松浦がじっと、コートを見て
「河田」
 指差した、同時にターンして赤木を引きつけ、
「お!」
 見事な横への、ノールックパス!
「河田フリー!!」
 即座に、
「だら!!」
 スラム・・・ダンク!
「おおおおおおっ!」
 おれは思わず叫んだ。すげえ、やっぱり山王!
 湘北、あ!
「ゾーンプレス!」
「信じらんねぇ、なんて体力!」
「底無しかよ!」
 正直、目を疑った。
「一臣、これって確か後半の、始めのほうにやってたよね?」
「ああ、信じられない!」
「どうして?」
「負けてるなら分かるけど、逃げて守れば守り切れるのに・・・こんな攻撃的なディフェンス」
「しかも疲れるんだこれ!山王も、全然交代してないし疲れてないはずないのに!」
 松浦が叫んだ。
 宮城・・・抜けない。
 十秒まであと・・・レッグスルー、低いドリブル!
「クロスオーバー!」
「低いっ!」
 抜いた!
「まだだっ!」
 松浦が叫ぶ、もうきっちり戻って守ってる。
「完璧だ・・・」
 山王のディフェンスには、嘆息するほかない。
 おれも、武上も松浦も、ただ息を呑んでいる。
「赤木!」
 魚住さんが、叫んだ。
「ヘタクソなフェイダウエイで逃げるんじゃねえ!!体を張れ!!」
 弟は赤木さんを止められない、でも・・・兄がすぐヘルプに来る。
 桜木を上手く使えれば、だめだ!やはり動きがおかしい。
「むかっていけ!!」
 赤木さんが動いた、河田さんが飛んでいく!
「そのデカい体はそのためにあるんだっ!!」
 魚住さんの、怒号。
「止められた!」
「でも、オフェンスファウル!」
 松浦が目を輝かす。
「よォーしそれでいいんだよ!!落ちてもお前の勝ちだ!」
 魚住さんがガッツポーズ、次の瞬間
「入ってろ!!」
 桜木が、リングに弾けたボールを・・・叩きこんだっ!!
 怒号、総立ち。おれはりんごを抱きしめていた。涙でコートが見えなかった。
「ノーカウント!!」
「あ、ファウルの後か」
 残念だが、
「でもいいぞーっ!」
「桜木!!」
 雰囲気が大きく盛り上がっている。
 赤木さんのフリースロー、あれ?桜木が・・・フリースローサークルに?
「あ・・・」
 ざわめきが、
 ふらり、ゆらりと赤い坊主頭が揺れて・・・
「ああっ!」
 悲鳴に変わった!
「桜木!」
 やっぱり、さっきの背中・・・
「どうなるんだ、これで・・・」
 武上が絶句した。
「大丈夫、怪我してから少し動けたんだから・・・これで終わりって事はないよ」
 言う松浦の目は、冷静な口調とは裏腹に。
「あいつは、初心者からとんでもなく成長した。ほんの四ヵ月で今のレベルに」
 魚住さんの言葉には、本気で驚いた。
「だが、もし治療に時間がかかったら、プレイから離れる時間が長かったら・・・」
「大丈夫、あいつは天才だ!来年の夏には復活してるさ!」
 武上の叫び・・・でも、声に不安がある。
 フリースロー、一本目が入る。二本目・・・
 !!
「桜木!」
 もう座る事を忘れたおれたち、武上がおれと松浦をつついた。
 見ると、桜木が立ち上がって、ベンチにいた女子の肩をつかんでいる。
「出るのか!」
「無事かっ!」
 武上が身を乗り出す。
「いや、顔見ろ!すげー痛そうだ」
 それでも出たい、気持ちは分かる。おれも、ベンチで何度も・・・怪我がどうなってもいい、出たいと心の中で叫んでた。
 交代を申し出た桜木を、ベンチの、マネージャーが悲鳴を上げて止める。
 そして、客席から赤頭コール。
 チームメイトの表情が、今でも目に焼きついている。
 監督が止めた・・・やはり分かっていたのか。息子のように抱き、悲痛な目で語っている。
 が、桜木は、太った監督のあごをひっぱって・・・出た。
 その時の、凄まじい決意の目・・・それも忘れられない。
「松浦」
 武上が、静かな声で。
「おれも、行くな」
 松浦は答え、おれを振り返った・・・泣いていた。
「おれもだ」
 おれの目も潤んでいる。
 客席が、歓声で沸きかえる。
 心配するチームメイトに、また桜木が大きな態度を。だが、笑った拍子にまた痛んだらしい!
「ぐっ!」
 声が漏れる。その痛みが、おれも感じられてしまう。
「優勝すんだろゴリ!!通過点じゃねーかよあいつらなんか!!」
 桜木が叫んで、また痛みにのけぞった。
 円陣を組み、
「ダンコ勝つ!!」
 その、凄まじい決意が直接伝わってくる。

 残り、1分。点差は五点・・・
「一本でも決められたら、終わりだな」
 松浦が立ったまま、前の椅子の背もたれを強く握る。
「死守だっ!シシューッ!!」
 魚住さんが、カワハギのように口を尖らせて叫ぶ。
「河田が外!」
 おれは叫ぶと、りんごの手を強く握った。
「痛いよ、一臣」
 言うのも聞こえなかった。
「もちこたえられない!」
 武上が悲鳴。ゴール下、前半と同じパターン・・・桜木は河田弟を止められない!
「うわあああああああっ!」
 悲鳴・・・
 目が、凍り付く。桜木が、信じられないジャンプで叩き落とした!
「なんで飛べるんだよ、てめーはっ!」
 武上が、泣きながら叫ぶ。
「ありえない」
 武上の連れ、新島玲が絶句した。
 速攻、流川と宮城・・・深津と沢北!
「止められる!」
 松浦の悲鳴。
 が、
「ぎゃーっ!」
 と、絞り出すような奇声に変わった。
 宮城が横に、鮮やかなノールックパス・・・三井!
 フェイクが、目に焼きついている。そして、その・・・ボールの軌跡も。
 おれたちはただ、喉が痛いほど叫んでいた。多分、その時からおれはりんごを抱きしめていた。
「変わるのか、歴史が」
 松浦が、呆然と絞り出した。
「見届けよう。目に焼きつけとくんだな」
 真人が、りんごの肩越しにおれの肩を叩いた。
「湘北!桜木!三井!流川!赤木!宮城!」
 武上が、泣きながらわめき散らす。
 フリースロー・・・ゴール側の山王ファン、ウエーブにブーイングと色々邪魔をしているが・・・関係ない。
 それが外れると、おれたちはかけらも思わなかった。
 残り49.1秒、一点差・・・
 ここから、おれは正直・・・何も覚えていない。だれが何を言っていたかも、どれだけ強くりんごを抱きしめていたかも。
 ただ、コートで起きた事だけを、ビデオのように覚えている。

 意識が戻ったのは、桜木が逆転決勝ブザービーター決めて・・・流川と手を打ちあわせた、その数秒後。
 もうかれた声を限りに、わけの分からない事を叫んでいた。松浦や武上と、頭を押えあったり殴り合ったりしていた。
 この興奮を、感動を、どうしていいかわからなかった。言葉になんか、いまだにできない。
 バスケがしたかった。そして、我ながらおかしいけど・・・りんごを、抱きたかった。

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