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30

これからの社会と経済を見るのに、「前提」を問い、そして「目的として何を選択するか」を問うことで、選択ツリーを作って考えましょう。

ここで問う前提はひとつだけです。「今後、先進国の下半分以上は、教育・職業訓練で、安定した収入を稼げるのか」
それがYesであるなら、政策で職業訓練・無償教育を充実させることが、事実上全てを満足させる答えです。
Noであれば。

何を目的にするか。「現実否認・伝統維持」「生存権」「強い者が生き残れればいい、また社会主義にならないこと」その三つが考えられます。

現実否認・伝統維持は、人間のもっとも強い感情です。
左右ともきわめて強くそれがあります。左側は、職業訓練も教育も今や無効であることを否定し、内部留保や富裕層課税、軍備廃止が万能薬だと主張し続けます。また右側も、前提が変わったことを認めず、これまでの家族の枠組みにしがみつき、非正規社員を人間と認めず社会から排除するなどします。
それらは、幻想に浸れる人にとっては幸せな状態を維持します。しかし、社会全体のダメージは増します。
落ちた人はより貧しくなります。その結果、弱者はただ窮乏し自殺するか、または貧しい人が増えれば衣食足りて礼節を知るが崩れ、消費も減退することで社会が壊れるか、です。

生存権を重視すれば、教育しても使い物にならない人を無条件に生かす…ベーシックインカムや負の所得税しかありません。また非正規社員や婚外子に対する偏見を取り除き、それらも社会の正規の一員として生きられるように社会システムを動かす必要があります。
問題なのが、それが持続可能な形で可能なのかです。
そうしようとしたら財政が壊れたり、道徳が崩れる結果国が滅びるかもしれない(僕自身は道徳と亡国は関係ないと思ってますが、他の皆は関係あると思ってます)のです。

強い者が生き残れればいい、また社会主義にならないこと。
改革を進め、脱落したもはや不要である人は殺す、生存権など認めない、ということです。
これはとても支持が大きくなっていますが、可能でしょうか?
道徳を強めることで、弱者であることは罪である。だから死ね…むちゃくちゃに見えますが、今の日本はそれが機能してしまっているように見えます。
でもそれが、国民の半分以上をそれで自殺させることができるでしょうか?できたとしたら空前の偉業です。
できなければ、虐殺を考えなければなりません。その虐殺のための暴力装置、思想宗教的背景も。それを機能させることができれば、それはそれで偉大です。
大抵の改革派は、単純に「多くの人が脱落する」ことを、否認しているだけ、考えていないだけです。
ナチスドイツやソ連の強制収容所には莫大な費用がかかり、その死体処理もとても大変な仕事だったということを考えていないのです。虐殺事業自体が「大きな政府」を作ってしまうことを。
おそらく、財政が破綻しているならガス室の建築と運営は財政的に不可能でしょう。

スペインの失業率を見ても分かるように、「先進国の下から、半分から九割」は今後脱落します。
さて彼らはどうすべきか。
変わらないと信じてしがみつく、社会主義、どちらも誤り。唯一正しいのは、千に一つに賭け、失敗すれば潔く自殺せよ。
それが正しいのだとしたら、正しさなどくそ食らえです。
発狂して死ぬのが一番楽でしょう。

29

人間は徹底的に弱い存在です。
一匹狼を気取っている人も。
組織に属していることで虎の威を借りている人も。
どちらも自分は(自分たちは)強いと思っていますが、徹底的に弱いのです。

一匹狼を気取っても、組織の恐怖、組織が人の無意識を威圧する装飾には圧倒されるだけです。拷問には簡単に魂を砕かれます。

組織に属し考えを捨てている、自分の組織こそ絶対的に強い、といってもどんな組織も客観的に全体を見れば、極端に愚かな獣でしかありません。
そして文明崩壊の時には全ての組織やその物語、洗脳システムが消えうせるのです。
残るのは血縁だけですが、その人数の少なさは無力です。

だから神。それも愚かだといってしまいましょう。

28日

トラウマがこれほど致命的なのは不思議です。
人類が進化してきた中で、常に「トラウマになる」ことはあったはずです。
それで行動不能になっては子孫を残せなかったのでは?

27

小沢氏無罪…で、それが日本の政治をどう動かすでしょう。

客観的には、もう民主党政権の終わりは秒読み段階、重要なのは橋下氏と石原慎太郎氏の動きのみ、でしょう。
大連立とならない限り、小沢氏は過去の人です。

そして小沢氏は、どんな選択肢を我々に与えてくれるというのでしょう。
自己責任の元祖でありながら、バラマキと批判される民主党政策の根…著書から強い権威主義はうかがえますが。

いっそ、経団連会長が首相を兼ねるのが一番分かりやすそうです。

とにかく日本の政治は「一寸先は闇」が全てです。
次に自民党政権がまたできるのは間違いないでしょうが、その次は全く予想できません。

そして、今更ながら、小沢事件の重大性を国民は今どれほど覚えているでしょう…検察主権、という。
検察主権から国民主権に、わずかでも動いたでしょうか。
不祥事はいくつも報道されていますが、警察・検察に対する宗教的な信頼の強さはぴくりとも動いていません。

26

「世界偉人伝全集」にヒトラーやスターリンがいたらとても違和感があります。
では毛沢東は?金日成は?入れたがる文化人は多いでしょう。

レーニンは?トロツキーは?
コロンブスは?
ナポレオンは?チンギス・ハンは?織田信長は?彼らも虐殺者・圧政者ですが、当然入るでしょう。

シャルル・ド・ゴールはフランスにとっては英雄でアルジェリアにとっては虐殺者です。

エジソンやベルは当然入るでしょうが、彼らも負の面が次々と見直されています。

ですが、体勢に反抗した弱者の味方ばかりからなる「世界抵抗者伝全集」以外許さない、というのも、それが正しいのでしょうか?

