枕元の計算用紙
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31日
サダム・フセイン処刑が今年をしめくくるとは、どういう年でしょう。
フセインに家族を殺された何万、何十万という人にとっては朗報でしょうか。
死刑自体に反対な人にとってはフセインだろうと東条英機だろうと宮崎勤だろうと誰だろうと反対でしょう。
侵略者であるアメリカの傀儡政権による裁きがどうこう、というならそれはそれで正しいのでしょう。
僕自身は…もっと情報を搾り出せなかったのか、といぶかしい思いです。また、彼にもっと手記などを書かせれば、それなりに役に立ったかもしれません…「近代拷問術教程」「図解独裁のテクニック」「暗殺されない五十の方法」「アメリカはいかにしてバース党政権を作り上げたか」…
まあ善悪は人が裁くものではなく神が裁くものですが、サダム・フセインという政治化の功罪両面をきちんと検討するのは必要でしょう。
そしてアメリカがフセインを排除したことの功罪も。
で、今年はどういう年だったのでしょう。
今年、宇宙船地球号の、日本丸の舵は少しでも動いたのでしょうか。
アメリカ中間選挙で民主党が共和党を破って両院とも制したことが、アメリカの〈帝国〉の流れを変えることになるでしょうか。
そういえばよく10大ニュースというのもありますが、それは誰が選ぶのでしょう。
アンケート調査だとしたら、「多くの人が選んだニュース」ですし、識者やマスコミ幹部が選んだとしたらその人が選んだニュースに過ぎません。
結局、この世界には人しか見えるところにいません。判断するのは人です。
五十年後の人が今年最大のニュースを判断するとしたら何になるでしょう…または、地球を調べている宇宙人が。
あまりにも何もわからないです。
30日
社会民主主義とキリスト教は不可分でしょうか?
だとしたら、真の社会民主主義が日本に紹介されない理由は冷戦後の政治事情と、社会党が壊れたときに社民党の名を奪ってしまったことだけではない、もっと本質的な問題なのでしょうか?
さらにこれは、「日本が近代化されるためにはキリスト教化されなければならない」という命題と関係があるでしょうか?
日本の政治思想は、世界的な視野で見たら何なのでしょう?
29日
海水だけで育つ、船にどうしてもつく海藻類やフジツボに、特に壊血病の原因となるビタミンCを供給できるものはなかったのでしょうか?
また、よくアオミドロのわいた水といいますが、真水に発生する緑の藻類にビタミンCはないのでしょうか?
大航海時代以前やナポレオン戦争当時の遠洋航海の食料を今の知識だけで用意するなら、
はどうすれば高くなるでしょうか。
重量・カロリー比は脂肪が多ければよくなります。
オリーブ油もよさそうですが、人は油を飲んで生きられるでしょうか?まあアフリカや極地では極度に油が多い食文化もありますが。
ラードを塩とハーブで漬けたものもあるそうですが、それはとても重量カロリー比が高く保存もできそうです。
脂肪を利用したペミカンという保存食も便利でしょうね。
調達可能性を考えると、乾パン、塩漬け肉、乾燥豆は最上に近いです。
ただし肉はやや貴重品ですので、蛋白源としては豆や乳製品、脂肪として油で保存しやすいものを考えてもよかったのでは…まあこれには嗜好も大いにあります。
保存性の高いVCですが、現在のように精製結晶を持っていくのは無理でしょう。
レーズン、ワインなどはどうだったのでしょうか?他のドライフルーツでは?
または海水だけで育つVCを含む生物、またはVCを保って保存できるものはないでしょうか?
28日
四次元を目に見えるようにするのは難しいです。
ましてゲームにするのは無理とまず思われます。
でもそれをいうなら三次元だってできています。結局は座標系ですから、どうにでもできるはずです。
ちょっと考えてみましょう。
ゲーム画面自体は三次元(両目各接眼の三次元ディスプレイなら理想ですが、奥行きのある平面画面でも)で、動きや障害物などははっきりした一ます単位で区切られています。
画面の一部に「第四次元ゲージ」があります…正負整数区切りの数直線で、今の画面が第四次元のどこにあるかを示しています。
そしてコントロールは前後左右の十字キー、上下に一対、そして第四次元にもう一対の移動キーで行われます。
上下は上・下・ジャンプの3キーでもいいですし、ジャンプのみでもいいです。
飛行機式のヨー・ピッチ・ロール・スロットル+第四次元でもいいでしょう。
第四次元キーを触らなければ普通に、擬似三次元画面で前後左右に移動し、ジャンプしたりツタなどで上下動します。ただし一つ一つの動きがやや大きく、一ます一ますはっきり動きます。
第四次元キーをプラスマイナスに動かすと、擬似三次元画面の全体または一部が少し変化し、「第四次元ゲージ」も連動します。
それを通じて、普通なら入れるはずのない閉ざされた所に入ることもできます。
さらにそれで、できれば「バベルの塔」のように単純なルールだけれど奥が深いゲームができたら!
