枕元の計算用紙
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31日
人が何を好むか、それ自体が罪なのでしょうか?
確かに恐ろしい好みもあります。
拷問虐殺を好む、強姦を好む……
児童性愛を好む……
武器を好む……
では同性を性的に好むのは?
それを罪とする人は、人類の半ば以上です。刑罰を科す法制度を持つ国も少なくありません。
そして人が何を好むかは、意志や訓練、刑罰で変えられるものでしょうか?
性指向も含めて?児童性愛者に対する訓練は成功したことがないという話ですが?
変えねばならないものでしょうか?
正しい国であるためには、また社会人として働くためには?それは単なる浄化欲でしかないのでは?
また、何を善とし何を悪とするか、それが世間と完全に同じでないこと自体が罪でしょうか。
僕は、その「何を好むか」「何を善とし何を悪とするか」こそが人間の尊厳の根源であり、それをいじられるぐらいなら死んだほうがましと思っています。この世で何よりも激しく呪うことです。
逆に、人の中にある支配欲は、それをこそ激しく求めているのです。2+2=5と心から信じ、心からビッグ・ブラザーを愛することを望むように。
だからこそ、給食を食べることを強要するのでしょう。人の好き嫌いを動かすことこそ、人を徹底的に「近代人」「国民」として調教することなのですから。徴兵されれば薩摩出身も会津出身も一つの船で同じ飯を食わなければならないのですから。
「俺が好きになれと命じた物を好きになれ、俺が好きになるなと命じた物を嫌え」これ以上に残酷な命令がこの世にあり得るでしょうか。これ以上、命じる側に満足感をもたらす命令があるでしょうか。
内心の自由という日本国憲法に刻まれた言葉は、絶対平和主義や生存権がそうであるように、日本ではまったく受け入れられていない…少なくとも警官は法と道徳の一致を疑いませんし、政治の多数は青少年健全育成系を支持します…現実の人間の国家には心底そぐわない過激思想なのです。
好む。思う。信じる。善悪の価値観。全ては権威が決める。
親と世間に好悪善悪を合わせ、もし違いがあればそれはわがままだ書き換えよ。
人の世とはそのようなものでしょうか……ならば生きていたくはありません。
心をえぐって捨ててしまえればいいのです。
完全な機械になってしまえれば。
空気を読み、親と世間の言うとおりにする、ただそれだけの。
世間が非国民やハンセン氏病患者、犯罪加害者の家族や被害者の家族さえ焼き殺すというなら心から喜んで共に薪を投げる。
そんなことになるぐらいなら死んだほうがましだ、というこの醜い心ぐるみ捨てる。
それが正しいことなのでしょうか、そうでないことそれ自体が他人を傷つけているし公序良俗に反している、絶対悪ならば。
30日
どこまで愚かなのか…
軍備をなくし内部留保を吐かせ、消費税を廃止し所得税累進課税を強化すれば貧困は解決できる、国民総背番号正反対、それどころかスターリンの社会民主主義批判にこだわってリアルな貧困の解決を考えられない左派。
護憲党が社会民主党の名をのっとっているため、日本ではまともな社会民主主義が検討もされていないし緑の党さえ表に出られない悲劇。
本当に何割もの人を餓死させて国そのものが保てるかを考えようともしない、市場経済には法治・治安・信頼など多くの社会を前提として必要とすることすら知らない市場原理主義者。
「自助・共助・公助」「家族の美風」などにこだわってさまざまな無理に目を閉ざし、日本人であることも忘れスマイルズを引用して保守ぶる馬鹿。
半分を餓死させて国を保つ計画を真剣に考えもしていない…実質神風思考。
どちらも、です。どちらも世界は自分の思ったとおりになると思っている、そして本当に貧しい人を助けるという発想はカケラもない。
財政のことばかり言う人も、肝心なこと…弱者を餓死させるかどうか、させないのなら具体的にどうやって、にはまったくの無関心です。
ひたすら見ない。関心を持たない。「ホームレスが糖尿病」などと楽観的に思い込む。
29日
インターネットと出会っていなかったら、僕は生きていたでしょうか?
親がパソコンを事実上くれなければ、自分の金で買ってまでインターネットをやることはなかったでしょう。
「新人チェッカー」としての僕も存在しなかったでしょう。
それで生きていられたでしょうか?
何度か、つまらないラノベを原稿用紙に書いては送っていたかもしれませんが、それもそのうち諦めたでしょう。
それからどうなっていたでしょう?
生きていられたとは到底思えません。
28日
税金が高いほど悪政だ、というのは、特に歴史において当然の前提とされます。
貧窮問答歌から水戸黄門、秩父困民党に至るまで。
さらにフランス革命も。
そして今、日本政治を呪縛している強い消費税アレルギーや、アメリカのティーパーティー保守も税金はよくないと叫んでいます。
しかし反面、ある人たちは、きちんと税金を取って福祉を充実させ、貧困層特に失業者や若者を教育して能力を高めなければどんどん貧困はひどくなる、というようなことを言っています。
ただし、今も政府が無駄遣いをしなければ…特に自衛隊をなくせば…税金を減らしながら福祉を充実させることはできると考えている人も多いです。
昔はどうだったのでしょう。税金は全て貴族の贅沢だったのでしょうか?
それとも治水に本当に必要な費用だったのでしょうか?
というか、今の増税論はひたすら財政の持続可能性だけが議論になっています。
そこで、弱者が生きられるかどうかは視界に入っているでしょうか。
27日
同じ「25mm、軽量なレーザーレンジファインダー・空中炸裂火器管制装置」のついた歩兵用小火器として、
のどれが一番適しているでしょう。
それぞれの長所と短所……
グレネードランチャー:
どこからでも発射でき、後方噴射もない。銃と同じ感覚で扱える。
相対的に撃てる砲弾が弱く射程も短く不正確。
迫撃砲:
軽い。重い弾丸を相対的に遠距離に送れる。山越えをしても正確。
平坦な地面が必要で、沼地などでは使えない。立って走りながら撃つのは無理。絶対的な精度が低い。
無反動砲:
直線的に、立ったまま撃てる。射程もかなりあり、正確。
後方噴射があるため、後ろに安全空間を確保する必要があり室内からの発射が苦手、敵に発射地点がばれる。重い(カール・グスタフと他の比較?)
RPG−7
無反動砲とほぼ同じだがより強力な対戦車弾を発射できる。再装填に手間。有効射程がやや短い。
本当にグレネードランチャーは絶対的に優れているのでしょうか?