伝記そのものが英雄史観であり、誤っているのでしょうか?

25

焼かれる恐れがある巨大図書館といえば、コミックマーケット見本誌もあります。

コミックマーケットは最初から、すべて一部ずつ見本誌を提出させ、保管されています。
莫大な文化財です。

反面、道徳を尊重し、女性の権利を尊ぶ人には、それはソドムとゴモラ、膨大な「非実在児童の性的虐待」そのものであり、存在しているだけでも世界を穢し、女性と児童の人権を侵害しているでしょう。

政治が焼却処分を命じないうちに、どこかに隠したほうがいいと思います。

そして一部ずつでなく、二部ずつ見本誌を提出し、その一部は利用可能な図書館で閲覧可能とし、もう一部はたとえ法律命令でも探し当てられないようなところに隠すべきでした。

24

大英百科事典の、最後の書籍版を買って、何千年も前のミイラが出るような砂漠の、とことん人里離れた地下深くに埋める…
これは、僕にもできる「善」です。

僕は他人に親切にしたくても、魂の底が悪で相手の気性まで思いやれないためかえって嫌な思いをさせます。
寄付は悪い結果を生むことも多いです。
ですが、「本を砂漠に埋める」ことは僕の人格や、人間社会の複雑さとは関係なく「善」であるはずです。

それに何の意味があるか、まずわからない人もいるでしょう。
まず、もしこれがあったら、どんなにありがたかったか想像してください…
ツタンカーメン王の墓にでも、アレクサンドリア大図書館の膨大な蔵書が、またはその最も重要な本だけでも、一部ずつ書き写され隠されていたら。
アレクサンドリア大図書館が、寄港者全ての本を没収し、写しを返しオリジナルを所蔵するとき、もう一部写してその写しを砂漠に隠していたのなら。
そうなっていたのであれば、古代の知恵の大半はアレクサンドリア大図書館と共に焼け失せたという史実ではなく、事実上全てを取り戻すことができていたでしょう。

そう思えば、今の我々こそそれをすべきなのです。

今の、日本の国立国会図書館やアメリカ議会図書館、また世界の多くの強国が持つ巨大図書館。私的な巨大図書館もありますし、博物館や資料館もあります。
どれもいつ焼かれるか知れないのです。
アレクサンドリア大図書館が焼かれるとは、何千年も誰も思っていはいなかったでしょう。ですが焼かれました。
宗教原理主義が歴史に勝利し、全ての本を焼き払う可能性はあるのです。核戦争で全ての主要都市が焼き尽くされ、わずかな生き残りが文明を作り直そうとするかもしれないのです。
その時に、その誰かが手にできるように、どんな暴徒の手も及ばないようできる限り多数のコピーを、長期間保存できる砂漠の奥に埋めておくべきなのです。

あちこちの国や財団が秘密にやっているかもしれません。
やっていないかもしれません。なら誰かがやるべきでしょう。
人類全体への、遠い未来を見越した、簡単な貢献です。

僕はやるかもしれませんし、やらないかもしれません。
これは秘密にするべきことです…やった、と書くだけでも、僕が生きているうちにタリバンが世界を征服したら拷問で本の隠し場所を吐かされ、本は焼かれます。
いや、やったかどうかわからない、でも拷問する理由にはなりますが、それをいうならこの文章を読んだ可能性のある全員、インターネットにつながり日本語を読める全員を拷問しなければならないでしょう。

そして、考えてみると大英百科事典だけでいいのでしょうか。
他にもシェイクスピア全集…何を入れるべきか考えたらきりがありません。
それは、私人がやるなら各自の好みで選ぶべきでしょう。公でやるならできる限り広く。
「大型リュック一つに隠せるだけの本」を、核戦争後の後世に残せるなら…これも、面白いブックリスト作りになるでしょう。

また、砂漠でなくても、徹底的に湿気と酸素を抜き、永久的に密封できる箱があれば、日本の山奥にも隠せるでしょう。そんな箱をどこかが作っていてくれたら、海外旅行しなくてもいいので楽ですが。

考えてみると具体的にどうやればいいかもわかりません。
エジプトやチリの砂漠へのパッケージツアーに、本入り大型リュックを持って参加して…パッケージツアーじゃ、人里から徹底的に離れたところに埋める時間はないでしょう。
現地ガイドの協力が必要で、そのガイドが場所を知っていれば、噂一つあれば掘り出されて売られてもわかりません。
相当旅行スキルが高い、現地で一人で家畜を扱うような冒険ができる人でないと難しいですね。

そう考えれば、密封箱で国内に埋めるほうが楽そうです。でもそれも、千年万年もつ箱なんてあるんでしょうか…青銅の厚板箱を真空中で、溶接?その溶接で、中身が高温で燃えないよう断熱材入れて、とか?
それでも万年もつのでしょうか…

ついでに。もしかしたら、本当にサハラ砂漠のどこかに膨大な古代の本があるかもしれません。
でもそれを探したら…冒険小説のパターンとして、各国のスパイや軍隊とドンパチの挙句、「これは人類にはよくない」と埋めなおすか焼くかすることになるでしょう。
キリスト教自体を否定する本が出てくるかもしれませんからね。
探さないほうがよさそうです、少なくとも今は。

23

種をばらまく野生生物と迷信にすがる人類、どう見ても生物の方が正しいと思えます。

人間は「理性」によっているというでしょうが、その「理性」が本当に理性なのでしょうか。
それ以前に「理性」とはなにでしょう。
科学ですら、人間集団は権力を握るとすぐに呪術集団、権力争い、疑問自粛カルトの構造をつくりだします。
その結果が原発事故、それで「科学」や「理性」を責めるのはどう見てもお門違いです。
責めるべきなのは、人間の思考停止群れを作る本能であり、それを自覚しないことです。