これの恐ろしいところは、そのまま一対のキーを増やすだけでいくらでも次元を増やすことができることです。
多分ゲームを作るほうもやるほうも発狂するでしょうね。
あ、マインスイーパなら四次元も、何次元でも容易ではあります。コンピューターさえ必要なく、紙と鉛筆でもできます。
将棋や囲碁なども次元拡張は比較的容易にできますね。
27日
温暖化論者などは、「地球は一つしかないから試すわけにはいかない」といいます。
だから最大限大事を取って、温暖化災害が起きるかどうかわからなくても対策をとっておけ、というわけです。
でもその対策もしないほうがましになるかもしれません。人間は馬鹿なのです。
地球がたくさんあれば、色々試してうまくいったらそれが正しかった、とできるのでしょうが。
対テロについても、色々試してうまくいく方法を取る、ということができればいいのですが。
医薬品同様、本質的に効いたかどうかはわからない…たとえばある政策を取っていて、結局大規模テロが起きたとしたら、それはテロ対策の不足によるものか過剰によるものかはわからないのです。
犯罪の原因が、教育における民主主義の不足によるものか過剰によるものかがわからないのと同様に。
医薬品が本当に効いたかどうかは、二重盲検法による統計的分析で判断しますが、温暖化対策もテロ政策も教育もそれはできませんね。
過剰が悪いか不足が悪いかもわからない、色々試して統計的にうまくいくもできない…どうしようもないのでは。
26日
三千メートルの長さの根のように深層水の養分を吸い上げる構造を持ち、海面に浮かんで増える生物がいれば、海の生物生産量はどれだけ増すでしょうか。
または浮いたり沈んだりして養分を集めて海面に持って上がる構造があるとか。
ついでに空中窒素固定能力のある藻類と共生すれば、リンなど窒素以外の栄養を吸うだけで大量に増えることができます。
25日
草食の牛馬を運搬、乗用に使うのは、確かに牛馬の食料を現地調達するには便利です。そこらに生えている草でいいですから。
しかし反面、食料の調達ができない砂漠や海では不利になります。
人間のような雑食動物は干肉や油脂などの高カロリー保存食を携帯できますが、飼葉はかさばり腐りやすく重量あたりのカロリーが低いのです。
また真水と塩が余分に必要になるのも問題でしょう。
まあ、雑食または肉食の運搬用家畜が存在していないので優劣を比較しても仕方ないかもしれませんが。
でも存在していたらどうなっていたでしょうね。
あ、犬は運搬用家畜として利用されていますか。
そうそう、南極点競争で人間と食料を共通にできる犬の強みが出てアムンゼンが勝ちましたね。
熊ぐらい大型で運搬力が強い犬が存在していたらどうだったでしょうか?
そういうことを考えると、人類が石器時代にもう多くの動物種を絶滅に追い込んでしまっていたのがつくづく残念に思えます。
そのときに馬鹿をしていなかったら、どれだけ役に立つ家畜が増えていたでしょうか。
24日
『民主党 枕詞は 体たらく』…というだけなら楽ですが、民主党を見捨てるなら、どんな民主化のシナリオがあるでしょう。
これは左右両方が考えるべきことです。
どちらも自民党に不満を持っており、同時に民主党を見捨てています。
不満がありながら選挙でそれを表現する、現実的に希望のある道筋がないのです。
国民が馬鹿だから、という日刊ゲンダイ式悲憤慷慨は何も産みはしません。
民主党が自壊し、次の選挙で自民党が小選挙区全議席の圧倒多数を取る、というのは?
自民圧倒多数には民主党との大連立もあるでしょう。
左側から見たら好き勝手な憲法改悪が避けられないため最悪のシナリオでしょう。
右側にとっても、その圧倒多数自民が保守を強めればいいのですが、売国を強めたときに民主的に止めることができなくなります。
もちろん、結果的に自民党圧倒多数が永続してしまったらしゃれになりません。
ただし、民主党を完全に見捨てるとすると唯一政界再編の、現実的な可能性がある道かもしれません。
左から見たら共産や社民、または(これは左右どちらも)新党?
いや、新党ができたらそれがかなり強くてもネーダーが増えるだけで、自民党政権がずっと続いてあとは民主党が自壊するかしないかの問題だけです。
自民党および民主党と互角であっても同じです。その両方を圧倒的に上回っていきなり過半数になれる新党でなければネーダーにしかならないのです。それはいくらなんでも無理でしょう。
いいシナリオを考えれば新党が強くなって民主党が自壊に追い込まれ、それから上の、自民党圧倒多数から分裂、政界再編で新党が一つの集合点となる、ということも考えられなくはないです。
ただ、そのために自民党圧倒多数が、たとえ一時的という希望があっても許容できるでしょうか?
公明党のようにキャスティングボード?
公明党が与党として何をしてきたでしょうか?ましてこれまでの連立政権での少数党が?
左右どちらも民主主義自体に反対?
だとしたら国会議事堂で左右のクーデター部隊が戦うという最悪の事態になりますね。
それを思うとクーデター後、反革命防止のため言論や思想の自由を認められなくなりますから地獄になります。
というわけで武力革命は却下。
世論が強まればまた選挙制度を変えて単純比例代表制に?
僕は参院は単純比例代表にすべきという意見を持っています。
それを民主党と自民党有志に訴えるのは有効でしょう。
でも本質的に選挙制度改革は不可能です…どの議員もその制度で当選したのですから、自分に有利なルールを変える動機はないのです。
前の政治改革は、世論の暴走に近いエネルギーがあったようです。結果はこうです。
国民運動で政界再編を自民・民主両党に強要する?
どんな大規模デモが起きても、国民の半分が署名しても、両党が自発的に解党したり選挙制度を変えたりすることはあるでしょうか?
あの政治改革のエネルギーがもう一度沸き起こることはありえるでしょうか?
そして、その結果また失われた十年になる可能性は?
あくまで政治の中心は投票ですが、投票をどうやっても動きが取れなくなっています。
いっそ民主党に一度政権をとらせて、その愚かしさ無能さを存分に発揮させてやればさすがに自壊するだろう?