こんな銃だったらどうでしょう。
10mmほどの、非常に多様な銃弾を発射可能な滑腔銃……散弾銃などに比べて銃身が厚く、より高圧に耐えられる。
全体を、機関部が長いバッテリー駆動/ポンプアクションで連射できる。
十二ゲージショットガンの肉厚銃身に、長く炸薬が多いグレネード・長距離狙撃用の高速サボ式フレシェットを加えてもいいでしょうが、そうなると爆発的に最低限の銃弾の体積が増し、近代軍用銃が必要とする「多弾数」は不可能になります。
あと、25mグレネード・H&K-MP7のようなPDW・軽迫撃砲の組み合わせでも、近距離の多弾数・長距離の有効な攻撃は満たせます。
26日
世界統一法として、虐殺の禁止は異論はありません。
人類を滅ぼすことも禁止されるべきでしょう。
では、女児割礼は?
妻子を殴ることは?
犬を食べることは?
捕鯨は?
大麻は?覚醒剤は?モルヒネは?煙草は?酒は?
十七歳の裸の絵は?十五歳の裸の写真は?五歳との性交の文章は?十歳との性交の想像そのものは?
十六歳との結婚は?五歳とは?
ゾンビを撃つゲームは?水鉄砲は?
偶像崇拝は?
イスラム教徒でないことは?キリスト教徒でないことは?人種は?人種差別の内心を抱くことは?
ナチスに関するシンボルは?
鞭打ち刑は?死刑は?
善悪を主張するには、かなり抑制する必要があるでしょう。
25日
冤罪に関して、ごく簡単な思考実験を。
「自白を一切証拠と認めない」例外は自白の結果凶器が発見されるなどだけ。それもできれば、警察とは別の群れに属する第三者機関が捜したほうがいいです。
それでは誰も有罪にできない、犯罪者が野放しになる、というのは、逆に半分ぐらい冤罪でもかまわないと思っているということです。それほど人はやってなくても簡単に自白するのです。
まず前提を変えないと。
本当は証言も一切証拠能力を認めないほうが心理学的にはまともでしょう。
というか、実際に死刑の有無とさえ関係なく、刑罰を容認している時点で冤罪も容認しているのです。
どんな取調べ制度、刑事訴訟法であっても。日本の運用が最悪に近いことは措いて。
この国にいる時点で、「私はいつ冤罪で死刑にされても、お国の秩序の為ですのでかまいません」と宣誓しているも同然なのです。
24日
単純に。どこまでが日本の領土でしょうか。
北方領土はロシアの、竹島と対馬は韓国の、尖閣諸島から沖縄は中国の領土でいいでしょうか。
だとしたら北海道も日本領土でいいのでしょうか?九州も?
日本などという国には一切の正統性はない、すべての領土はロシアと中国で分割すべきでしょうか?
日本政府の正統性というのもよく考えると厄介な問題です。
現日本国憲法を認めない人は多いですが、かといって今の日本政府を正統政権と認めない、というわけでもないようですね。
ただし明治政府自体認めてない人はすごく多いですし、当然天皇など明治政府の宣伝でできた、それまでは何の権威もない、まして日本の正統な支配者などではない打倒すべき存在とされています。
だとしたら、本当の日本の正統な政権は?徳川幕府でもありますまい。
アテルイやシャクシャインのほうが正しい、といくら言っても実力の問題があります。
日本共産党が日本の唯一正統な政権党だ、これまでの選挙全部が……といっても説得力はないですね。
外国に正統政権を名乗る亡命政権があるでもなし。
何より問題なのが、今の日本政府がどう見てもアメリカの傀儡政権だと言うことですが、そうはいっても地図上の米軍基地をちらっと見れば、全身の急所という急所に刃と銃口を突きつけられた人よりもどうしようもなく占領されています。
23日
夢でコズミック・ホラーを経験してしまいました。
急な丘の上の自動販売機。そこに、いくつかフランスの大きめのコイン似たコインを入れる。
別の女が二枚入れた。
僕は転がっていた針金を輪にして入れたら、それも受けつけた。
そこには二つ、ビニールカバーの掛かった本が積まれており、それを手にする。
後ろを見ると小さな惑星があり、そこに被さっているインスタントラーメンのカップ。
それから、その惑星はただの岩ではなく中身があるのでは、その正体がその本に書いてあるのではという気になる。
つながるのかどうか。劇場のようなものがある鍾乳石じみた島。その島自体鍾乳洞内湖に浮かぶのかも知れない。
自分と、老人と、若い美男美女の四人。
美男美女は劇場に入り、そこで二四時間過ごして何事もないことを確認するという。
「発狂しないよう歌おう」と自分も、劇場内の女も何か歌い始める。
そして劇場をのぞいてはならないと知りつつのぞいてしまい、舞台の奥には背景絵を描くようなカーテンが見える。
その厚紙質のカーテンの隅に、何本かの縦横の線がかすかに見える。
それが直角二等辺三角形でなかったことが、老人にとっては重大のようだ。
そしてそのカーテンの絵柄、劇場の内部に、宇宙的な恐怖があることがはっきりと分かる。
本当にそれを見てしまえば確実に死より恐ろしいことになる、いやもうそれは避けられない、と。
はっきりとわかります、そこで目が醒めていなければ死んでいた、と……死体の安らかさとは違い、魂そのものが想像を絶するほど恐ろしい滅び方をしていたと。
22日
「これからの正義の話をしよう」では、正義と魔術の関係、法道徳・宗教律法の魔術的解釈を徹底的に避けています。
法や社会、道徳などを語るのに、魔術なしで語れるのでしょうか?
道徳の源泉は「…したら(しなければ)神が怒って世界を滅ぼす」ではないのでしょうか?
また「トロッコ問題」がそれほど重要であれば、それはせいぜい人類にしか妥当しないものです。
もちろん「合理的な」つまりトロッコ問題においてハンドルを切るのと男を突き落とすのとを同一視する視点は、人類にはまったく説得力がありません。
宇宙戦艦や電波通信ができる種族で、トロッコ問題で後者を選ぶ種族があったら、道徳哲学は深刻なジレンマに陥ります。
すなわち、トロッコ問題は威張れた話ではないのです。人を突き落とさないから人類は宇宙で最も道徳的な知的種族だ、などという考えが出るのが目に見えていますが、それは間違っています。それは人類固有の基準において高いだけなのです。
またトロッコ問題で突き落とさないのと同じような、ヒューマン・ユニバーサルズに属する「好み」は、焚書坑儒・魔女裁判・ホロコーストを引き起こしてしまうものでもあるのです。それらを行った連中は、人間の中で最も道徳性の高い人々だったのです。
そして、リバタリアニズムは本当に自由市場主義なのでしょうか?
単に「人は生来奴隷と貴族に生まれ、それは別の生き物だ。貴族が贅沢をし、汚らしく生まれた奴隷は家畜と同じく鞭打たれて働き、気まぐれに拷問虐殺され、飢え死にするのが世界の正しいあり方だ」というのが本音では?
それが本音でないことを証明することはできないのです。
さらに、単なる人種差別主義……有色人種は犬や豚と同然だ……でないことも証明できないのです。
また、ロールズの思考実験……来世で何に転生するか分からない……も、リバタリアニストは拒絶します。
両者を区別する方法はあるでしょうか?