そして迷信……信仰・伝統。その実態は一体何でしょう?
感情……それも、動物としての動きの好みであり、進化心理学の問題です。
サバンナを彷徨する群れでは、その感情や迷信さえも、群れが生き延びるのに適していたのです。

ですが、これから人類が何千年も何万年も生き延びるには、そして生命が十億年後も生きていくため人類がその力を使うには、理性的に考えれば明らかに人類は「種をばらまく野生生物」とならねばなりません。
異常なほど大都市…温暖な河口地帯および沖積平野で大地震や大噴火がなかった短い時代、それが人類が都市生活をする条件でした。
それが何万年も続くでしょうか?
イエローストーンが噴火したら終わりという文明を、いつまでも続けるのは明らかに愚行です。
「一つの籠に全ての卵を入れるな」「広く卵や種をばらまけ」が正しいあり方のはずです。

22

絶対悪とされますが、なぜ悪いのかわからないことがいくつかあります。

質問に質問で返す。
両論併記。
相対主義。
進歩。
空想それ自体。
長いタイムスケールで考える。

ほかにも、意識できないだけで膨大にあると思います。

要するに、「言葉は誰にでも同じように通じる」ということ自体が幻想なのです。
言葉は対等な人間が意味を伝達するのではないのです。
権力者が権力を確認し、被支配者を貶め従え命令するためにあるのです。
また魔術の手段、神霊に命令して願望をかなえるためでもあります。

「質問に質問で返す」など、多くの意味不明に悪とされる言葉が悪とされる理由は、「発言する資格のない」従属者が言葉を返すのが悪い、ということなのでは。
言葉の暴力がこれほど有効なのも、言葉は武器であり、権力に深くかかわり、対等なコミュニケーションなど幻想だという証拠です。

テレビやインターネットで、言葉、いや表現全体がどんな方向に進化するか…幻想なしに、現実だけで考えねばならないでしょう。

21

生物多様性の維持、というのは正しく見えますが、端的に不可能なのでは?

ネズミやブタを撲滅することは絶対に無理です。そして世界のあらゆる場で、ネズミやブタは在来種を滅ぼし続けます。
まして、微小生物の中の侵略的外来種は、存在を知られてすらいません。

できるだけ多く、できるだけ自然に近い生活ができる動物園に保護する、せめてDNA資料だけでも保管する以外、できることなどないのでは。

20

悪の帝国といえば、スターウォーズの「帝国」に、正の面はなかったのでしょうか?
純粋に悪だけの帝国というのも、作る方が難しいと思います。

ユージャン・ヴォングによる大虐殺を思えば、共和国の勝利はいいことではなさそうです。

19

「想像をしてはいけない」「SFは悪だ」という、言葉にされない道徳がきわめて強く人々の間にあるようです。

また、たとえば反原発の人は、トリウム溶融塩炉を無視し、核融合や高速増殖炉は永遠に不可能だと決めつけます。
なぜあなたに判断できるのですか?

サハラ砂漠に大規模な太陽発電所を作り、ヨーロッパまで電線を引くデザーテックも、誰もが無視しています。
それ以前に、反原発も、反環境も、どちらも宇宙太陽光発電・軌道エレベーターを考えることすら拒絶しています。
見たくないものは見ない、見たくない技術は見ない、不可能だと最初から決めつける。
そんな態度が横溢しているのです。

マスメディアにそれが浸透しているせいで、僕はもしかしたら、無数のこれから育つかもしれないすごい技術の芽を、知らずじまいなのではないでしょうか?
どこにどんな技術の芽があるのでしょう?

SF以前に、「(コンピュータ以外)科学技術はもう進歩しない」が絶対の共通前提になっているのでは?

18

カルトに対抗しようとすると、その対抗者もカルトじみた心理にならざるを得ないようです。

たとえば、本来「家族」「世間」は本質的に宗教ですが、それほど強いものではありません。
しかし、家族が新興宗教にはまったら、「絶対に引きずり出さなくては」と必死になります。その必死さ、時には法律違反も辞さず、本人の自由を一切認めないそれは、まさに狂信です。
逆にそこまでやらなければ、カルトから人を救出することはできませんが。まあ、手術は成功したが患者は死んだ、があるようですが、「カルトにはまったままより死んだほうがいいのだ」……それ自体非寛容宗教です。

君が代も同様です。
国家それ自体が宗教です。
それに反対し、君が代を卒業式からなくそうと必死になるのも宗教、しかも不寛容の、異教徒が生きていること自体許せない宗教です。
その反対者を叩きつぶし全員が歌わなければならないと必死になるのも、また皆殺しか改宗かの不寛容宗教です。

そうそう、寛容は英語でトレランス。そして新しい時代の教育や社会構造の鍵は、ゼロトレランスでしたね。
僕は寛容が好きですが、多分僕だけ。

17

キリスト教…ユダヤ教、イスラム教もですが、その大文字の神を正しく示す「漢字」がありません。

現在使われる「神」「主」は誤訳に近いのです。「デウス」「天主」などの試行錯誤はありますが、どれも間違っています。
かといって、ユダヤ教のエホバ、イスラム教のアラーを、その音だけ表現しても、キリスト教の神が表現できませんし、それぞれ別々の存在となります。

いっそ、ユダヤ教の「神聖四文字(テトラグラマトン)」のヘブライ文字そのものを図案化して漢字にしていれば、まだ通じたと思います。
ヨーロッパ語の聖書では、旧約聖書の「アドナイ」など複雑な歴史があるので、この話はそれらに相当深く通暁していないとできないかもしれません。
まあそれだと、イスラム教徒が「うちのアラーは違う」と言い出しそうですが…アラーも別の漢字を作る必要があったでしょうか?