まあついでに自民党も潰れてくれれば政界再編になるかもしれません…が、日本そのものも潰れなければいいのですが。
どうすればいいのか、多くの人がいい案はないか頭を抱えているのが正直なようですね。
現実を受け入れ投了し、日本から去るのが一番賢明なのかもしれませんが、個人として海外で通用する力があれば苦労はしません。
やはりあくまで、この状況がいやならどんな体たらくをさらそうが目をつぶって民主党に投票するしかないのでしょうか。
自民党小選挙区全議席の圧倒多数を、一時的と希望を持って容認するなら民主党を見捨てていい、それを容認しないならあくまで民主党に投票する、というのが民主化を望む者の取るべき投票行動のようです。
23日
僕は右翼と左翼のどちらなのでしょう?
http://www.moemoe.gr.jp/~nakayosi/pol.html
http://www.moemoe.gr.jp/~nakayosi/fiction/if.html
でいろいろ書いていますが…
要するに最優先は文明崩壊を防ぎ、餓死と奴隷をなくしたいです。
人類文明には存続して欲しい、半分とか九割とか…何十億人も…多分僕も含まれる…が、文明崩壊で餓死したり選別でガス室送りにされるのは嫌です。
できれば「最弱者の充分幸福」…「最小不幸社会」と似ていますが微妙に違い、「最大多数の最大幸福」とも違います…を最低限満たして欲しいです。要は日本からも世界からも、絶対的貧困や餓死、奴隷はなくそう、ということです。
文明崩壊を防ぐためにエネルギー転換、自給自足農業などの持続可能文明、特殊なグローバル・ベーシックインカムを考えています。
もちろん自然環境の回復にも力を入れるべきと考えています。森や野原や砂浜で遊ぶのが好き、自然が好きです。日本の豊かな自然と文化に対する愛情は強くあります。
そして象徴天皇制、それも男系支持です。
記紀・神道の神々(というか日本的神仏)に対する愛着もありますし、天皇の権威は唯物的な見方をしても、日本という国にとってかけがえのない力を持っていますから、手放すには惜しいものです。
ただし、「世間」「空気」に代表されるある種の権威に対してはきわめて強い反発を持っており、いじめ・村八分・部落差別・ハンセン氏病患者などに対する処遇などには激しい憤りを感じます。
権威に対する感情は複雑です。
本質的に人間を信頼していませんので、戦後民主主義も戦前も…旧教育基本法も教育勅語も間違っている気がするのです。人間の弱さ・邪悪さ・複雑さを、個々人も制度としても受け入れ、コントロールしなければ、と考えています。
文化伝統も尊重したいですが、自由に強い価値を置いており、「君の意見には反対だが、君が意見を表明する権利は命に代えても守る」が座右の銘の一つです。もちろん信教・内心など市民的自由は最大限尊重。
情報にアクセスする権利も全人類に保障して欲しいです。それによって学ぶことでより自由になれる、というある意味素朴な啓蒙的な考えも持っています。
憲法九条については、要するに下手に拷問の知識があるため、「どんな拷問を受けても非暴力不服従を貫く」自信はありません。また、法と現実の矛盾も嫌です。
だから改憲派で、軍事と政治外交、人間の安全保障などどんな手でも使って平和を保とう、と言っています。
大戦争があったらやはり僕も死ぬ可能性が高いですし。
政治的には、日本人としては民主化を望んでいます。
そのためには民主党に政権交代して自民党を兵糧責めにして自壊させ、政界再編という小沢戦略か、それとも一度自民党が小選挙区全議席とって肥大しすぎてその内部分裂で政界再編かでちょっと迷っています。
昨日はああ言いましたが、現実を見ればあまりに民意が民主党を見放していますから…
また、世界全体でも、今のグローバル経済をコントロールする人々からの民主化、政権交代を望んでいます。
世界から絶対的貧困をなくし、かつ文明崩壊を防いで持続可能文明に転換するために。
さて、僕は右でしょうか?左でしょうか?
持続可能性とかベーシックインカムとか弱者とか自由とか民主化とか言っているから左でしょうか?
改憲派で天皇制容認だから右でしょうか?
誰にも相手にされない、単なる電波?
22日
教育基本法改正反対派のブログが結構あります。
ではそのブログの、2005年の8月中旬から9月11日までの過去ログを見てみましょう。
選挙についてどう主張しているでしょうか?
憲法や教育基本法が自公政権の手で改正されるのを防ぐため、民主党の欠点は承知で民主党に投票しよう、という声がどれだけあったでしょう。
今回の教育基本法改正は、去年の衆院選の直接的な結果ではないでしょうか。
今ブログで反対している人たち…特に去年の衆院選の前に「自民も民主も同じ穴」と言っていた人たちは、自分の責任を自覚しているのでしょうか?
今回はある程度護憲・教育基本法改正反対の立場で、考えられる反論と仮想議論をしてみましょう。
反対1:民主党も自民党と同じ(アメリカ追従、軍国主義、大企業中心…)だ
1:では、仮にあなたが5%の票を動かせたとしたらどこに投票させたでしょうか?
共産党または社民党に投票したら、比例で数議席増えるかもしれませんが、大きな結果は「自公・小泉政権継続」です。
新党を作っても、5%では上に同じでネーダーが増えるだけ、喜ぶのは自民党です。
もちろん棄権白票も同様です。
2005年での総選挙の結果は「自公勝利、政権存続」か「民主勝利、政権交代」の二通りしかありえませんでした。
民主党への投票以外がもたらす結果は「自公勝利、政権存続」であり、すなわち政権信任であり…結果的にはそれ以上のフリーハンドを与えてしまいましたが…郵政はおろか教育基本法などあらゆることにGoサインを出すに等しいのです。
少なくとも民主党に政権交代したら、「有権者が自公・小泉政権にノーを言った」ことはなるのです。
2:民主党を否定していては、次の選挙の結果も「自公勝利、政権存続」でしょう。当然その次もです。
そうなると、護憲派がいうように自民党が「いつか来た道」に行くつもりなら、それは確定してしまいます。
では民主党に政権交代した場合に起きることは、「やはりいつか来た道」だけでしょうか?
本質的に、政権交代後はある程度未来が予測不能になるのでは?自民党が崩壊して政界再編になるかもしれませんし、逆に民主党が崩壊して真の護憲政党ができるかもしれません。護憲派にとっても都合のいい未来になる可能性はあるわけです…少なくとも自公政権永続が確定しているよりましのはず。
悪政に対するノーとして、実際問題として「民主党に政権交代」と「自民圧勝、共産・社民微増」のどちらが大きいでしょうか?どちらが自民党にとって、その背後の諸勢力にとって実際の痛手になるでしょうか?