結局のところ「神権的で誰もが同じ宗教を敬虔に信じ、家庭では誰も反抗せず悪事をせず意見など存在せず、身分制度はしっかりして貴族は空前の富を楽しみ奴隷たちは惨めに餓死する世界」を理想社会とする人々がいるかのように見えます。
逆に、別の側からある人たちを見れば、悪平等の地獄がそこに見えます。
また、自由を尊重すると言っていて、戦争のための諜報・拷問・理由なしの逮捕拘禁、言論・出版・内心の制限などをほぼ無制限に容認しているのがリバタリアニストのほとんどでは?
さらに、新保守なき新自由主義などあるでしょうか?
リバタリアニストで、どれだけの人が本気でナイフ規制に反対するでしょう?
そう……「誰もが聖書を道徳の指針とし、アメリカの勝利のために生きる」ことと、「人は自由である」ことは根底的に矛盾している……本当は自由ではなく、「キリスト教神権国家・戦争企業国家・身分制超格差国家」こそ理想なのでは?
まあそう批判するだけで共産主義者・テロリストと呼ばれかねないのですが、それは単に「自分を批判するものは悪だ」という人間のごく普遍的な感情なのです。
21日
僕がまったく知らないこと。
僕は今世界中で、一千万以上の人間が集まる超巨大都市が二十以上あることは知っています。
その多くが極貧のスラム住人だとも。
でもその人たちが、何をしてとりあえず餓死せず生きているのかはまるっきり知りません。
どこで生産された食料がどのように運搬され、どう調理しているか知りません。
燃料はどこから得てどのように燃やしているか知りません。
どのように糞尿を処理しているか知りません。
それほど多くの人が貧困であることを見るのか、それとも生きていることを見るのか、どちらであるべきでしょう。
そして、今突然スラムの人たち全員が消滅したら、世界経済はなんの痛みもなく続くでしょうか。
それともその人たちも必要な要素で、消えたら世界経済は崩壊するでしょうか。
20日
エロゲ歌でミュージカルやれたら楽しいかも。エロ要素なしで真面目に。
ショーのダンスで、まああまり性的な言葉を含まない歌でなら、考えられるシーンはたくさんあるのでは?
ゲームやアニメは膨大な量の曲を日々発表しています。エロゲも含めて。
その中には、玉もあるのです。
19日
十八歳の時点で、自分が何を仕事にしたいのかわかっている子とわかっていない子に分けられます。
しかし、「大人の言葉」はどちらに対しても否定的なのです。
何をしたいかわかっている子には「夢を見るな」「現実は厳しいんだ」「現実的になれ」、わかっていない子には「夢もないのか、だからゲーム脳は」「自己分析が足りん」です。
というか、「熱意を持って」と「したいことにこだわってはならない」と、なぜこれほど矛盾しているのでしょう?
企業が就職試験で、きわめて強い意欲、自発性を求め、しかも入社後はどこの部局に割り当てるかが恣意的なため、デザインの勉強をした子を経理部に振り向け、「頑張ればデザインにいけるなんて夢みて甘ったれるな、経理の仕事を本当に好きになって全力を尽くせ」とやるのです。
ならなぜ最初から、経理を専門に学んだ子や中途退職した経理経験者を雇わないのでしょう?
それでいて強い意欲を求める、さらに「企業ブランドでばかり選ぶな」…ここまでくるとどうしろと?
要するに、「貴社にさえ入れればいいのです。どんな仕事でも全力で頑張ります!」という人が欲しいと。
ならば自己分析は不要では?なのになぜ自己分析とか意欲アピールとかが必要なのでしょう?能力だけでいいのでは?要するにデザインと簿記と…と、「当社に入りたければこれとこれとこの資格を」でいいのでは?
学歴も、はっきりと「つまらないことを頑張る忍耐および自己管理免状」なんですから、合格通知が来た時点で入社させていいのでは?大学で四年も空費する必要はないのでは?
本質的に、ある種類の仕事をしたい、という意欲は、存在してはならないのでしょうか?そこでも矛盾したメッセージがあるのです。
わかっている子にはそれぞれ向けの、現実的になすべき事、不可能ならばどのように不可能なのか……どうしてもやりたければあとどれだけ勉強しなければならないのか、または肉体的に絶対不可能なのかを教えるべきです。
わかっていない子には?
なぜ、意欲を持たなければならないのでしょうか…どうせ否定される意欲を?
さらに学問そのものの価値はどう考えるべきでしょうか?人が学ぶことは、経済が成長し、一人一人がより高い給与を得るのに役立つのでしょうか?
なぜ知識の時代にこれほど、名ばかり大学不要論が高まるのでしょう?
全入の大学に進学した人たちがやったことは、高卒であった場合よりも能力を高めることはまったくないのでしょうか?あと高卒の就職先もないという事実は?
まあ「就職のための忍耐および自己管理検定」と、仕事のための専門知識を得る学校と、学問の大学を分けたほうがいいでしょう。
18日
ちょっとした物語のアイデアを思いつきました。自分で(小説ででも)描くことができるかどうかは…
「受けない殺し屋」
一家で堂々と看板を掲げて営業している「殺し屋」。だが、彼らが実際に人を殺すことはない。
殺す以外本当に、何をどうしてもどうしようもない事態以外は殺さない、ただそれだけのこと。
警察に通報するから始まって、合法的なありとあらゆる手段を使えば、殺さないで解決する道は必ずあるものだ…
17日
人間を理解する…実験室で異星の生物を調べるように。
「摂氏五百度の鉄片を当てたら特殊な呼吸をして大気にある波長の振動を出し、それを避ける動作をし、また体温が低下して皮膚近くの血管が収縮し、大小便を失禁し、血管内に脳から特殊な化学物質が分泌され、それによって体の細胞にこういう変化があり、脳細胞のどこがどう活発になり…」
さて、そのどれだけが心理学の領域で、どれだけが生理学の領域でしょうか。
心理も生理もない、全体として扱えばどうなるのでしょう。
人類はマウスやアメーバに対してはこれぐらいのことは散々やってきているのでは?
16日
算数を学ぶには、「この問題にこの答えはまちがいです。どうしてまちがえたのでしょう?」という問題のほうが有益かも知れません。
たとえば、僕は今日188円の商品を買うのに、十円玉と一円玉が余っていたけれど百円玉がなかったので、自信満々に10033円出しました。
ではなぜそれで、おつりがきれいにならなかったのでしょう?