「新しい漢字を作る」ことが絶対にタブーだったための、大きな損と言えるでしょう。

まあ、英語も、数に明らかに向いてないのに変えないので人のことは言えません。

そして、英語での、聖書の神の表記についても、同等かそれ以上の議論があることでしょう。
知りませんが。

16

ニート・生活保護受給者は、今すぐ全員死んでも、日本の生産面では何も困りません。
フリーター・派遣など、大半の低賃金未熟練労働者は、今すぐ全員死んでも、海外移転や移民でもっと安く勤勉な労働力に代替できます。移民を入れる政治的な問題があるだけです。
さらに正社員でさえも、半分以上は不要です。

本当に「日本経済にとって必要」な人材など、本当にごくごくわずかしかいないのです。
さらに暴動が皆無、暴走無差別殺人すら年に一度もなく、自殺が多い現状を見れば、わざわざガス室を作らなくても、少し政策をいじれば不要な人は自殺してくれると思っていいでしょう。

問題は、必要でない人を全員死なせたら、需要もなくなることです。
しかし、市場における生産能力がない、または生存限界以下と判定される人に、福祉で金を与え消費者にさせることは、正しいのでしょうか?支持されるでしょうか?持続可能でしょうか?
さらに、生産仕事はつねにより安く代替できる、という事実は?

もう近代経済自体が終わっているのかもしれません。共産主義がダメなのははっきりしてますが。
自分だけが生き残ることを考え、国家とか共同体とかは見捨てるのが正しいのかもしれません。
少なくとも国家や伝統、家族に対する忠誠という保守の精神論は役に立たないでしょう。

15

人は、「世界が良くなる」ことを、革命を起こしたりするほど望んでいながら、心の芯ではものすごく嫌がっています。
それは、いくつかのフィクションでもはっきりしています。

『HUNTER×HUNTER』の、王メルエムの成長の果ての死。何かが違っていれば神にもなれた…
人間の残酷さを示し描かれた世界の膨大な貧困と虐殺、格差と偽善と自己満足。
それを維持するために、人を力で善に導く可能性、それ以上に成長する可能性もあったメルエムを卑怯な手段すら使って殺しました。
人は貧困と虐殺、格差と自己満足を続けたいのです、どんな手段を使っても。

また、多くの冒険小説にある「遺跡の超技術」パターン。その技術は必ず失われます。
戦いのとばっちりで谷底に落ちるか、また最後に生き延び宝を手にした主人公が、「これは人類にはかえってよくない」と捨てるか。

結局、人類みんなが豊かに平和になる、ということは考えたくもないほど、人類にとって嫌なことなのでしょう。

人間は革命を夢見ることはあり、そのために膨大な血を流してきました。
今も自由と民主主義を求めて拷問に耐えている人は多数います。
ですがそれも、「人間が好む道筋で」の善、宗教的な千年王国願望です。

その結果から、「世界がよくなることを求めてはいけない。ポルポトにしかならないぞ」と言う声も非常に強いです。
また「大きいことを考えるな。今の任務だけを疑わずに果たせ」というメッセージも非常に強いです。
事実、理想を実現しようとしてもかえって悪くなることが多すぎます。

世界はよくなっているのではない…単に人類の豊かさが暴走しているだけです。
奴隷制廃止も産業構造の変化、ナチや共産主義の敗北も経済や地勢が主因です。
アフリカや中南米の民主化と独立も、多くは悲惨にしかなりませんでした。東欧の市場化も多くの人を貧しくしました。
人間は正義の実現を強く望むので、そうでなければならないと思いますが。

人間は、キメラアントとは違う意味で蟻でしかない…徹底的に無力なのでしょう。
世界をよくする理性も力もない、ただ争い殺しあうだけ、地球の気まぐれで滅びるだけの。

神も理性も伝統もない、善も悪もない、ただ偶然しかないのでしょう。

14

北朝鮮の人工衛星打ち上げ失敗に喜び、馬鹿にしている人たちは、どれだけ愚かなのでしょう。
北朝鮮は、膨大なデータを手に入れたのです。
失敗は成功の母なのです。

13

「改善することは不可能」なら、それはいい状態なのでは?
日本は、世界は、アメリカはとても悪い状態だそうです。
でも、それを改善する希望はどこにもないのです。

改善が不可能なら、それは最良といいませんか?

結局のところ、人間は「この世界は地獄だ。魔王を倒せば楽園になる」「この国にいては芽が出ない、飛び出そう」と考えてしまうのでしょう。

進化心理学的には、群れ内の権力抗争で勝てば異性やエサを得られ繁殖しやすくなり、自分の子孫が増え生き延びる率が上がるので、権力抗争に熱心な心理が骨の髄にある…それが、勝てないとわかればとにかくひっくり返したい、という攻撃性にもなるのでしょう。
また群れを常に分割し、反乱者のほうは遠く離れたところで新しい群れを作るのは、無論ほとんどは全滅で終わるでしょうし、それどころか分かれた群れに自分たちが滅ぼされるリスクもありますが、「分かれた群れ」もある程度は遺伝子を共有しているので、今暮らしている場が気候変動で食物がなくなったりしても遺伝子が生き延びるチャンスは増えます。

いや、「飛び出そう」というのは、大航海魂やフロンティア・スピリッツは、今の人類からは、進化心理学的には奇妙なことに、ほとんど見られません。
宇宙関連予算はひたすら削減され、哲学者たちは軌道エレベーターの可能性を考えず極超音速スカイフックが今の素材で実現可能だということを知りもしません。
群れで受け入れられるための毛づくろいが忙しすぎるのでしょうか。
人類という種が寿命なのだ、という文学的な表現は僕は嫌いです。

