奇妙な味のドラゴンクエスト1

長くなるので、以下のプロローグ以降はテキストファイルで。(UTF-8)

**アロンド陛下からの聞き書きです。のちに他の方々にも話を聞きました。文責は私にあります。
「ローレシア王国文部大臣兼歴史記録官長」アムラエル・ガレ・ネランブルク**

 アムラエルがある夜、私の小さいころのことを聞いてきた。歴史書を書くということらしく、ウリエルも賛成した。

 私はアロンド。私は物心ついたときから、自分が特別だとわかっていた。あってはならない存在だとも。
 両親はとても愛情深い夫婦。砂漠の町ドムドーラで公衆便所を整備し、肥料を薬草や花の農家に売っていた。
 嫌われる仕事だったが、とても大切な仕事なのだ、自分たちがいなければ町はすぐに伝染病で滅びる、といつも胸を張っていた。
 医者もしていた。誰も手がつけられないような難産でも、母子とも助けた。ただし、近くの人は診ず、いつも遠くに出かけて仕事をした。
 五十歳はすぎていたが周囲の人とは全然違う、世界一の美男美女だった。父はマイク、本名はミカエル。母はラル、本名はラファエラ。
 私も、両親にはメタトロンと呼ばれていた。外ではロンと呼ばれ、アロンドという今の名は後につけられた名だ。
 両親は強く、たくさんの本を持っていた。二つの言葉の。〈他のみんな〉も読む手で書き写した本が少しと、『日本語』のきれいな本がたくさん。
 町のみんなが知らないことを知っていた。まわりの人が困ったらよくお金をあげるからか、いつも貧しかった。
 でもご飯は丁寧に作って、じゅうぶん食べさせてくれた。きれい好きで体を洗い、私の体も服も徹底して洗ってくれ、自分で洗い、歯を磨くように教えてくれた。
 小さいころ、近くの子が持ってるお菓子が欲しい、と泣いたら、高いお菓子なのにふたりの両腕からあふれるほど買ってきて、もうおなかいっぱいになってもまだまだ食べさせられた。三日ほど。気持ち悪くて苦しくて、それから欲しい欲しいというのはやめた。
 後に、ウリエルは物欲を満たし虚しさを知った、それからあちこちで、黄金の山を与えて欲張りを自滅させるのだ、と教わった。部屋の床に金貨が山積みになり、崩れ広がる。部屋一杯に、どんどん高くなる。金貨の山を登って、天井に頭がつかえる。押しつぶされそうになり、重さで床が抜け、城が崩れて欲張りが悲鳴を上げる。夜が明けたら、誰もがたくさん拾った金貨は、泥ほどの値打ちもなくなっている。そんな話を、悪夢を見るほど聞かせてくれた。
 子守唄を、たくさん歌ってくれた。勇者ロト、ミカエラの冒険。三つのヘビ岩の重心。二重丸に線が入った落書き、真ん中が紫の公衆便所。緑の丘の赤い花、とんがり帽子の岩の下。ちらりと海が見える丘。
 毎晩遅くまで、いっしょに勉強した。二つの言葉で本を読んでもらい、すぐ読むようになり、そして書き写した。
 数を数え、計算し、ソロバンで手に覚えた。数を使って、まず屋根の菜園のための水路を計算しつつ泥遊びし、次いで両親の仕事の水路の勾配を計算で出して溝を掘った。自分で円周率と三角比を計算した。定規とコンパスで作図し、自分で分度器を作った。三平方の定理の証明を、父が自分で泥を練って作ったパズルでやってくれるのが、とても好きだった。
 絵入りの本。グインやリンダやイシュトヴァーン、ダイやポップの冒険の絵。人間の体の中にある内臓の写真や血管の図解。いくつもの原子のつながり。アレフガルド各地の写真と地図。幾何学のいろいろな図形。いろいろな動物・植物・魔物・土・石の写真。
 剣と盾を使う戦い、素手で戦うための基本の動きを、一日に何百回も。楽しかった、飽きることはなかった。父と母、どちらの動きも美しかった。強かった。剣を取れば目にも止まらず、素手ならゆっくり動くのに力が抜けて吹っ飛ぶ。大好きだった。真似るだけで楽しかった。
 そして奇妙な、別の世界の武器。ウリエルがガブリエラに預け、一族に配られ伝えられた銃。鉄と木と油。どれだけ見ても、分解してすみずみまで見ても美しかった。一つ一つの細かな部品がはまり合い、動く。かすかな、澄んだ音が鳴り、響き終える。不調なときの異常音。
 三十年前に交換した木の銃床を使い、銃剣をはめての格闘練習も素敵だった。
 一年に一度だけ、一人十発ずつの練習が気持ちよかった。徹底的に安全を叩きこまれ、丁寧に扱う。走って伏せて構えすぐまた走る。剣に持ち替える。
 弾倉を交換して初弾を装填し、撃つ。斜め下に煙が吹き、泥塊が、入る穴は小さいのに後ろがぐちゃぐちゃに潰れる。訓練が終わればすみずみまで分解清掃し、油を引く。
 絶対に人に知られるな、人に銃を取られそうになったら銃を分解し破壊しろ、といつも厳しく言われていた。
 呪文も楽しかった。集中し、心のあり方を変えて呪文を唱え、別の存在とつながり、自分と世界の区別がなくなって、すべてを呪文と共に組み替える。きれいだった、数学のように。銃のように。
 剣に魔法を載せるのが得意だった。若い頃のオルテガやミカエラは傷を負った、〈ロトの子孫〉もほとんどはできないと言われ禁じられていたが、私にとっては簡単だった。かまどのほうがよっぽど火傷しやすい。間違った筋を使っているのだろう、皆。
 ただし、素手の打撃に魔力を集中する素質はなかった。
 紐のいろいろな結び方を習ったり、ルーラで森の奥に行って食べられる生き物を探したり、木をこすり合わせて火を熾したりもした。
 仕事も手伝った。汚い仕事。終わったらよく手を、全身も服を洗う、でもやった。父も母も、とてもいっしょうけんめい誇りをもってやっていた。それがとてもとても嬉しく誇らしかった。疲れて辛くても、汚くて臭くて泣きそうになっても、人の目が恥ずかしくても、父や母を見ていれば、抱きしめられれば誇らしかった。

