銃刀法違反
「良、そろそろ起きなさい!」
「もう起きてるよ」
いつも通り、6時15分に起きる。
いつも通りに飯を食べ、顔を洗って着替え・・・ズボンのベルトを締める時、枕の下からあれを取り出した。
茶色い革製の、がっちりした鞘をつかみ、抜く。
鹿角の、白くてなめらかで、所々茶色くてごつごつした溝のある、中一のおれの手には少し大きい柄。柄頭とがっちりした十字鍔は銀色の金属。台所の包丁に似てるけど、ずっと厚くて少し細く、峰が先端に向けて削り落とされ、鋭い。インターネットで見た、ランドールのボウイナイフによく似ている。重い。
刃渡りは25.4cm。その刃を入れる鞘に、もう一つ小さなナイフが入っている。こちらは刃渡り7.5cm、カッターナイフよりは少し広い刃。刃の形はメスのようで、薄くて鋭い。握りは刃から一体の、鋼がそのまま。
両方をよく見て、鞘に入れて、大きいほうの鍔の上にストラップを渡し、スナップをとめる。
そして教わった通り、ベルトを右腰の少し後ろのベルト穴まで、それから鞘のベルト通しに差し込んだ。
そのままベルトを次のベルト穴に入れて、バックルを締める。右腰にぶらさがる鞘の、先の方の穴を通っているひもを、軽く太股に縛って固定する。
それから、握りの上のほうの小さなベルトを握りに回して、スナップを固定すると・・・本当に見えなくなった。鞘も握りも、小さいほうのナイフも、ひもさえ。上のストラップを固定すれば見えなくなる、って、昨日も確かめたけど。
重みはあるのに。触ればわかるのに。
「すげえ、夢じゃなかった」
カバンをつかみ、階段を降りる・・・オフクロが親父を送り出していた。
「あ、いってらっしゃい」
とっさに、右腰を隠すようにする。
もちろん気づかない。もし見えていてもわかんねえんじゃ?
「行ってきます」
いつも通り、気の抜けた言葉。興奮を隠して。
「はいいってらっしゃい」
いつも通りの言葉が返ってくる。
家を出て、すぐ近くの小田家から、いつも通りのタイミングで小田奈緒子さんが出てきた。
おはよう、などと言葉を交わす事はない。いつも通り、ちょっと目を合わせて、いつもの距離で歩く。
「昨日、ピクニック行ったんでしょ?どうだった?」
「別に。ま、面白いもの手に入れたけど」
「何?」
「ないしょ」
「どうせH本でも拾ったんでしょ」
「違う!」
いつも通り大きな流れに。ぞろぞろとクラスメートや先輩が、みんな制服で歩いてる。
「よう、関口!」
一応友達の島田と西川が、いつも通りに声をかけてくる。
「宿題は?」
「いつも通り、半分もやってねえよ。」
「確か二時間目、ビシバシの英語で当るから・・・見せてよ」
「給食の納豆は頼むぜ」
と、いつも通りの会話。
「よう!」
「はよ、城」
そんな感じで学校に着く・・・もちろん、おれの腰にあるナイフの事は、誰も見えないし知らない。
校門が近づくと、やはり少し緊張した。先生にも見えない、と思うけど、ちょっと前に学校にナイフは持ってくるな、とはっきり言われている。なんせ触られたらはっきりわかるんだ。
「やべ、服装検査だ」
「大丈夫だって」
「関口、どうしたんだ?」
まじぃ、表情に出てる?何事も無いようにしないと・・・
息が苦しくなる、いいスリル。試合前よりすげえ。
「おはよーございます」
いつも通り、気の抜けた声であいさつ。
「はいおはよう」
何も・・・注目していない、大丈夫。
「おい」
!!!生活指導の田中、一体何を、まさか・・・
「ワイシャツの第一ボタンが外れてるぞ」
「すみません」
ほっ。
「どうした、顔色が悪いぞ?」
よけいな心配するな!チェックすべき生徒はいっぱいいるだろ!