民主党も自民の黒幕に骨の髄まで支配されているとしても、その黒幕も、少なくとも政権交代で面倒な思いはすることにはなるのです。そして政権交代が民主化の第一歩になれば、その黒幕にとってはそれが一番嫌なのでは?
反対2:民主党も同様の改悪を行うに決まっている
反論点は三つ。
1:現実的には先の衆院選で政権交代していたとしたら、民主党は参院で負けているなどさまざまなことで忙しく、当分は憲法や教育基本法の改正のような大仕事はできないでしょう。
民主党にも護憲派が多くいることもお忘れなく…ネットウヨはだから民主党を強く嫌っています。
右は民主党に保守派がいることを、左は民主党に護憲派がいることをなぜ忘れるのでしょうか?
まあ色々いるのは自民党も同じといえば同じですが。
2:また、民主党がひどい改悪をした場合、次の選挙で政権を失わせることもできます。一度政権交代を経験した有権者は、それが有効な手段であることに気がつくでしょう。
今の有権者は最大野党への投票が政権に不信任をいう手段である、と本当に理解しているのでしょうか?政権に対する不信任という考え自体が今はないのでは?政権交代は、その考えを目覚めさせるきっかけとなりえます。
3:法の条文などが同じだとしても、自民党政権が行うのと民主党政権が行うのとは根本的に違います。
自民党は…これも批判としての言葉で、どこまで真実かは定かではないですが…戦争を行った軍国日本の権力者の延長であり、アメリカが日本を支配するための代官とされています。
すなわち、自民党政権は民主的に選ばれた政権ではない、ゆえに日本政府として正統ではない、というのが護憲派の共通認識では?
その自民党政権が繰り返し民主主義の無力を思い知らせた上で重要な法を変えるのと、条文は同じであっても国民自らが選挙で選んだ政権が変えるのは全く違う事柄ではないでしょうか。
反対3:民主党は頼りにならない
僕もそんなことは百も承知です。
しかし、今後ありうることは
1:ずっと自公政権、民主党は弱体化しつつ形だけ挑戦を続け、その実自民政権を助け続ける
2:民主党が自壊し、自民党が議席のほとんどを得て翼賛体制完成
3:自民・民主の大連立による翼賛会
4:民主党に政権交代、だが民主政権も自民党と同様の政策で軍国主義への道は変わりない。時々適当に政権交代してごまかしながら手を携えてファシズムへ
5:民主党に政権交代、自民党は兵糧攻めで自壊して政界再編へ
のどれかしかないのでは?
そして、その後がどうなるかわからないのは、本当に自民党も民主党もとことん悪なら、5だけでは?他は全て軍国主義・ファシズム・弱者いじめのいつか来た道では?
5以外は、せいぜい少し時間稼ぎができる程度で改憲は避けられないのでは?
5はありえない、4になるに決まっていると頭から考えていませんか?
まあ1、2、3から、肥大した自民党でハト派が強まる可能性もないわけではありません。
でも、それは選挙とは全く関係なしに起きることなのです。
選挙は政治に関係ない、でどこが国民主権でしょうか?
ちなみに、2や3から肥大化しすぎた自民党が内部分裂を起こす、というのも民主化の可能性の一つではあります。
それも希望といえば希望ですが、そこに「有権者に対する自民党に対するNO」が入っていない、選挙で選ばれた展開ではないのはかまわないのでしょうか?
それに、自民圧倒多数になった時点で即憲法改正は避けられないでしょう。護憲派にとっては悪夢です。
もちろん巨大化し、おごり高ぶった自民党が何をするかわからない、と護憲派ではない僕も思います。
民主党が自壊したら、次にはちゃんとした護憲政党が生まれる、と思っているのでしょうか?
そうだとしても、よくて民主左派+社民の護憲平和党(仮)と民主右派中心の新保守自由党(仮)、そしてあくまで孤高の共産党が潰し合って自公が小選挙区を総取りするだけでしょう。
護憲だけで小選挙区で勝つのは絶対不可能、という現実を見てください。
逆にネットウヨにも「自民も民主も売国」という声が多いのですが、同様ですよ。
反対4:もう選挙はどうしようもない状態に確定している。国政選挙を議論しても無駄だ
ならどうしますか?国民主権はあくまで選挙で示すべきです。
デモがどうこう、と盛んに言っていますが、デモの方が選挙よりも上なのでしょうか?
まして武力革命は言語道断ですのであしからず。
実際、何を求めているのでしょう?
第九がベルリンの壁を壊したように、膨れ上がったデモ隊が大声でイマジンを歌えば国会議事堂が自然に崩れ、一滴の血も流さず自民党議員も民主党議員も全員反省して頭を丸めて辞職し、デモ隊の有志が新しい国を作って…とでも?
デモが雪崩のように武力革命に展開するのを期待しているのでしょうか?
安保闘争の時には確かに大きなデモがありましたが、忘れていませんか?選挙では自民党が、すなわち安保は信任されたのです。それが主であり、デモは単なる注釈でしかないのです。
日本には今はちゃんと選挙があります。デモや武力革命で民主化するより、選挙で民主化すべきではないでしょうか?
次は共謀罪だ、国民投票法だ、憲法改悪だ…とそれが心配なら、次の参院選で自民党に勝たせることだけは避けなければならないのでは?今回の教育基本法改悪について、自民党にNOを突きつけなければならないのでは?
繰り返します…次の選挙で社民党、共産党、新党、棄権のどれも、自民政権に、今回の教育基本法改正にYesというも同然なのです。
憲法改正に対するGoサインに等しいのです。
本当に改憲を止めたいのであれば、次の選挙で、現実にできる、有効な、民主的に許容できる手段は民主党に投票する以外ないのでは?