単純に、そこでは「釣り銭」の引き算の順序を間違えたのです……88から33を引いてしまったのです。
全体の計算としては、単純に繰り上がりの存在自体を忘れて、88と33の、8-3,8-3と考えてしまったこともあるかもしれません。
そのような、興味深く、よくある間違いの例をたくさん分析させることによって、より深い理解が得られるのではないでしょうか……小学生には。
他にも分数の割り算などについても、典型的な間違いを分析するほうがいいでしょう。
またより上の学年の問題になりそうですが、三大作図問題・フェルマーの最終定理の、間違った証明を集めて読ませても興味深いかもしれません。
それを送ってくる人がたくさんいるそうですが、その中に本当に独創的な間違いができる人は皆無でしょう……独創的な間違いができたとしたら、それはそれで充分すごいですよ。
15日
漫画弾圧は決して止められない。
「当たり前」が、津波のように押し寄せてくるように感じます。
当たり前のこと、反対するほうがおかしい。
それほど感性が違うのです。
言論・思想弾圧の危険性、道徳と法の分離というのは理解不能で邪悪のきわみだったようです。
そして、道徳と法が一体で悪しき物を禁じるべきだ、という発想が政治の世界では圧倒的に、桁外れに強く、しかも断固たる意志をもってずっと続くのです。どれほど抵抗しても、雪崩や津波に抵抗するほどに無力、という感じが強くします。
端的に言えば、石原慎太郎が断固として進めることは誰にも止められない。石原慎太郎が正しい、というのが、日は西から昇ると同じぐらい、この世界の絶対の前提。
さらに、児童ポルノ問題だったはずが、犯罪ではない同性愛・近親相姦というもっと深い道徳の問題にすらなってしまって、決して止められない。
勝てない。
しかも石原都知事のとんでもない差別発言の連続に、何一つ批判さえない。どうなっているのでしょうこの国は。
ごくわずかな変な連中以外、正しい普通の人たちは誰もがあれと同じ考え方で、その考え方が正しいんだ、こっちが考え方感じ方を変えるべきなんだ。
天道は非だ、もう生きていたくない、というのが正直なところです。
僕とは考え方が、底の底から根本的に異なる人がこの国で圧倒的な権力を持っているし、また僕とはあまりに違う考え方が世界全体を支配しようという潮流があるのがはっきりと見えてしまいます。
日本における、民主主義と自由民権運動そのものの断末魔、悪魔の哄笑に聞こえます。
僕の単純な原則。
魔女裁判・焚書坑儒は無条件に悪。
表現の自由の侵害は内心の自由の侵害につながる、悪。
法と道徳は分離すべきだ、官憲の取り締まりで社会の道徳水準を操ろうとすべきではない。
取り締まりで社会を良くするのは無理、社会はなるようにしかならず、ポルノも含め自由度が高いほうがいい方向に行く。
自分の正義感自体を疑うべきだ。
反全体主義、人間の不完全さを認める。
それが誰とも共有できない、僕だけのきわめて奇矯な前提であるような気がしてならないのです。
人間とは何か、人間社会は根本的にどうあるべきか、それ自体が徹底的に異なっている、少なくとも権力を持つ人全員が僕とはまったく違う生き物である気がするのです。
そしてポルノに関する考え。
ポルノをなくせば欲望もなくなると信じているのか。
絵で表現されたものが人権を侵害すると信じているのか。
そして、ポルノが禁じられたら悪しき性を持つ人はどう欲求を満たせばよいかについて思考停止する態度。
それどころか七歳と十七歳を区別しない、十七歳の子の性欲に対する配慮が皆無。思考停止。
さらにそれ以前に、道徳的に正しい社会にすれば、人は皆道徳的に正しくなるという確信。
自分が「悪」と思うこと、感情的な不快感を、法を変えて社会の自由度を下げる理由としていいという確信。自分の善悪に関する感情を疑わないこと。
僕はそれは傲慢であり、地獄への道を舗装する善意であり、人間の虐殺欲と同様に邪悪な本能の一つだと確信しています。
人間それ自体、魔女裁判と焚書坑儒が骨の髄から大好きで、魔術儀式で世界をどうにでもできると信じている馬鹿だと思っています。
また僕が疑っているのは、魔女裁判の魔術儀式の面……聖書が魔法を禁じているから魔法を使う者を焼き殺している、と言っていながら、彼らがやっていることは社会の不安を紛らわすために「生贄を焼く」魔術儀式にほかならない、ということ。ポルノを焚書すれば世界は良くなる、と言う考え方自体、僕はそれとまったく同じだと確信しています。
何より危険なのが、「風潮を」という文言自体を疑っていないこと。
法で風潮を定め操ることができる、それが正しいと、何の疑問も抱いていない。それに疑問を抱く僕は、彼らから見れば全く理解不能で叩きつぶすべき害虫に過ぎない。
さらに、妄想自体を禁じて良いという考え方、内心の自由に対する無理解がはっきりと見えること。
僕が恐いのは、あらゆる表現や内心が取り締まりの対象になり、魔女裁判と焚書坑儒が横行する社会です。
世界全体で、そちらに向かっている容赦ない潮流が感じられるのです。児童ポルノを突破口に。
それを止めたいと思う人自体がほとんどいない、児童の名で恐怖を煽ればなんでもありになる、そんな恐怖が。
より多く規制法が、より多い本を焼く煙が、より多い鞭が、より権限の強い警察が世界をよくすると皆が思いそちらの方向に動き、どんどんものの言えない、締め付けの強い、生きることすら難しい世界になる、という恐怖。
何より児童性愛はポルノをなくせばなくなるのか、それとも地下に潜るだけか。
もうわかっている、ポルノをなくせばいい、犯罪者を際限なく厳罰に処すればいいという「あたりまえ」衆と、「何も知らない」僕。
もっと単純に言えば、この条例を推進している勢力の本質がやばい感じがするのです。
石原氏ら権力者の意地。
より取り締まり範囲を広げたい、表現や思想の範囲まで取り締まりたい警察官僚。官僚そのものにある、社会・言論・思想統制の本能というべき傾向。
力を見せつけ、また世界をよくしているという実感に酔う宗教やPTAなど「道徳圧力団体」。
それらが凱歌を上げるのを、なぜ容認する人が圧倒多数なのでしょう。民主主義に背を向けるのが思想的流行だから?その根底的な、激烈な憎悪に共鳴して?
もう生きていても仕方がない、これから坂道を転がり落ちるのは止められない……もう死んでしまえば残りの世界がどうなろうが知った事じゃない。本を閉じてしまおう。そんな思いがあまりに激しくします。
14日
市場経済が成立するには多くの前提が必要です。
火山噴火や小惑星の衝突、偶発的核戦争などで核の冬状態になれば、市場経済は成立しないでしょう。
アメリカの大都市が核テロで消滅すれば、少なくとも国際貿易には多大な支障が出るでしょう。
地磁気の異常から、全人類から宗教心が消え失せても、また宗教心が増大しても、どちらにしても市場経済は成立しないでしょう。
日本では、年間に何人ぐらい餓死しても市場経済は成立するでしょうか?何千人、何万人でも問題ないでしょうか?
それとも多ければ多いほど、誰もが自助の精神を身につけて努力するから経済はよくなるでしょうか?