そしてアメリカでも日本でも、左派は「何をすればいいか」については事実上内容がないです。
ひたすらオバマにもNoを叫ぶばかり、「目覚めよ」と叫ぶばかりです。
「ウォール街を占拠せよ」も、Noの叫びであるだけで、その先に何もありません。
暴力革命も選挙も諦めてしまえば、それはもう何もないです。
「目覚めよ」という叫びなら、イエスがとっくにやっていますし、そのはるか以前にイザヤ・エレミヤ・エゼキエルが散々言っています。他の文明でも。
目覚めたところで詰んでいるなら、自殺が最善の選択というわけです。

12

これまでの、「貧困な途上国」と「総中流の先進国」の幻想が崩れたら。

総中流。その多くの豊かな中流層は消費者として別の側から近代経済を支えてきました。株だけでなく年金がありますから投資家としても重要とすらいえます。
そして安定した治安と、民主主義政治という近代国家システムを支えてもきました。

それは、歴史の流れでは崩壊します。
グローバル経済、そしてコンピューターやロボットの発達。少子高齢化もその一大要員です。
そして、「新しい経済」はわずかな人間以外は給料が桁外れに下がります。
「職業訓練・教育に励み、勤勉に働けば給料が上がる」という近代の絶対前提が崩壊したのです。
「恐れずしがみつかず新しい業種にチャレンジせよ」という新自由主義の中心的なメッセージも、同時に崩壊しています…千に一人の超金持ちと、残り999人のIT土方という結果によって。
新しい業種に職業訓練で移動することは、近代経済史そのものを支えた、新自由主義のみならず近代自体の前提でした。

ここで選択肢は、福祉で中流を維持するか、市場に任せ世界最貧層と同じ単純労働者に落とすか。…殺すか。

前者を選んでいるのがヨーロッパであり、後者を選びつつあるのがアメリカです。
後者の結果とすら言えるのが中国です。
前者が財政面で持続不能なのは自明です。
ですが、後者は国家の体裁を維持することも困難ですし、また消費者がいなくなることで経済もとんでもない状態になるのです。
それを前提とした、社会と経済を構想しておくべきではないでしょうか。

もちろん、多くの人は近代国家を、総中流を望むでしょう。
しかしそれは、もう持続不能かもしれないのです。

ここで考えるべきなのは、貧困国はどのように維持されてきたのか、です。
維持されてないしょっちゅうクーデターが、といっても国境線は維持され、人口は皆殺しどころか増えてます。
先進国も同じように、圧倒的な力・恐怖・憎悪で飢民たちを叩き潰し、押さえつけ、操って、国境という建前だけを維持し世界を支配する超金持ちたちに仕えなければならなくなるでしょう。

それがどのような政治思想なのか、本気で考えるべきです。

11

日本で起きていることは、政治的には奇跡ではないでしょうか。
格差拡大に対応し、敗者たちが「自分たちを従順にガス室に送る」ような行動を取っているのです。
暴れるのではなく自殺することで。子を産まないことで。

ナチスで、ユダヤ人が自発的に自殺してくれるようなものです。
強制収容所を運営する…貴重な工場を使う毒ガスを消費し、大量の燃料を浪費して死体を焼却し、無論鉄道・人的資源・資金すべてにおいて莫大であった経済負担・戦力減が除かれるのですから、それはなんて素晴らしいことでしょう。

イギリス産業革命期の経済思想家たちに、後のある時代の日本では、貧困層に落ちた人々が子を産まない、といったら驚かれるでしょう。
彼らの悩みは「貧乏人の子だくさん」であり、だからこそいっそ皆殺しを、福祉などとんでもない、と思っていたのです。
自殺してくれる害虫。なんてありがたいものでしょう。
それを増やすのが正解です。為政者にとっては。

さて、それは公の益なのだからそれが正しいのだ、と言えるでしょうか?
本当に弱者を死なせることが公の益となる場合、それをすべきでしょうか。
しかもガス室が必要ない、ただ「何もしない」だけでいいのなら。
それが富裕層にとって損になるか得になるかは?

少なくとも生産する側として、先進国の下七割は事実上不要です。
でも、消費者としての価値がありました。その消費が減れば景気が悪化します。
それも必要ない、とできるでしょうか?
消費需要が減り、景気が悪くなるのは、公にとって損ではないのでしょうか。
それが世界競争の必然である、としても、公が、みんなが損をしてしまうのでは。

それは間違っているのでしょうか、それとも正しいのでしょうか。
このまま貧しくなった人々がみんな黙って自殺していくのが、公にとって最善、富裕層にとって得なのでしょうか?
間違っている正しい、善悪ではなく、避けられない必然なのでしょうか。未来を選ぶことは一切できない、ただ流されるだけ。

10

静岡の光産業創生大学院大学で、トヨタ自動車株式会社及び浜松ホトニクス株式会社などとの共同研究で、レーザー核融合の大きな進展があったそうです。

誰もが、核融合も高速増殖炉も諦めています。
でも、諦めていない人もいます。

「いろいろやろうぜ」「やってみなくちゃわからない」
未来をつかむ方法はそれだけです。

予防原則は逆に、何が起きるかわからないから何もするな、になります。
ですが、「七十億の人類が地球に居座る」という巨大実験を続けることこそ、予防原則で考えれば最悪です。
海に鉄を撒くより、化石地下水を使う大規模農業を続けることのほうが、重大な実験です。