今立っている場所がわかっており、目標があるならば、まず「次の一歩」を正しく踏み出すべきです。手をばたばたさせて空を飛ぼうとするのではなく。
今いる場所と目標をしっかり見定め、正しい次の一歩を踏み出すべきです。
改憲を止めて現政権を不信任する、という目標があり、今いる場所が小選挙区制で自公政権と民主党、というなら、次の選挙では民主党に投票して自民過半数割れを狙うべきでしょう。
ついでに。
護憲派は敵だと思っているネット右翼ですが、その多くは実は自民党も民主党も嫌っています。
どちらも売国だと思っているのです。
ならば「とにかく今の状況を変えよう。このままだとずっと売国二大政党のままだ。政界再編して正々堂々とぶつかろうじゃないか。今の売国自公の売国改憲で本当にいいのか?」と共闘を呼びかけるのも手だと思いますが?
本気で護憲なら、改憲阻止のために多少の我慢は必要でしょう。
左右どちらも「自民、民主はともに売国党だ」ということは同意できると思います。
それで次の選挙もその次も、右は棄権、左は社共では政界はずっと「自民民主の売国二大政党のまま」か、「大連立で売国軍国翼賛会」のどちらかです。どちらも望ましい結果ではないはず。
今の自民と民主の構造を潰す、それも民主的にやるには民主党に一度政権交代し、自民を兵糧攻めにして自壊させて政界再編、というシナリオ以外にないのでは?
民主党が完全にダメと仮定したら自民党が小選挙区総取りの圧倒多数になってそれが分裂する、というシナリオになりますが、それは国民の投票と関係なく進むため民主主義のプロセス、民主化としては違和感があるのです。
念のため繰り返します…上は「僕が教育基本法改正に反対だとしたら、選挙前にいうこと」です。
僕自身の立場は、単純に民主化を求めているだけで、今の民主党がダメだということは百も承知です。
21日
メガフロートが実現された場合、それが海運・海上観測拠点として必要となるのは世界海図のどことどこでしょう。
船乗りの立場から見て「ここに島があったらな」と思うのは?
気象予報士、気象学者の角度からは?
また軍事的には?
さらに政治的には…領海紛争のど真ん中にメガフロートができたら、領土問題としてはどうなるのでしょう。
20日
国際化と排外の二十年周期説というものがあります。
明治時代からずっと二十年周期で国際化したり排外的になったりしてきた、と。
それで言えば、これから二十年は国粋主義が強まって排外的になるといわれています。
で、どんなふうにでしょうか。
ナショナリズム・軍国主義・戦前回帰というわかりやすい形でしょうか?
いや、国のあり方にその国際的で開かれた国と、排外的で軍国主義の国の二通りしかないのでしょうか?
これまでの「周期」も、それぞれかなり質的な違いがあったのでは?
もっと大きな周期として、たとえば遣唐使廃止や鎖国がありました。
遣唐使廃止と軍国主義はかなり違う気がします。少なくともそのときは対外侵略には走っておらず、じっくりと日本文明のある基層を磨き上げた時期でした。
江戸時代も対外侵略はせず、自由はなかったかもしれませんが平和を謳歌しました。
本当にそんな周期があるのか、あるとしたらどんなものになるか…選ぶ余地はあるのでは?
19日
攻撃性、サディズムは満足させるべきでしょうか、それとも消すべきでしょうか?
消せるのでしょうか?
攻撃性やサディズムは後天的に作られたもので、小さい頃から暴力・支配のないよい文明で育てればそんなものは生まれないのでしょうか?
満足させるしかないとしたら、ゲームなどを通じてでしょうか?
それともゲームは危険だから禁ずるべきでしょうか?
ゲームなどの趣味を禁じた世界では、攻撃性やサディズムはどこに向かうでしょうか?
ほかにいい道があるでしょうか?
少なくともスケープゴートをみんなで攻撃するのはやめたいです。
18日
九九の割り算版を作ろうとしたら、面倒なのは割り算には三種類ある、ということです。
分数、小数、そして除法。
みんなまとめて割り算というからわけがわからなくなるんですよね、剰余と分数および小数は違うものなのに。
分数は二つの数の対から一つの数(約分はありますが)へ、小数もその点は同様ですが多くは循環小数になる、除法は二つの数の対から商と剰余という二つの数の対が対応します。
17日
ナチスに侵略された小国の国民には、以下の選択肢があります。
立憲主義…国は人の生き方、最終的な決断に関わってはならない、人の命はその人のものだ、とするなら5でしょう。
しかしそう考えるなら、「わたしは貝になりたい」の主人公もアイヒマンも、その悪行は本人の選択…自殺で悪を行うことを拒否しなかった…なのだから道徳的にも全くの有罪である、ということになります。
しかし、人は弱いものです。
巧妙な拷問どころか世間のつまはじきにされることさえ、本当に耐えられるのは何百何千人に一人でしょう。
そのような選択を個人にさせることが、果たして正しいでしょうか?それは津波や雪崩を受け止めよ、受け止めきれなければお前の責任だ、というようなものです。
また、個人は個人であるだけでなく、その大半に家族友人がいることも忘れるべきではありません。自らの正義を貫くために家族を犠牲にすることが許されるでしょうか?
徴兵拒否で家族皆が自殺に追い込まれたら?例えば町の皆殺しを防ぐためにホロコーストに協力することは?