少なくとも年に三万の自殺、十万の自殺に近いと思われる不審死でも、今のところ日本は混乱してはいません。
生活保護制度を廃止したら、市場経済は成立するでしょうか?
13日
ファミレスにあるドリンクバー・スープバー・サラダバー・ブレッドバーだけの、ファストフード店サイズの店があれば…安く食べ放題が売りで。
人間そんなに食べられません。
またはコーヒーとスープと数種類のパスタだけとか、白ご飯・五目ご飯・チャーハン+カレー・味噌汁・スープだけの食べ放題店も楽しそうです。
まあ僕にとって最大の天国は、どこかにあるそうですがケンタッキーフライドチキンの食べ放題なんですけど。
12日
「自殺はここでしなさい、ここなら楽な自殺手段とその後の清掃や埋葬をしっかりやりますが、ここ以外で自殺すれば犯罪として遺体を辱め名前を公開して遺族の名誉を脅かし、遺族に莫大な罰金を請求します」
「身代金目的誘拐・恐喝はこの業者を用いてください。誘拐ならば確実に身代金を犯人に渡して安全に逃走させ、だからこそ人質は確実に解放させます。また恐喝も適切な額のみいただいたらその情報は全て処分し、追加要求は絶対にしませんし、恐喝者が勝手に追加要求をしたらこちらで地の果てまで追って処分します」
どちらも社会にとって多くの利益がありますが、道徳的に悪とされるためにできません。
ではその道徳そのものは、どれぐらいに金銭換算できるでしょう。
迷惑な自殺による不利益…鉄道の損害・賃貸住宅などの損害・稀なケースですが飛び降りに他人を巻き込むことなどの損失は莫大な金額であり、金額である以上計算可能です。
また身代金目的誘拐において、身代金受け渡しの失敗による人質殺害はしばしばあり、その損失も生産可能です。
恐喝がエスカレートしたり、追い詰められて恐喝者を殺害したりすることによる社会の損害も計算可能でしょう。
それでは、公的自殺場や誘拐・恐喝仲介業者のもたらす害は、金銭的に計算できているのでしょうか。
11日
景気がよくなる、経済が成長するというのはどのようなことでしょう。
どんな条件が必要なのでしょう。
古代の話として考えてみましょう。
ある村の漁師が流され、未開拓で大きな、広い肥沃な草原と森に覆われ魚も豊か、多くの鉱山もある島を見つけました。
春には往路、秋には復路に向けて吹く風もあるので、帆を張れば往復できます。
では何をするか?そこに、何人か余剰人口と、家畜のつがいに作物の種もつけて送り出しましょう。
そこの人々はそこを開拓し、人口を増やします。それで併せた村の人口が増え、合計した村が持つ人口・家畜・金属の量はとても多くなります。
その障害は
・そこの森を切り倒せる斧、土を耕せる鋤、河をダムにできる技術がない、伝染病のため人口も家畜も増えない……技術水準の低さ。
・先住民が手強くて追い返される……軍事力。
・余剰人口自体がいない……人口そのもの。
・船を作れるだけの資材資金技術が乏しい
これらは技術水準を高めることで解決できます。
・シャーマンや王が禁止した
これが難しいところです。ある意味どうしようもない。
同様に、近代社会では「新大陸の発見」「技術水準の向上」はどのようなことでしょう。
新大陸は今の地球にはないですが、たとえばアマゾン流域などは今もハイペースで、これまで開発できなかったところが農地化されています。
また、中国や旧ソ連や東欧のような、これまで交流がなかった地域が変化したこと、また古くはパナマ運河、新しくは新しい港や鉄道の整備、コンテナ技術なども新大陸の発見と同様でしょう。
さてそこには?
貧困な人々がいます。少なくとも手足としてはすぐ使えますし、旧東欧など地域によっては高等教育も受けています。
未開拓の農地もありますし、すでに農地化されているところも化学肥料・動力ポンプ・新品種などで収穫は何倍にもできます。
さて、それが経済成長につながるでしょうか。
収穫が何倍にもなったとしても、化学肥料などの代金として全部取り上げられたら、少なくともその地域の人々の手元に残る分は増えません。
そうなれば、そこの人々が新しく冷蔵庫を買うことも、隣の森を切り開いて農地にすることもできないのです。
今先進国の中流に起きていることは何でしょうか?
そして世界全体は、新しい森を切り開いて成長すること自体が止まったのでしょうか?
世界全体の経済成長は?
実際に世界全体が、小さい政府、自由でグローバルになったらどうなるでしょう?
環境問題は?惑星自体の限界は?
10日
就職氷河期に、当時得られる情報で、凡人はどうしていれば?
失われた二十年の、特に派遣村とライブドア事件のメッセージは、要するに「レールから降りれば死あるのみ」です。
だからみんなが大樹にしがみつくのは当然です。
でもしがみつかれる大企業は、少数のスーパーマン以外非正規でいいので必要ありません。
となれば、スーパーマン以外死ぬしかないのです。
そして今は?とにかく就職活動で、成功しなかった脱落者は執行猶予二十年の死刑だ、ということでしょうか?
9日
「財政が持続可能でない」とよく言います。
では、財政を税収に合わせて減らした社会は持続可能でしょうか?
どちらも持続可能でないならどうすればいいのでしょう。
福祉や消費税についていろいろ言われますが、要するに問題なのは、あんたの言うとおりにした場合、一番弱い人は将来飢え死にするのかしないのか、です。
さらに現状の延長や、今あんたが批判しているその政策でも。
というか、道路と、セイフティーネットなし改革の二択しかないのでしょうか?
本当におっしゃるとおり実現したらどうなるでしょう。
どれぐらいの餓死者が出るでしょう。
中小企業の倒産による経営者の自殺はどれだけの数になるでしょう。
自殺に至らなくても借金で犯罪を犯したり親の葬式にも行けなくなる人も多数出ます。それがどんな数であっても無視していいでしょうか?
介護を受けられず、汚れたまま斃死する老人はどれだけの数になるでしょうか?家族に殺される老人と加害者は?
ある程度以上「不幸」が増えたら社会が持続できない、それが全体主義になることも多いのでは?