「大丈夫です、」
と、ボタンをはめて、そのまま歩き出す・・・大丈夫、ナイフは見えていないし、田中も次のやつに目が行ってる。
昇降口で靴を脱ぐ時、少しナイフが邪魔だ。今朝靴をはく時もなんか引っかかったけど。
まあ気にせず、さっさと上履きに足を突っ込み、
あ・・・重田さんだ。今日も可愛いな。柔らかそうな、ショートカットの髪、きゃしゃな体、大きくて優しい目・・・
と、ボーッとしてる暇はない。早く教室いって着替えて、朝練行かないと。
目が合わなかったのが残念、かな。
体操服に着替える時、ナイフをどうするか少し迷った。最近、着替えておいた服から財布を盗られたやつがいるらしい。ズボンにつけたままでは、探っていて不思議がるやつがいるかもしれない。
もし、たまたま上のスナップが外れたら大喜びで持っていくだろう。そして・・・悪用して死んだら寝覚めが悪い。
そう、このナイフには呪いがかかってる。
「悪用したら、その使用者を刺し殺す」
と。どこまでが悪用だかはっきりしないけど、盗みをするようなやつが知らずに手にしたらやばい。取られたくもないし。
結局、ベルトから外してカバンに、タオルを取るふりをして突っ込んだ。ノートにはさんだから、ここなら大丈夫だろ。
「ッス!」
「オッス」
空き教室を利用した空手部道場に一礼して入り、いつも通り掃除をして、先輩にあいさつをして・・・
練習が始まる。
基本の型を繰り返す中、ついナイフを持っていたら、と考えてしまう。
ナイフは短いため、素手と間合いはそれほど変わらない。
でも比較的軽いから、速さがほとんど素手と変わらないし、当ったらまさに一撃必殺。急所でなくても出血し、痛みもある。
肉を切らせて骨を断つのも無謀だし、ほとんどガードもできない。
「おい、気を抜くな!」
やべ。
組み手を始めるが、その時もそれを考えてしまう。もし相手の手にナイフがあったら、おれの手にナイフが握られていたら。
ナイフだけじゃない、色々な武器が・・・まあ、ここはそうじゃない、試合のための空手だ。
「どうしたんだ?今日は妙に技が散漫だぞ」
「オス、じゃ本気で」
と、感覚を戻す。
蹴りを誘って払いつつ密着、得意の鉤突きが決まってくれた。
やはり、特に上体への蹴りは危険か?素手なら、破壊力は頭への蹴りが最高だが、ナイフが手にあればその必要はねえな。
確かめるため、大きい蹴りを連発してみた。
「うおっ!」
気合と共に受けられ、そのまま投げ倒される。
コンクリの上、複数相手の実戦なら頭踏まれて終わりだ。
前から少し考えてたけど、実戦と空手の組手はやはり・・・違う。推手もだ。
練習が終わって、着替えて・・・バッグを探って、それがあるのにほっとする。
ベルトにナイフをつけるのは、着替えの中では不自然なのでそのままバッグに。見えないんだから、たとえ抜打ち持ち物検査があっても、多分大丈夫だろ。
朝のホームルームで、いきなり抜打ち持ち物検査、本当に来た!
「次、関口」
肩をすくめてポケットを裏返し、カバンを開けてみせ、体操服と教科書、ノートを取り出す。
やべ、小田さんに借りてたコミックスが!
「ん?・・・まあいい、学校で読むなよ。次、島田・・・なんだこれは!」
まあ、ナイフは見えないから見つかるわけないけど。やはりほっ。センセ、見逃してくれて感謝な。
島田の奴、何もってきたんだ?
あ・・・「投稿レモン」、
「没収!いいか、こんな女子をおもちゃにするようなのを見るな!」
「没収して、先生がゆっくり見るんでしょ」
島田のよけいな一言、怒った先生がその場で破ろうとし、紙が丈夫でなかなか破れない・・・
「無理しちゃって」
教室の後ろから野次が飛ぶ。
「次!」
不機嫌に持ち物検査が進み、あとは普通にHR終了。
さて一時間目は国語、いきなりテンションが下がるな・・・。
大体、月曜の一時間目が国語ってこと自体ひでえよ。
「あ、来た!」
「起立!礼!」
礼をしない奴もいるけど。
教科書を見ていても、やはりカバンのナイフが気になっている。
それに、きのうあんま寝てないから眠い。ふぁ、あ。
いつもはこうして、授業がつまらなくなるとぼーっと重田さんの顔でも見てるけど・・・
今はそんな気がしない。どうしても、あの鹿角の感触が気になる。
「前田、読んでみろ」
朗読の声を聞きながら、シャープペンをいじくりまわす。
意味もなく芯を出し、また入れる。隣の吉沢さんが、消しゴムを忘れたようなので貸した。
「ありがと」
「ん」
ナイフを握りしめたい。早く振ってみたい。
給食までが、やたらと長かった。一つ一つの授業が、一年もする気がした。
トイレにでも駆け込んで、ナイフを眺めたい・・・その衝動を、一度ならずカバンをつかんで・・・押し殺した。
特に悪質だったのが、三、四時間目の家庭科。包丁を使っているとき、それとナイフを比較してしまって・・・小さいほうの切れ味ならもっときれいにトマトがむけるとか、大きいほうならどんな肉でも一発だとか考えてしまった。
給食が終わり、昼休み・・・どうするか、迷った。一瞬隙があれば、見えないナイフをカバンから取り出し、ベルトに通すことはできなくともポケットに突っ込める。それからトイレか、どこかの準備室に出かければいい。
でも、怪しまれたら。ただでさえ、いつもどおりか自信がないのに。
考えた挙げ句、あきらめて皆と校庭に出た。
やっと学校が終わって、部活の練習、帰ったら道場に行かなきゃ。
でも、いつもの工事現場で、少し型稽古する余裕はある。少しでも早く、ナイフ持って型をやってみたい!