人の弱さを前提にすれば、3も4も多くの裏切り者が出ることを考えに入れるべきです。
そしてその裏切り者は悪の汚名を着せられるのでしょう。千人に一人の強さがなかったために。普通の弱い人間であったために。
その悲劇を回避するには1か2です。
16日
教育基本法改正。
虚心に読めば、この通りに行けばすばらしいです。
まあその通りに行けばすばらしいのは旧教育基本法もそれほど変わりません。
所詮人間ごときには過ぎたものなのでしょう。いや、人間などという愚か者が教育をしたり法を作ったりすること自体が間違っているのです。
さて、反対がとても多かったです。
その反対は、単純に言えば「現在の日本政府は正しくない」の一言に尽きるのではないでしょうか。
正当でも正統でもない、ということでしょう…間違った道に日本を導こうとしているから正当な政府ではないし、国民主権、平和主義、基本的人権という日本のよって立つところを裏切っているから正統でもない、ということで。
だから日本政府・与党自民には悪意があり、ゆえに「いい」旧教育基本法もねじまげて悲惨な世界を作ったし、新しい「悪い」教育基本法のもとではどれだけひどい世界を作るか、と。
でも、説得力のある「じゃあどうする」を出せていないのが問題です。
少なくとも反対するのであれば、まともな「じゃあどうする」を考えて欲しいものです。
最低限の票で可能な政権交代すら妨害する社民党や共産党、また民主党もけなして正義ぶる識者に何かいう権利があるでしょうか?
少なくとも先の総選挙で民主党に政権交代していれば今教育基本法が改正されることはなかったのでは?改正されていたとしてももっとましだったのでは?
今の政府与党が不満なら、政権交代以外には武力革命しかないです…でも武力革命は、少なくとも僕は今更望みません。
教育についても「じゃあどうする」をきちんと出して欲しかったものです。
それも、人間に実行可能なものでお願いします。
で…この教育基本法は実施されるのでしょうか?
どんな法律でも実効性を持っていないのならば意味はないのでは。
憲法九条も同様です、守られていないのであれば、まず守られていないと認めるべきでは。
そしてどうすべきかを考えるべきでは。
逆に新教育基本法がどんなにひどくても、再度改正するか骨抜きにすればいいのでは?
どうせ条文どおりになんかならない、という感覚のほうが強いのでは?
15日
徴兵されて侵略の尖兵となり、あるいはホロコーストに協力させられたくない…
いわゆる平和の主張としてはそれが大きな動機です。
僕はそれを利用して護憲を批判してきました。
繰り返しますと、護憲、非武装中立、非暴力不服従は正解ではない、非武装中立を選んでもナチ級の邪悪な侵略者に侵略されたら、その侵略した政権は次の侵略のため元日本人を徴兵し、またホロコーストに協力させるでしょう。
非暴力不服従で抵抗しようとしても、家族が目の前で拷問されても非暴力不服従を貫けるのはごく少数です。多くは単なる地位や職のためであっても屈服するでしょう。
それを防ぐには、侵略されたら国民全員が死ぬよう、事前に遠隔操作自殺装置を全国民につけておく必要があり、それは常識で受けいれられない…
それ自体論理的に間違いは見当たりません。
でも「徴兵されて侵略の尖兵となり、あるいはホロコーストに協力させられる」には、
の三つの場合があります。
それぞれに内外の条件を考えると、
非武装中立で侵略される…
内:存在しない。改憲して武装化し、その後暴走した場合。
外:隣国が侵略者となり、かつ外交によって封じることに失敗した場合
武装して侵略者に負ける…
内:中立的。第二次大戦時のベルギーやオランダのように絶対的弱小の場合もあるし、フランスのような戦術ミスなどもありえる。
外:隣国が侵略者となり、外交に失敗し、しかもその侵略国が十分に強い。
武装して軍国主義に走る…
内:主因。内政の失敗でファシズムに走った場合。
外:第一次大戦後の過重な賠償金がナチスを産んだように、外国の外交上の失敗も原因でありえる。
というわけで、三つとも内外双方に原因があります。
非武装中立を選ぶのは、単に内部原因をなくしたいからで、外を無視しているからでしょうか?
まあ、三つのどれでも「徴兵されて侵略の尖兵となり、あるいはホロコーストに協力させられる」リスクはありえますから、その場合どうするか考えるべきでしょう…
というか、その優劣をどう確定すればいいのかわからなくなってきました。
武装でも非武装でも全員自殺システムは必要と考えても、問題は自国が暴走した場合はそれが無駄になることです。むしろ死のパスワードを個別化して国民を管理するシステムになってしまうでしょう。
その場合には、国外の人の決断で暴走を始めた国の国民を皆殺しにする必要がある…スイスとスウェーデンにパスワードを分ければ信頼できるでしょうか?
国連、国連事務総長は残念ながらそこまで信頼できません。ローマ法王に大量殺戮の鍵を渡しても断られるでしょう。
14日
軍事的貢献の代わりに政治的権利というのが歴史的に民主主義の伝統…今は?
特にサヨクはこのまま改憲を許せばアメリカのように下層は軍隊に行くしかなくなる、といいますが、逆にその代償として政治的な権利を得ることはないのでしょうか?
アメリカにおいて有色人種、貧困層、不法移民の類は軍隊しか希望がないと言われますが、では彼らにその犠牲に見合う政治的権利は与えられているでしょうか?
不法移民の類でも軍で勤め上げれば市民権を得る、それは古代ローマが強かった頃のシステムだったのでは?
いや、戦前の日本人は徴兵に応じて戦いました。
それに応じた政治的権利はちゃんと与えられてきたでしょうか?
大正デモクラシー、普通選挙法がそれだったのでしょうか?
それとも軍事的貢献の代わりに政治的権利、というのは西洋だけの話、または全くの神話だったのでしょうか?
たとえば中国史を見ればどうだったのでしょう。
戦いに狩りだされ、または動員された者にはどんな報酬が与えられたのでしょうか?