僕は国が破産しようと、またはどんな自由化路線であろうと、または現在のシステムを変える力が誰にもなくても、とにかく「誰も餓死させない」ことだけは徹底してほしいです。
それこそ配給制が欲しいぐらいですよ、飢え死にしないだけの最低限の食料と水と住居またはテントと寝袋と燃料。常に全員にそれが配給されており、いつどうなろうと誰も餓死しない保証が。
それと「自殺せず破産できる」については最低限を確保しての徹底自由化なら文句は言いません。
8日
不思議なことに、「自虐史観」といわれる側の本を読むと、奇妙な不快感を感じます。
その不快感を感じること自体、僕は歴史修正主義の人非人だ、ということなのでしょうか。
内面からその通りだ申し訳なかった平和のために命を捧げよう、と粛然とする内面以外は邪悪で存在してはいけないのでしょうか。
まず思ってしまうんですよ、この人たちにタイムマシンと狙撃銃を渡してやりたい、歴史がどうなればよかったんだろう、と。
7日
「甘えるな」という言葉もかなり強い魔術を持っていますね。
どんな苦痛も当たり前。どんな欠乏も当たり前。完璧で当たり前。鞭を惜しんでは子供は育たない。
というか、爪をペンチで引っこ抜いて真っ赤に焼いた鉄片を当ててから、泣き叫ぶところにアムネスティとかの報告を見せて「この程度で泣くな、甘えるな!こんなの拷問とはいえないんだ、この何百倍も残酷な拷問を受けている人間は世界に何万人もいるんだ」といわれれば、痛みは消えるのでしょうか。
痛いものは痛いのでは?
「みんな苦しい」というのは、「自分は今苦しい」をなくせないと思うのですが、なくさなければならない理由だそうですね。
拷問台で体の筋をねじ切られ、皮爪を剥がれ焼きごてを当てられている人に「おまえより辛い思いをしている者はいくらでもいる、その程度のことでわめくな、心頭滅却すれば火もまた涼し、おまえなどたくさんの人の一人でしかない、他人を見て思いやれ、自己中心的になるな」といっても無茶な話では?
辛い思いをして自己中心的になっている人…その辛い思いは主観でしかない人。
あまりにも多いですが、その人たちはただ責めればいいのでしょうか?
本当に本人の主観には、客観的に幸せに見えても…飢えていないとか愛してくれている人がいるとか…その魂そのものが本人にとって拷問に他ならないことはあるのでは?
それもやはり、痛いものは痛いのでは?
全て自己責任だ、というのも思考停止の一つです。
人の魂が高貴なのも下劣なのもある意味生来であり、それを自己責任といわれてはたまったものではありません。
6日
アメリカのスペースオペラ・ミリタリーSF、そして日本のロボットアニメを比較してみると面白いことがでてくるかもしれません。
「宇宙から異星技術がもたらされ、それから異星人の襲来が予感される」としたら。
アメリカSF:軍隊を編成し、全体の技術水準を高める。主人公は訓練を受けた職業軍人。戦闘は白兵戦中心(パワードスーツぐらいは許容されても)異星人やその兵器にも、銃やミサイルも一応通じる。(ポスリーン・ウオー/ジョン・リンゴー)
日本アニメ:巨大ロボット兵器を二機造り、一方は地球の反乱軍に奪われる。両方パイロットは軍人ではないそこらのティーンエイジャー。異星人の襲来も無視して延々と内戦が続く。銃やミサイル、人型でない兵器は異星人および人型兵器にはまったく通じない。
またはマクロスのそのまま。(マクロスおよびスーパーロボット大戦が例)
5日
塹壕戦の時点で、最も有効だった歩兵用兵器は「手榴弾を200mほど飛ばす鋼ばねのクロスボウ」と「口径は小さめだけれど鹿弾とスラッグの両方が使える、リボルバー式のショットガン」だったのでは?
4日
世代間格差以前に、いくつも前提を検討すべきです。
前提が異なる者が、自分の前提を明示せずに議論するのは愚かなことです。特に現状認識が違うのにその違いがわかっていなければ、どんなことになるかはおわかりでしょう。以下のことについて、一人一人自分がどんな前提で考えているか、再考してみてはいかがでしょうか?
1 生存権
●人は無条件に生きる権利がある。誰もが屋根の下に暮らし、貧困な家に生まれた子も教育を受けるべき
●所詮この世は弱肉強食、強ければ生き弱ければ死ぬ。それを否定するのはポルポトへの道だ
2 このまま大きな変化がない場合の将来像
●福祉制度には風穴が空いている。多数の人間が貧窮し、社会が崩壊するかファシズム
●現在の福祉制度は完全。生活保護でベンツ・ホームレスが糖尿病、問題などなくサヨクが騒いでいるだけ
●国家破産で国民のほとんどは世界の未熟練労働者の水準に落ち、多数が餓死することはどのみち避けられない
3 現状
●希望のない非正規社員と、サービス残業で過労死前提のブラック企業正社員の二極、福祉制度には風穴が空き餓死者自殺者も毎年多数出、精神が弱い者は刑務所に押しつけられている地獄の格差社会。楽に暮らしているのは一部既得権層のみ
●日本ほど格差のない国はありません。ホームレスが糖尿病になり刑務所で医療が受けられる人類史上空前の王道楽土
(●治安は崩壊している●犯罪は急減している●性犯罪は元々多いし激増している、警察発表は大本営発表)
4 未来の技術水準
●人間以上のコンピューター・自己増殖性ナノマシン・軌道エレベーターなどもっともっと進歩
●科学技術は現状が限界、太陽光・風力発電も石油の無駄遣い
●破局は避けられない・科学技術を捨てるしかない
●軍隊をなくし、大企業や国家から民が権力を奪えば、自然と人間を破壊するための技術ではなく幸せのための技術が発展する
5 教育と雇用
●仕事の絶対数は減り、人間そのものが多数は必要ではなくなっていく。特に家や車を買い子供を養えるような仕事は社会的に少数になる。ごく少数の超エリートと、比較的少数の飢餓国出身の超低賃金未熟練労働力だけで足りる。また企業が必要とするのは現場での正社員経験だけであり、職業訓練も高校も日本の大学も無駄
●選ばなければ、性根を入れかえれば仕事はいくらでもある
●高い教育を受けた人材が大量に必要とされる。教育によって誰もが優れた労働力としていい職を見つけることができる
(●コミュニケーション力がすべて●数学力こそ次世代では必須●実際には体育会系がもっとも幸せ)
(●中小企業は多くの人を必要としている●下請け構造で絞られる中小企業では生きられない)
6 財政
●国債でも政府紙幣でも刷ればいい。財政破綻はない
●自衛隊を廃止し、公務員の天下りを禁止し無駄を省き、消費税をなくし所得税の累進を上げ、内部留保や経営者報酬を搾り上げればいくらでも出る
●ないものはない。財政破綻・IMF管理は避けられない。福祉も公共事業もなし消費税30%になる
●環境など正しい分野に出せば経済が成長し税収も増える
●北欧を真似て消費税を大増税し安心国家に
●地方分権すればすべてはよくなる
●借金して公共事業しかない。九十年代に効かなかったのは『兵力の逐次投入』だったから