もう、最大の実験は始まっているのです。
実験を止める方法は二つだけ。
人類の大半を今すぐ殺す。これが一番確実です。
もう一つは、核融合でも軌道エレベーターからの宇宙太陽光発電でも、とにかく桁外れでクリーンなエネルギーを手に入れ、それで人類の大半は今光合成をしていない砂漠や外洋、または宇宙に移住すること。
どちらもしなければ、七十億が八十億になり、九十億をピークに何世紀もかけて減るかもしれませんが、そんな壮大な実験をする、ということです。

9

ハビタブルゾーン、ちょうど水が液体になるぐらい恒星から離れた惑星がいくつか見つかっているそうです。
なら、なぜそこに播種船を放たないのでしょう。
電波望遠鏡を向けないのでしょう。

もちろん、今の人類にはボイジャーより極端にすごいものは造れず、それなら何万年、何十万年もかかるでしょう。
光の速度ですら何十年、百年以上の距離です。
でも、本当に隣人を求めているなら。太陽が滅んだ後の永続を望んでいるなら。
ハビタブルゾーンは、太陽の例を見れば数十億年持続するようです。百万年でも誤差です。
電波望遠鏡を向ければ、向こうからの通信が届くかもしれません。
逆にこちらから電波を送信してもいいのです。

ゴールデンレコード、いやハードディスクや細菌の胞子、受精卵を送りましょう。
無論、攻撃にならないように、その恒星に近づいたら最初に「こんなのが飛んでるよ、良かったら取って、分析して」と送信するようにプログラムして。
次いで、水があるか調べる。水があれば、生命があるかどうか見る。
水があって生命がないなら、そこに細菌や単細胞藻類の、幅広い種を送る。
それから一万年ぐらいしたら、単純な植物の種、昆虫の卵、最小の魚などの冷凍受精卵を放りこむ。
本体はそのまま、非常に長い軌道で恒星の周囲を巡り、何万年かに一度太陽に近づいたとき、情報を送信する…人類のような知的生命体ができたら少しだけ放送をするように。

その知的生命体が記録を読み、凍結された人類の受精卵を解凍して動物園の中ででも生かしてくれれば、たとえ地球が、太陽系が滅んでも人類という種は存続できる希望になります。

なぜやらないのですか。
人類という種、地球型の生命、それが存続するかどうかに、誰も全く関心がないのですか?
そのことだけは考えてはならない、とあらゆる人の脳がロックされているようにさえ思えます。
圧倒的な人が大津波を考えなかったように。
原発が大津波にやられたら、自分たちが大損するとわからなかったように…損得ではなく、「思考停止せよ」という空気に従うことのほうが重用だったように。

8

多くのパソコンのHDDは、多くて半分程度しか使われていないのでは?
特に老人が高性能機を買った場合には。
その空いている容量を活用するのに、これはどうでしょう。

世界全体で、「残しておきたいアーカイブ」を作成します。グーテンベルグとか青空文庫とかでもかまいません。
テキストだけなら、10ギガバイトでも何千冊もの主要本が入るでしょう。
10ギガバイト、100ギガバイト、一テラバイトと、余裕が違いますから大きさを分けて、つくった情報をただパソコンに入れておきます。
使用はできてもできなくてもいいです。削除だけは基本的にできないようにして。

そして、それが入っているハードディスクは、知らせておけば廃棄時に外され、超長期保存ができるよう密封されて返されます。
持ち主はそれをずっと持っていても、どこかの山に捨ててもいいのです。

目的は、文明が崩壊し、宗教警察による検閲が横行しても、多数のコピーの一つでも生き延びてくれれば。
それだけです。

これは誰もが実質無料ででき、最悪の場合には計り知れない貢献となります。

7

僕は、日本史にとっても世界史にとっても最も重要な三人の「漢字を日本風に読む名前」を知りません。
チンギス・カン。フビライ。ヌルハチ。

冒頓単于なら漢字で表記され、日本語風に「ぼくとつぜんう」と読めます。
でも成吉思汗に、そのような日本語風の読み方が、あるでしょうか?
あるとしても僕は知りません。

そして、フビライの書簡を受け取り、国交を断り使者を斬った鎌倉幕府の要人たちは、彼らの名をどのように発音していたのでしょう。
書簡は漢文であったはずです。
その漢文に、その皇帝と太祖の名はどう記載されていたのでしょう。
それを、日本人はどう発音したのでしょう。

6

政治と倫理の中間にある何かは、時代によって変化します。
昔は、貧困は罪であり、救貧は懲罰が当然でした。それが公的な正義でした。
今は福祉と生存権が、公式な正義とされています。
しかしそれも、今という時代だけの話かもしれません。
さらに、懲罰的救貧だった昔も、一つの地域、一つの時代でしかありません。
他のさまざまな時代・宗教によって社会道徳は違います…貧者に対する態度だけでも。

何より、それを束縛するのは科学技術、生産システムではないのでしょうか?
懲罰的救貧があった時代…
圧倒多数は農民。
農村からの流入による安い労働力は多数得られる。
ただし近代身体操作を身につけておらず病気が多い低水準労働力であり、伝染病による死亡リスクも高い。

自由・平等・友愛、民主主義は、徴兵制度・普通教育・産業革命とセットであり、さらに遠隔地の奴隷制度にも支えられています。
徴兵制度は低い水準の人を短期間で訓練し、愛国心・民主主義・平等という「物語」を与えることで、それまではすぐ逃げる無能兵だったのが、喜んで死ぬ兵士となりました。
同時に、単発銃と車輪大砲という武器も重要です。
それまでの騎士は伝家の甲冑と馬、それを使いこなす生来の訓練が必要です。
革命期までは銃に比べ優位であった弓矢も、長期間の訓練を必要とします。
反面単発銃と車輪大砲は、初期費用はかなり高いですが短期間の文字による訓練で扱え、大人数で爆発的に威力を増します。