 近所の友達はいなかった。仕事も汚かったし、ないしょが多いから黙れるようになるまで、あまり遊んじゃだめと小さいころはいわれていた。
 隠れて遊んだ子もいた。でも、すぐに何人かがやって来て、汚いと指を差した。汚いって。いけない子だって。けがれたきんしんそうかんの忌み子だ、って。
 それはなに、とまっすぐ言うと、殴ってきた。
 父と母に、いつも言われていた。戦いを避けろ。逃げろ。逃げきれなければ、相手がどこまでやるか見ろ。動けなくする、関節をとる、首から上・股のあいだ・膝をぶつ、武器を使う、されたら、迷わず反撃しろ。
 囲まれた。そして顔を殴られた。膝を蹴られそうになって……いつもどおり動いたら、二人の子と、石と棒を持った大きな子が二人倒れていた。
 気がついたら動けなかった。母が後ろにいて、呪文を唱えた。倒れていた子に、二度、三度と。
 他の皆にも呪文を唱えたり薬草を塗ったりして、あわてて帰った。
 母にお前は天才なんだから、ごめんなさいと泣きながら抱きしめられた。
 天才って、悪いことなんだ。

 父と母に、いつも勇者ロトのお話しをしてもらった。
 ミカエラ。ゾーマを倒し、ラファエルと結婚して、〈上の世界〉の国で女王様になった。その子ミカエルがアレフガルドに来て、ガブリエラに守られて遠い石の家に住んだって。医者で、剣の先生だったって。たくさんの子を産ませ、その子たちが上から来た人たちと結婚して子を産み、ロト一族になった。
 だれにもないしょ。私は、勇者ロトの子孫だ。
 ウリエルの話も好きだった。別の、とても技術が発達し、すごい銃や薬があり、巨大な爆発を起こし、遠くの人と話し、高いビルが立ち並び、月に人を飛ばすこともできるすごい世界から来た。何でも好きなだけ出して、とても強かった。漕がなくても進む船、火を噴く鉄の車、海を走り空を飛ぶ船。
 きれいに洗うことも、医者の技も彼が教えてくれた、って。他にもたくさんの知識と本、銃を一族に伝えた。
 父や母がいないときは、よくグインのお話を読んでいた。その本もウリエルがくれたもので、お店では売ってないような小さくきれいな紙の古い本。たくさんあったけど、すぐ読み終わった。
 ゾーマが言った。再び何ものかが闇から現れよう。その時おまえは年老いて生きてはいまい……だから、〈ロトの子孫〉がいる。人びとを守り、その中の勇者が、どんな魔王であっても斬る。
 私は、私たち〈ロトの子孫〉はそのためにあるのだ、と言い聞かされた。正体は絶対に秘密だし、人と人が争うのに駆り出されそうになったら逃げろ、と。
 死刑で脅されても、戦友が楽しんでいても攻撃してこない相手を殺すこと、苦しめたり犯したりすることは絶対にするな。そう何度も教わった。犯すという言葉の意味を知る前から。
 医療は代償を求めるな。地位や栄光や富を求めるな、勇者ダイやウリエルのように、いざとなれば魔王を倒して人の世から去れ、勇者ロトのように宴から消えろ、とも。
 ほかの〈ロトの子孫〉がいるの、と聞いたら、いやな顔をしたから二度と聞かなかった。

以降はテキストファイルで。(UTF-8)

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