7 社会
●格差を野放しにし、多数の若者を社会から排除し続けていたら社会が崩壊する。企業福祉から公的福祉に再編し、中流を再建せよ
●苦しさを道徳に転嫁し、貧困者・犯罪者・外国人など悪を皆で焼き殺せば恐怖と憎悪と道徳で社会はまとまり続ける。最上なのは戦争だ
●小さい政府・大きい社会しかない。意図的に社会分を補うべきだ
●社会などない、焼け野原は避けられない、あらゆる社会は徹底的に解体され、社会不要の強者だけが生き延びるのが歴史の流れ
●福祉をなくして自己責任に徹すればみんな自立して豊かで幸せになる
●貧困国らしく、腐敗と血族の団結だけで国家など有名無実な社会構造が必然
8 チャンス
●史上空前に自由でチャンスにあふれた国、いくらでもやり直せる国だ。左翼政治屋が愚かなことさえせず、戦後教育で甘ったれ腐り果てた若者でなければ
●レールからはずれたら四十でもコンビニのバイト、起業の千に999は連帯保証で親戚も一家心中のやり直せない国だ。大企業・公務員志望は合理的
9 苦労
●老人たちは想像を絶する貧困と激務、ある世代以上は戦火までくぐり抜けている。今も極貧の中三当四落で猛勉強している若者はアジアに何十億もいる。日本の若者は甘えるな秋葉原犯人の生活は王侯貴族だ、飢餓状態・極寒酷暑の坑道にボロ服・年中無休一日二十時間労働・鎖と鞭と南京虫に回虫があたりまえの人間の姿だ
●若者の希望のなさ、サービス残業とデスマーチの地獄は、高度成長でいい目を見た老人には想像もできない
10 家族・介護
●家族こそ社会の基盤である。介護は家族が行うのが美風だ
●家族も解体が避けられない共同体、家族介護は九割が老いる前に死ぬ世界の話。公が全員を介護すべき
●圧倒的に多い老人を介護するのは不可能。機械化か、社会が崩壊して生きられぬ者は死ぬかだ
●姥捨て山こそ美しい日本の伝統
11 精神論
●死ぬ気で努力すれば何でもできる。運も自己責任で失敗は努力不足、天は自ら助くる者を助く
●すべては運。産まれた年と親の年収で、統計として決まる
●豚として生きるより狼として前のめりに野たれ死ね。自分の頭で考えろ
●戦後民主主義教育がすべて悪い。道徳を取り戻せ。考えるな、くだらない自我など投げ捨て絶対服従で励むことが人になる道だ
12 目的
●社会を持続させる
●自分たちがやってきた契約(年金、年功序列など)が果たされること
●真の保守
●平和・平等
●世界が公正であること(平等を求めることもあるし、逆にリバタリアニズムもありえる)
それぐらいの前提のずれを自覚してやっと、世代間格差の問題に入れるのでは?
それこそ、問題がある・ないそのものが問題になってしまうのです……若者ならば「クーラーとファミコンで甘やかされ、失業してもパレスチナ難民に比べて贅沢に暮らす若者」「未婚率や非正規率が高く結婚もできず、派遣切りでネットカフェ難民の若者」のどちらを見るか、老人は「ネズミ講で逃げきり、日本の資産のほとんどを死蔵する老人」「未熟な年金制度のため激しい格差があり、多くは苦しい暮らしをしている老人」のどちらを見るかで問題そのものが一変してしまいます。
さらに解決策にしても「消費税を上げて職業訓練と生活手当のセット」「消費税と自衛隊を廃して」「自由放任・福祉廃止」「労働の自由化」「真の保守・道徳・徴兵制」「セイフティーネットつき構造改革の徹底」などあまりに鋭く対立し、貧困救済側さえ論が分裂しきっています。
私個人としては、単純に「無条件の生存権はきちんと」「科学技術水準を高める(特にエネルギーと介護の機械化)」「若者を教育し、仕事がなければ強引に探してでも社会の一員にし続ける」です。財源はといわれれば肩をすくめるしかないですし、元々機能しないかもしれませんが、生存権もない世界では安心して挑戦できません。
3日
スペンサー、V. I. ウォーショースキー、シッド・ハレー……
どんな強い人も、優れた拷問技術者からみれば平等なのです。
すべての人間は平等に脆い精神が詰まった柔らかい肉袋でしかないのです。
「どんな拷問にも屈しない」というのは、「首を切り落とされて死なない」と同様、絶対にありえないのです。
肉体もあまりに脆く、注意深く扱わなければすぐ死ぬ、丁寧に扱っても確率的に死ぬのだから面倒ですが、扱いをある程度理解すればほぼ確実にかなり生かしておくこともできる変な物です。
99%は最初の一日、充分な衝撃と恐怖と苦痛を加えれば何でも吐きます。
一部の人間は、自分は特別な存在どころか人間ではない……同じことですが……言うがままに自白するほかない惨めな、人間でも家畜でもないそれ以下の「被拷問体」であることを受け止めるのに数日かかります。
いわゆる意志の強い人間でも、睡眠を奪うだけで最終的には意思そのものが崩壊して錯乱し、何でも吐きます。
二カ月も掛けて丁寧に精神と肉体を崩壊させていけば、どんな無敵のタフガイも鋼の女も、家族すら喜んで売る最も惨めな肉塊に変わるのです。
フィクション上も歴史上も「拷問に屈しなかった」人は多数いますが、それは拷問者が下手なのか時間がなかったのか、目的が自白でなかったかのどれかです。
下手な拷問は最初は痛いけれどすぐ楽になります。死んで楽になることも多いです。
残虐な拷問でも一日二日なら持ちこたえる人はある程度います。または死ぬ確率もあります。フィクション上では短時間頑張れば助けが来ます。
司馬遼太郎「俄」の主人公は海老責めにも屈することなく自白しませんでしたし、「鬼平犯科帳」にも終始自白しない盗賊は何人も出ますが、それは拷問技術そのものの低さです。
小林多喜二の拷問虐殺は、最初から自白をとることではなく、残虐な死体を送りつけて周辺の人間を恐れさせる見せしめです。その脅しは今でもまだ効果を失っていないほどです。拷問という言葉を使うことすら誤りであり、拷問という精緻な芸術そのものに対する冒涜です。
ある水準以上の拷問に勝てる人間などいないのです……どんなに首の筋肉を鍛えても、ギロチンに勝てないのと同じように。
スペンサーやV. I. は、そのことをわかっているのでしょうか?聞いてみたいものです。
サラ・パレツキーはそこまでの目には合わせないのがV.
I. へのプレゼントだと書いていましたが、V. I.
本人はそのことを知りません。
2日
昔は親が子供が勉強するのを止めました。
今はクラスメートが子供が勉強するのを止めます。
またテレビもありますしケータイもあります。
これから階層社会化が進めば、昔の立志伝にあるように勉強したがる子供から、親が「うちに勉強させる余裕なんかねえんだ」と鉛筆を取り上げることになるのでしょうか?
もっと自然にいきそうで怖いです。
今親が大金払って大学に生かせた子が、就職超氷河期で膨大な量フリーターになろうとしています。
はっきりと「教育はペイしない」と社会が告げています。
それで今後、「精一杯頑張って大東亜帝国がせいぜいな息子を持つ親」はどうすれば?