さらに後には、蒸気機関やコンクリートが発展し、戦争にも汽船と列車輸送、ついでに機関銃とトーチカとして追加されました。
そうなれば多人数での単純な進撃は無駄死にです。戦車など、天才による発明と熟練した技術が戦争を決める時代となりました。
その時代の政治道徳が、生存権を認めるワイマール憲法や労働者を尊重するナチズムであり…労働者のためのはずだった共産主義が第一次大戦型の大量犠牲人海戦術だったのは皮肉です…戦後の福祉だったのかもしれません。
その延長として、核兵器と巨大科学、高度成長による、多数の圧倒的な富裕化、中産階級社会も考えられるでしょうか。加えてマスメディアの力もあるでしょう。

では、その次は?
戦争はテロ・特殊部隊・底なし紛争しかなく正面戦力が事実上飾りと化した。
経済はインターネットなど情報力の極端な増大。そして大規模コンテナ船と道路網により、世界のどこでも最も賃金が安い労働力でできるマックジョブと、わずかな天才に二極化する。

さて、その時代に合う、政治制度・政治道徳は何でしょう?
人の市場価値に圧倒的な、人間に可能な努力では克服不能な差ができた今、国家という物語、秩序を支える前提は崩れたのです。
平等の建前は、もう実体を失いました。
高い教育を受けた富裕層の子弟の、また桁外れの競争で選抜された中国や韓国のエリートの、市場経済における実力はもはや人間といえないほどです。プロスポーツ選手と一般人よりも。
そしてそのエリートでない人間には、もう読み書きすら不要です。世界の誰でもできる仕事しかないのです。
ならば軍隊、義務教育、勤勉身体操作は必要ありません。

それは近代国民国家という物語の終わりを意味します。
人権や、科学すら終わるかもしれません。

さてそこで、何があるでしょう。
伝統道徳や信仰を叫ぶ声は強いでしょう。国家は、もはや存在意義を失っても簡単には崩れないでしょう。
でも完全に時代は変わっているのです。
そうなれば、いつかは政治制度も時代精神も追いついてきます。

それが何になるのか。
それだけが見えないのです、ひたすら信仰・権威主義・愛国心を叫ぶポピュリストや、改革を叫び続ける声は聞こえても。
まったく別の、新しい時代に相応しい政治思想・時代精神はあるはずなのに、それが見えないのです。

見えていないことが幸せなのかもしれません。
それは、貧者・不要者を…世界人類の半分以上を残虐に虐殺するものである可能性も高いのですから。

5

世界の海の、とても広い範囲が富栄養化し、死の海になっているとか。
富栄養化しているなら、牡蠣とワカメを大量養殖すればいい、とはいかないのでしょうか?

4

悪人がいるなら、「悪犬」は?「悪馬」は?「悪牛」「悪豚」「悪羊」は?
それを考えることは、悪を、そして善を問うのに有用では。

動物が「悪い」とする基準は単純です。

命令を聞かないこと。
従順でないこと。
禁止されたことをすること。罰一度で学べないこと。

犬なら臆病であること、正しく吠えないこと。
馬なら足が遅いこと、臆病であること。
牛なら乳を出さないこと。
豚なら脂肪をつけないこと。
羊なら毛の質が悪いこと。
それも「悪」です。

「従順でない」と「役に立たない」それが、悪です。
それこそ、「人間群れが存続し、遺伝子を残すのに都合がいい」が「善」であり、それに都合が悪いのが「悪」なのと同様です。

人間の善悪も、それが根幹であるはずです。
だから、貧困を犯罪とする昔の懲罰的救貧思想には正しさがあるのです。否定するためにも、その正しさを認識していなくてはなりません。

ではなぜ、今、進化心理学が倫理の基盤ではないのでしょう。
なぜ、功利主義だの共同体主義だのリベラリズムだのが、倫理学では議論されているのでしょう。

3

時代の変化、膨大な仕事が「マックジョブ」になるのは避けられないようです。
マックジョブ化には三つの面があります。

単純に給料が下がること。時には生存限界を超えて。
その国での最低賃金を、世界市場での市場評価賃金が下回れば、その国からその職がなくなることもあります。

もう一つが、尊厳の喪失。
同じ仕事であっても、正社員だったり安定していたり、労働組合があったりすれば、「家族」「仕事仲間」「会社」「組合」「近所世間」など、社会の一員でいられました。
でもマックジョブは、そうでなくなります。さらに、「モダン・タイムズ」でもそうでしたが、より単純なマニュアル化された動作になることも重大です。
人は社会的な存在であり、仕事を通じて社会に参加するのが基本です。
それが奪われれば、人生の価値の多くを失います。

さらに未来の見通しがなくなる、というのも重要でしょう。
それは家族形成を妨げ、次世代の再生産すらできなくなります。

さて、その三つがなくなった人は?
経済的に生存できなければ餓死するだけです。ですがそこで、福祉があることもあります…国家福祉は財政破綻で不可能になりつつありますが。
金だけで人は生きられるでしょうか?地域で組織社会を作って?
それはまた面白い実験でしょうか。

未来がなくなった、住宅ローンがなくなり教育が無意味になって、社会は維持できるでしょうか。
ローンがあるから真面目に生きる、学校から会社というレールがあるから最も暴走しやすい若い時期を秩序だって生きる…どちらも無意味になるのです。