「あ、今帰り?」
え・・・重田さん?
「あ、ああ」
うわ、
「重田・・・さんも?」
「ん。お疲れ」
おれはうなずいて、そのまま靴をはきかえた。
連れ立つのもなんだから、と、少しもたついて、昇降口から出る・・・
待つ感じじゃなく、さっさと独りで帰ろうとしてる。ちぇ。
「よ、お疲れさん。」
小田さん?
「お、おおおお、」
「何鼻の下伸ばしてるの?」
「おい、」
聞こえたらどうする!
「こないだ貸したマンガ、」
「ああ。持ってきたよ、ありがと。」
黙って受け取り、カバンに入れて・・・
「じゃ、ね」
と、そのまま歩き出した。
おれも、別に今出てはいけない理由がないので、そのまま一緒に歩き出す。
まずいな、帰りに工事現場に寄りたいんだけど。
「重田さんと、帰りたかったの?送っていったらいいじゃん」
「るせ」
また馬鹿にした笑いを・・・。言えたら苦労しないよ。
「あんた強いんだからさ、送ってもらえたら頼もしいんだよ?女の子に夜道は危ないし。」
やめてくれよな。
「そうしよ、ねえ恵美ちゃん!」
「なに?」
ちょ、ちょっと待って!
「関口くんが、送ってってくれるって。途中まで一緒に帰ろう!」
「ありがと!空手部のボディーガードかぁ」
にこ、っと笑って・・・えくぼがまた可愛い。
「空手だけじゃなくって、確か中国拳法もやってたよね」
「小林寺拳法?」
重田さんが、ちょっと興ありげにおれの顔を見ている。頬がほてるのが分かる。
「小林寺拳法は日本で生まれたもので、中国拳法じゃない。おれがやってるのは太極拳と通背拳。」
「だって。だから、チカンの一人や二人、簡単にやっつけてくれるって」
おれ、多分真っ赤になってる・・・暗くて、助かったよ。
帰り道。
隣に、重田さんが歩いている。
それが信じられないし、頭がポーっとしている。
見つめたい。でも、それを知られるのが怖い。特にもう一方の隣にいる奴が厄介だし。
こんな時、痴漢が出たら・・・一発で殴り倒し、かっこいいとか言われたりして・・・
「なに考えてんの?」
小田が背中を叩いてきた。
「どうしたの?」
と、重田さんも俺の顔をのぞきこんでいる。
「あ、」
これ以上変なことを言わせるか!おれは手で小田の口を塞いだ。
「ん〜!ん〜!」
くす、と重田さんが笑った。
「仲いいのね、幼なじみだっけ?」
おれは気が抜けて・・・いや、笑顔に見とれて力をゆるめ、
「幼なじみってほどでもないわよ。けほ、」
慌てて小田から離れた。
しばらく三人で歩く。主に重田さんと小田が話している・・・おれは入れない。
セイタカアワダチソウが伸びている。斬ってみたい衝動を、かろうじて抑える。
「あ、ここだから。じゃね」
重田さんが、主に小田にあいさつして家に・・・
「じゃな」
おれはさっさと、少し帰り道から外れた。
「また秘密基地?子供なんだから」
小田が苦笑しているが、かまわず路地を回る。
信号を渡り、ダンプの多い道路を抜けると古い廃ビルがある。
解体工事の途中で、もう何年もほったらかし。そこの二階で、ちょくちょく一人稽古する。
カンカンカン・・・金属音を響かせて階段を上り、カバンを放り出す。
そして、腰に手をやる。
ナイフを抜こうとするが、長くて肘が窮屈だ。すこしがたがたやってやっと抜く。
とっさに抜くのも練習がいるな。
大きく深呼吸・・・三戦に立ち、一番の基本、おっと!その前にストレッチしないと。
いそいそと済ませ、もう一度三戦立ちから、右正拳の形でナイフを突き出してみる。
だめだ、これじゃ鍔で殴るようなもんだ。先端を突き刺さないと。
何度か試してみるけど、・・・あ!握りだ。そういえば前に、老師の通背剣の演武を見たっけ。確か、手からみて斜めに握ってたはず。
こうかな?
いや、やめておこう。間違った握り方をして、悪いくせになったら元も子もない。
小三の頃、拍掌を勝手にやろうとして肘が狂う癖がついて、矯正に三年近くかかったっけ・・・老師に剣や刀の、握りかただけ教えてもらおう!
とりあえず、素手で・・・相手がナイフを持っていることを前提に型を一度ずつやって、道場に直行しよう。
以下続く・・・