寝ているうちに絞め殺して楽にしてやり、自分も自殺するべきでしょうか?
それとも分相応に、中国の炭坑にでも送るべきでしょうか?
ちなみに「学校で勉強したら評価されるシステム」をこれからちゃんと作るには何年かかるでしょう。
そして、学生の中の、勉強を軽視する文化が打破されるには?
それをうっかりして、大学で勉強したりしてかえって人生台無しにする学生も多く出そうです。
1日
景気が悪く、福祉などがなく人が大事にされないままだと、
●人が餓死する……日本の福祉システムには元々大穴が空いている。
特に今後激しい派遣切りが起きたり財政破綻で生活保護制度が崩壊したりしたら、教会のない日本は大量の餓死者を出す可能性が十分にある。●社会に毒……特に日本は中小企業の個人資産担保・連帯保証が厳しく取引先とも借金網があるため、一つが倒産したら連鎖倒産になり、再起できないどころか親戚友人まで自殺させられる。社会を構成する信頼関係に、水道管や血管に毒が流れこむように憎悪の毒が流れ、いたるところに染みこむ。
●若者が訓練されない……学校に職業能力をつける機能がなく(職業訓練や公的資格、各種専門学校すら職業能力として認められないのが現実)、正規雇用以外に職業能力をつける場がないので、学卒時にラインから落ちたら生涯職業能力を持たないまま、社会の正規の一員から排除され、将来的には極貧層・犯罪予備軍・(福祉があるとすれば)福祉依存層となる。
ちなみにラインに乗っていても、落ちたら社会自体から排除される可能性がきわめて高い。●起業が損になる……景気が全体によくなければ、起業するなどの冒険は胴元が儲かるように構成されている賭博同様、統計的な損になる。
それが知れてしまえば保守的な選択が合理的になり、社会全体が沈滞する。●希望が失われる……「真面目に働けば暮らせる」「勉強すれば上昇できる」「チャンスをつかめば成功できる」という前提が崩壊したら、道徳や遵法が報酬を失う。
「選ばなければ仕事はいくらでもある」「ホームレスが糖尿病」「生活保護でベンツ」などプロパガンダや若者の精神の問題にしてバッシングするなど敵をつくって攻撃したりしてごまかせるかもしれないが、遅かれ早かれ破綻するか、憎悪が暴走してもっと悲惨なことになる。
という弊害が考えられます。
それはかまわないのでしょうか?それによる、社会自体の損はないのでしょうか?道徳が一度失われたらとりかえしがつかないのでは?
ただ問題は、それは歴史の流れそのものであり、景気とは関係なく止めようがないとしたら?今後は何をやっても景気は悪いままだとしたら…「〜をやれば景気はよくなる」という仮定命題そのものが誤っているとしたら?
景気がよくなってもジョブレス・リカバリーしかないのだとしたら……
また、出したくても財政はもう破綻しているのだから、今後はもう「重税無福祉国家」しか選択肢がないとしたら、それはどのようなものとなり、どのように運営するのが最善でしょう。
IMF管理となった破産国家たちの歴史は、どのようなことを語ってくれるでしょうか?
本当に「自助」でうまくいっている国などあるのでしょうか?後進国化はどうすれば防げるのでしょう?といっても無政府状態で殺し合って国民が全滅した国は、少なくとも報道で聞いたことはないのですが。
それらはどうフォローすればいいのでしょうか?餓死しそうな人を食わせ、ホームレスには屋根をやり、連帯保証はどうにかし、自殺せず破産できるようにし、若者を訓練して居場所を与え、起業が得になるようにし、希望を与えるにはどうすればいいのでしょう。もし今後いい職がどんどん減り、財政が破綻するのが必然なら。
特に保守的な人は福祉削減を叫び自助を訴えますが、憎悪をあおって落ちた者を殺し、生き延びた強者だけの「筋肉質の美しい国」は、現実に機能しうるでしょうか?
さらに格差社会が正しいという価値観がありますが、その行きつく先は膨大な犯罪では?
中流崩壊・草の根共同体崩壊が時代の流れなのに、そこにどんな保守があり得るでしょう……道徳と軍国主義で狂う以外に。
しかも、ファシズムの重要な側面であった公共事業や平等指向は、今回は使用不可なのです。
自己責任と自由経済を暴走させ、社会を崩壊させて金を絞り出し、その上で道徳も同時に暴走させて治安は安定させる……あまりにも微妙な綱渡りでは。
第一、日本における保守が、なぜ天は自ら助くる者を助くとか、自助とか、働かざる者食うべからずとかバークやスマイルズやパウロを引用するのでしょう?
日本の保守は仁徳天皇・光明皇后の仁慈ではないのでしょうか?
世界が苛酷であれば苛酷であるほどよい(または、苛酷だ、それが当然だと主張し続ける……同じことだが)価値観?思想?
子供は動物に過ぎない。子供の権利など戯言だ。容赦なく鞭打ち、いかなる権利もない家畜として絶対服従させ、厳しい軍隊式鍛錬で徹底的に締めつけ、あらゆる娯楽を奪い、暑さ寒さを徹底的に浴びせ、不合格な子供は安楽死させるべきだ。
厳しければ厳しいほど、鞭打てば鞭打つほどよい子ができる。
大人になれば睡眠も食事もろくになく、長時間の重労働で働き抜いて早めに死ぬほどがよい。平均寿命一カ月のポトシ銀山が人間には正しいあり方だ。
人権は間違った考え方だ。スパルタこそ理想郷だ。
天は人の上に人を作り、人の下に人を作る。それでいてひたすらな努力と自己責任が正しい。
世界の大半の人が極貧で、常に多数の人が餓死するのは当然であり、唯一正しい世界のあり方だ。
それを否定するのは邪悪な共産主義者・リベラルであり、叩き潰すべきだ……
弱肉強食、自然淘汰で敗者の餓死者が路傍に溢れて悪臭を放ち、鞭を惜しむなならぬものはならぬ、得られる情報も大幅に制限され、常に鞭に生皮を剥がれ、悪書追放で本もマンガもメディアは厳しく規制され、罪を犯した者・集団が悪だと指さした者はすべてできる限り残虐に拷問虐殺される、それが日本の保守の理想国家のようです。
その思想を、きちんと言葉にして主張して欲しいものです。実際には圧倒的な多数を支配する、最も強い思想なのですから。
ただし、個人的には護憲信者に社会民主主義の名を名乗って欲しくないのと同じく、弱肉強食+鞭主義者に日本の保守だと名乗ってもらいたくはありません。それは古代の天皇が許さないでしょう。
そして、僕はそれは、あらゆる人間の奥にある邪悪、すべてに対する憎悪そのものであると確信しています…左側も、特に自由を嫌い全体主義を好む面は。
地獄絵図でない、誰も餓死せず自由な国、というのは無理なんでしょうかね。