2

最近、夢が妙に整った長編ストーリーになっています。
無論起きてしばらくすれば忘れますが。

その印象さえも、夢の延長、瞬間的に脳が組み上げる「意識」という名の「物語」にすぎないのかもしれません。
現に起きたら忘れますから。

1

僕はエネルギーについての議論で、なんともいえないストレスを感じています。

まずはっきりしていること。
僕が何を言っても、誰にも決して聞いてもらえない。最初にそれです。

言葉を読んでもらう、聞いてもらうというのは重大なことです。最初に敵であるとみなされれば聞いてもらえないのです。
そして、エネルギーに関しては、宗教論争同様に激しい感情と敵意が渦巻いています。
そして僕は、非常に深い前提から、どの立場からも敵とみなされるようです。

僕の今の考えは、非常に単純です。
「何もかもわかってるわけじゃない、特に科学技術の進歩は予測不能」
「最悪を想定し、全ての卵を一つの籠に入れるな」
「目的を明白にせよ…僕の目的は、地球型生命の永続・人類文明の存続・人権の順」
が、考えの、メタと言うか議論以前の前提です。
その前提が、誰とも共有されていないようなのです。

エネルギーについて議論している誰もが、違う前提で動いているようなのです。…「ゆめ疑うなかれ」「未来を考えてはならない」「わたしには全ての技術の行き先がわかっている。これは進歩するがこっちは進歩しない」…

原発。核融合や新世代原発が成功しても。
天然ガス。石炭。石油。仮に五百万年分あり、温暖化が嘘であっても。
太陽電池・風力発電で世界のエネルギーが十二分にまかなえても。
どれであっても、銅が枯渇すれば電気は一切使えません。
同様に、百三十元素のかなりが、「これが切れたら近代文明は終わり」で、しかも地上にいる限りいずれは枯渇するはずです。

特に近代農業は燐・カリウムを絶対に必要とします…窒素は大気からエネルギーがあれば得られるとしても。今の農業は化石地下水に依存していますから、それが尽きても終わりです。
そう、原発を推進するジェイムズ・ラヴロックが正しくても、また風力太陽光メインのレスター・ブラウンが正しくても、どちらのビジョンが実現しても、その百年後二百年後にはどれかの資源が枯渇するのです。
レスター・ブラウンならリサイクルを言うでしょうが、100%のリサイクルは存在しません。
ビョルン・ロンボログによれば全ての資源は何百年分もあるようですが、では千年後それ以降はどうなるのでしょう。
それをどうにかするには、宇宙か地球の地下深くに資源を取りにいくしかないです。

太陽系も有限だ、といっても、分厚い地殻とマントルに守られた地球と、核がむき出しの小惑星は利用できる資源量の桁が違います。
道具がない状態で飢えていて、ヤシの実とクルミの実のどちらを選ぶか、です。ヤシの実は奥に栄養がたっぷりつまっているのはわかっていますが、人間の歯では文字通り歯が立ちません。クルミは小さいですが、歯が立ちます。
人類は指数関数で増えるから数万年で宇宙すら埋め尽くす、という反対もありますが、人口増加は充分に豊かになれば減速するのがわかっています。
ですが、この七十億の人口が、ゆっくり減速しているその膨大な、グラフ上の「面積」を地球環境に負わせるのは危険が大きすぎます。
減り始めるまでに、地球環境の重要な部分から人類の圧力を抜くべきです。
無限のエネルギーと金属資源を宇宙から得て、農業生産と都市生活を現在の「人類がいなければ森」である地域から砂漠や外洋に移すことで。
また、避けられない破局の可能性は常にある以上、「全ての卵を一つの籠に入れるな」はどんな前提であれ否定できないはずです…全生命の消滅を目的としていないのでなければ。または、反対することだけが目的なのでなければ。最後の審判を絶対の前提とするのでなければ。

そのためには、あらゆる方向の技術を急速に進歩させなければなりません。
ちなみに、それを考えるとある意味どうでもいいですが、短期的なエネルギーはまず省エネと、世界各地の無駄の多い石炭火力発電の改良が、二酸化炭素削減を目的としても最善でしょう。
日本ではガス複合も有力でしょう。
風力・太陽光発電も、特に震災対策として避難所に直結できるよう作っておくべきです。今回の震災で、体育館の屋根が太陽電池だったらとどれほど思ったことか。

また、「最悪を考える」ことも必要です。
温暖化が急速に進んだり、ピークオイルがひどかったり。
何より、長期的には宇宙・エネルギー関係の技術進歩が、何一つないというのが最悪の事態です。
カーボンナノチューブも核融合も宇宙太陽発電も夢物語のまま、化石燃料以上のエネルギーなど存在しない、何百年経っても人類は火星にすら植民しない、というのが、生命の長期生存を考えればまぎれもなく最悪の事態です。

最悪を想定して、すべきことは?
ヒントは、新スタートレックの最も有名なエピソード…太陽活動の異常で滅びが確実なカターン星の人が、宇宙移民の技術はなかったけれど、誰か拾ってくれと文化情報を詰めたロケットを打ち上げた。それをエンタープライズが拾った。
人類も同じように、明日滅びるかもしれないのだから、今できる限り多くの情報、人類やさまざまな生物種の受精卵・冷凍保存サンプルなどを、技術的に可能とわかっているボイジャーやパイオニア同様に打ち上げるべきです。
そして電波で、生物がいそうな星にあらゆる情報を送信するべきです。
文明崩壊に備え、主要文化財を地下深くに埋めておくべきです。またできる限り多くの人に、主要作物の種とその育て方、伝えておきたい情報を書いた本を配っておくべきです。
それは、原発の危険性、再生可能エネルギーの実用性、化石燃料の残り、温暖化の有無など全てがどうであっても、どの道必要なことです。

しかし…誰もこのようなことには耳を傾けないのです。
聞きたくない言葉、すべてが「敵」と判断されるだけなのです。