13日
いじめをなくす簡単な方法が二つあります。
一つは短剣…あえてナイフとは言いません、ナイフは道具の面を強調したいので…を学校に持ってきてもいい、とすること。
座学で人体の急所…特に背後から狙える…と体育で突きの形だけあわせて二時間教えてもいいでしょう。
本当に短剣術を身につけたいなら剣道の段に匹敵する鍛錬が必要ですが、奇襲で人を殺せるだけなら合わせて二時間で充分です。
被害者が切れたらやりかねないか、それとも絶対大丈夫かは被害者本人にもわかりません。
拳銃や狙撃銃を全員またはランダムに配り、訓練もするのも同様な効果があるでしょう。
もう一つはビデオカメラになる携帯電話による密告の、具体的な成績の加点による奨励。
もちろんどちらも人間的にも教育的にも最悪でしょうけどね。
本質的にはいじめが人間の本性だと認め、自殺などには至らず致命的な心の傷にもならないようにするほうがいいでしょう。
そのためには…と、何かしようとするとどうも非現実的なことしか浮かばないんですよね。
かといって、人間全員がいきなり改心するのを求めるのはそれ以上に非現実的です。
12日
富、権力、安全、自分の心の安定、愛、美、不老不死…どれかを選ぶなら?
人は本当に何を求めているのでしょうか?
色々なものを求めているのでしょうか?それは矛盾さえするのでしょうか?
人によって「本当に欲しいもの」は違うのでしょうか?
もし人が全能を得たら、それで何をするでしょう。破滅せずにいられる人などいるでしょうか。
全能を得たら必然的に破滅するとしたら、それは狂っているというのでは?
本当に自分が何を求めているかもわからないなんて…
神学的に考えれば話は簡単になりますけど。
人が本当に求めているのは神の愛なのだ、そして神はそれを惜しみなく与えているのだ、あとは神を愛し、隣人を愛すればいい、と。
11日
公の練習場に預け、そこから持ち出すことができないとするなら銃器を無制限に所持できてもいいのではないでしょうか?
まあそれはアメリカで射撃練習を楽しみ、練習場かどこかに預けておけばいいのですが。
あれ?拳銃などの「所持」が禁じられるのって、外国に預けるのも禁止でしたっけ?
10日
それらを考えると、もう家族・親族自体がリスク要因ですね…親族扶養義務がある限り。
豊かなほうにとってもリスクですし貧しいほうにとっても地獄です。
かつては親族扶養義務も、大家族や家業…家族経営中小企業の中で互いに助け合い、仕事を分担することで機能していたのでしょう。
でも今は、血縁と地縁が大きく乖離してしまっています…兄弟姉妹の多くが近所に住んでいる人は、今それほど多くないでしょう。
また家業、家族経営中小企業も減っています。
また、長子相続など民法上の家長支配権が否定されていると、特に親が死んでからは兄弟姉妹でも疎遠になるのが普通、いや兄弟姉妹がいないほうが多くなります。
そうなると親族扶養を求めるのも難しくなるでしょう。
やはり親族扶養義務をなくし、公的福祉を充実させなければこれからの時代は無理が出ます。
特に団塊ジュニアのフリーター・ニート層から大量の餓死者・自殺者・ホームレスが出て社会不安が起きることになるでしょう。
彼らはおとなしいと言われますが、どんなに追いつめられても革命は起こさず犯罪も犯さず黙って餓死していくでしょうか?
9日
老人介護や子育ては家族の領分、とするのが保守ですが、少子化、平均年齢が八十を超える高齢化、そして労働力の不安定化と二極化、学費高騰、大学を出てもフリーター・ニートになるリスクなどを考えると、核家族+従来型年金では無理があるのは明らかです。
運良くフリーター・ニートでなく核家族を形成しても、サービス残業での過労死とリストラ双方のリスク…中小企業ではノルマと倒産リスクでもっとひどくなる…を抱え、時間の余裕が全くない父親とパートで給料が制限される母親に、子供を大学までやって四人の親を百まで介護するのはどう見ても無理です。
まして両親とも中核社員であれば、介護や育児はおろか自分たちの家事すら不可能でしょう。
何かを捨てなければなりません…子育て、老人介護を社会がやることにするか、家事労働を貧困層に回すか、学費を無料化するか、ベーシックインカムでリストラされても所得を保証するか、新卒の仕事を保証するか、同一労働同一賃金か、ワークシェアリングか、せめてサービス残業絶対禁止か、定年をなくすか…ひょっとしたらその全てが。
8日
格差社会が超いじめ社会になる可能性は?
実際に大人の世界でのいじめも影で深刻な問題になりつつあります。
またリストラにおいていじめの手法が用いられたことも、本来ならもっと問題になってよかったはずです。
そして今や、最も陰湿ないじめで育った世代が社会の主力になりつつあります。
その本質的な精神構造は変わっていないとみていいでしょう。
自分が生きのびるためには完全に周囲にあわせ、他人をとことん踏みにじるしかない、というのが大人の世界で本当に発揮されてしまったら、どんな社会になってしまうのでしょうか?
ましてそれに、新自由主義・グローバリズムによって拡大する経済格差が加わったとき、どのような恐ろしいものが生まれるか…サヨクが心配する軍国化・戦前回帰などとは比較にならない、人類史上かつてないとんでもなく恐ろしいものになるかもしれません。
7日
もし三十人に一人ぐらい、六歳以上八十歳までの国民からランダムに選び、国から「拳銃を差し上げます。十時間ほど講習、訓練を受け、誰にも言わずにいつも隠し持っていてくれることが条件です。他人にばれたら没収、もちろん貸したり売ったりしたら重罪になります。訓練のスケジュールは相談に応じます」とやったら?
まあ通知を受けた中で三人に一人が参加したらほぼ百人に一人が拳銃を持っていることになります。
そうなれば、暴力犯罪は完全に割に合わないものになるのでは?
それと、義務教育で全員最低でも初段レベルまで、非常に実践的で合理的な護身術を叩き込むのとどちらがいいでしょう…といっても、こちらは多くの国で徴兵制という形で実施されていますが。
あと、カメラとGPSつきの携帯電話にボタン一つでアラーム+画像、音声、位置を警察直結のセンターに送信する機能をつけることを税制優遇などで推奨、むしろ義務化するのも犯罪を割に合わなくする力があります。
さすがにこれは誰も反対しないと思うのですが?
6日
本人にとってより幸せ、というのを押し進めてしまうと、エマニュエル・スゥエーデンボルグの『天界と地獄』になってしまいそうです。
『天界と地獄』では死後の人は、行き先を自分で選ぶことになります。
全くの暗黒と孤独から想像を絶する光まで、行った先が自分にとって居心地のいいところ、というわけです。
たとえば、薄暗くじめじめして猥雑な、いつも皆が徒党を組んで争っている上のほうの地獄が性に合う人が、いつも目がくらみ焼けつく光に満ち、誰もが自己犠牲的に他人に奉仕するかなり上の天国に永遠に押しこめられたとしたら、それこそ地獄では…ということになります。
社会に適応できない人にとってより幸せな世界、というのはそんな感じになってしまわないでしょうか…本人は満足するかもしれないけれど、客観的には地獄以外の何でもない、ということに。
だったら、皆低い段階に安住することを許さず、何度でも人格をぶち壊して無理にでも成長させ、皆を最終的に光の世界に引き上げるのがよいのでしょうか。
力づくでも人格を矯正し、社会に適応させ、宗教的にも高めるべきでしょうか?
それはそれで恐ろしいです。権力が特定の道徳を強要することは許されるでしょうか?
どちらがいいのでしょう?
5日
ゲーテッドコミュニティの発展はどうなるでしょう。
都市自体を城壁で覆ってしまい、貧困層や前科者、精神的に安定でない者などリスクがある者を全部外に排除する、ということはありえないでしょうか?
または、排除すべき層を全て強制収容所に押し込めて浄化した逆ゲーテッドコミュニティとか。
今のアメリカは刑務所がその代わりになっていますが…
また、昨日述べた「別の選択肢」が、実質強制収容所になることはないでしょうか?
強制収容所でなく、「この社会」に無理に順応するより本人にとって幸せな「別の選択肢」を与えることは無理でしょうか?
それはゲーテッドコミュニティにこもる人々にとっても刑務所しか居場所がない人にとってもより幸せになると思うのですが…
そして、ゲーテッドコミュニティにいる人は、本当にそれでいいのでしょうか?
特にキリスト教徒でゲーテッドコミュニティにいる人は何の矛盾も良心の呵責も感じないのでしょうか?
4日
社会復帰や矯正という言葉自体に違和感を感じます。
「この社会」しか選択肢はないのでしょうか?
しかも「矯正」という言葉には強い道徳的価値判断も含まれている印象があります。
キリスト教も含めて宗教自体が選択肢のようにも見えますが、その多くは「この社会」の代表格である普通の会社で生活費を稼ぐ必要があります。
また宗教、特にヤマギシ会のように経済的にももう一つの社会を形成するような閉鎖的なものは本質的に簡単に選択できるものではないです。脱会がきわめて困難で情報や外部の人とアクセスする自由がなく、自由意志と言い切れない点が問題です。
かつてはヤクザ、もっと古くは渡世人世界も世間(堅気)とは別の世界を形成していましたが、それはそれで堅気以上に厳しい掟があったようです。また今はそういう形では機能しておらず、今の社会の一企業集団と化しているようにも見えます。
かつての植民地、流刑地も世に容れられぬ人の逃げ場でしたが、今はもう無理です。
刑務所しか居場所がない人間は国を問わず多いですが、そういう人たちがまあ幸せに過ごせる場を「この社会」とも刑務所とも宗教とも犯罪組織とも別に確保できないのでしょうか?
さまざまな場があって自由に選ぶ、というのは無理でしょうか?
3日
ユダヤ教では「異教徒は滅ぼせ」だと単純に考えていましたが、果たしてそうでしょうか?
確かにエジプト脱出の後、カナン先住民は皆殺しにし、祭壇や偶像を破壊せよとエホバ神は命じました。
しかし、ユダヤ人以外を世界中あまねく皆殺しにせよ、という命令は出ていない気がします。
少なくとも『エジプト人をいとってはならない。あなたはその国に寄留していたからである。(申命記23-8)』とありますから、エホバ神を信じない者の存在自体絶対許さない、ということはないです。
また、寄留者保護規定も多くあります。
2日
日本の鉄道は国際標準では狭いほうの基準です。
また、日本のビルなど建築では、壁での内断熱が主流でした。
どちらも建設時代のコストは安いですが、長い目で見れば大損するといわれます。
線路の軌道が広ければ用地買収、枕木の長さなどで作る際にはかなり高くつきます。
その代わり、新幹線がそうであることでわかるようにより速く列車を走らせることができます。
また同じ長さでもより多くの荷物を運ぶことができます。
日本は貧しい発展途上国だった時代に、なんとか全国に鉄道を通そうと狭軌を選び、それから標準軌にすることが今に至るもできないでいます。
建設も全体の外壁で断熱する外断熱のほうが、全体として断熱性が高く冷暖房効率がいい、結露がないためさまざまな病気が出ないし全体の寿命が長い、と多くのメリットがあるといわれます。
日本はどうも短期コストを優先して、長い目で見ると損をしてしまうのでしょうか?
少なくとも鉄道は、まず日本全国に鉄道網を完成させることが最優先だったのは理解できますが…
また、建築工法は高温多湿で地震多発の日本にあった技術を考えるべきでした。
日本古来の木造建築も、本質的に火災に弱い点を除けば日本の風土にはよく合っていました。
それと同じ感覚で高層高密度化することはできなかったのでしょうか?
ただし、外断熱に対する疑問もあります。
狭軌も多くのメリットがあります。
単純にならないよう気をつけることも必要ですね。
1日
造反議員復党劇は、結果的に国民の目を自民党にひきつけています。
民主党が発表した政策は誰も注目しません。
何回も同じことが繰り返されてきたような気がするのは僕だけでしょうか?
政策に興味がないマスメディアが悪いのでしょうか?それともマスメディアが自公政権の走狗だから?何度も同じ手に引っかかる民主党がバカなだけ?